黒バス_37

 
 
 
※赤黒です。
※シーンは年末から年度末の三ヶ月間を想定しております。
※赤司さん視点です。
 
 
 

【PDF版】<<※作製は未定です>>

 
 
 
<お願い>
※記載内の無断転載、無断コピー、データ転用、改変、再配布等はご遠慮下さい、お願いします。
 
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 カカオ三年闘争
 
 
 
「大丈夫ですか?」
 横を歩いていた黒子テツヤがふいに速度を落とし、奥まった路地に声を掛ける。声を掛けられた影はびくりと身体を震わせた。
「黒子」
 赤司征十郎は立ち止まり、半歩ぶんほど背後を捻り見る。
 まずそこから先に抜け出たのは体格の好い中学生が三人だった、斜め上には学習塾の看板があり、奥に出入り口と駐輪場でもあるのだろうと赤司征十郎は思い、通行人にぶつかるすれすれですり抜けていく少年達の後ろ姿を何となく見ていたのだ。黒子はその、出てきた路地の方を見ていたらしい。
「……」
 声を掛けられた少年は生白くひ弱そうな印象ではなかったが、体格はさっきの三人よりも小柄で、力では及ばなそうだった。足下には鞄と横倒しになった紙袋、踏まれた跡が見え、ほどけたリボンがはみ出していた。胡乱そうに黒子達を見、無言で自転車のロックを外す。赤司は左脇腹を庇うようにする仕草と集団にありがちな階層意識とその構造とを思い浮かべ、黒子はかける言葉を探しているようだった。
 少年は何も言わないまま雑に砂を払うと鞄を背負い直し、自転車を引いて横を抜けようとする。自分達より一つ二つ違うくらいだろう、細身ではあるが姿勢も良く、目鼻立ちは整っていた。
「忘れ物だよ」
「いらない」
 赤司が言うと視線を合わせようともせずに吐き捨てる。僅かに掠れた声はこちらには関係ないから立ち去れと訴えるようでもあった、受け入れたいがそういうわけにはいかない。
「いるいらないじゃないの問題じゃないです」
 何しろ赤司は黒子と一緒だ。『デート』と世間では呼ぶような。
「…?」
 少年は立ち止まる。
「君が受け取ったものが悪意でないのなら、君はその前では見合うだけの態度でいなければフェアじゃない」
 何言ってるんだ、この男は、という風に少年は訝る。
 無遠慮に黒子を見る視線には不審感がありありと浮かんでいた。学習塾に通うくらいには生活に余裕のある家庭で育てられたのだろう、それに誰かにプレゼントを渡されるくらいにそこそこの見てくれで、黄瀬のような背丈と華やかさはないにしろ、小生意気な態度からして注目されることにも慣れているようにも感じられる。気の強そうな眉と口元といい一方的にやられるタイプではないだろう、取り立てて注意すべきではないと判断して赤司は興味を失い、通りとを眺めながら黙って二人の遣り取りが終わるのを待つことにする。首を突っ込んだ黒子の気が済めばそれでいい。
「善意だったらいいっていうの? たとえ、理不尽な暴力とかでも」
 見知らぬ他人に口答えできるだけ知恵も働き、口も達者なようだ。
「それは困りますね」
 黒子は気難しい顔で応え、引き下がる。確か、中学時代、一軍入りしたばかりの黒子はやっかみによる部内の陰湿な嫌がらせに対し、困惑し、怯みはしたものの、すぐにするりと躱すようになったと数件ほど裏で制裁処理をしていた虹村をして結構やるなと言わしめていた。彼はすぐに認められ、黄瀬というよりイラっとさせる新人の入部もあって収束するのは早かったが、人数が多かったこともあり、バスケ部はそれなりに問題児もいたわけだ。
「……」
 どうでもいいような憤懣や理由のない苛立ちをぶつけるのに格好の相手がいわゆる自分よりも『格下』な人物というわけだ、それも、反撃など出来なさそうなタイプを嗅覚で選んで。
「人間の攻撃性は本能です」
「は?」
「ただ、立ち向かうのも、回避していくのも、後になって自分で言い訳がたつのならチョコレートのカカオぶんの価値があるんでしょう」
 もはや黒子の言葉は変な年長者による勝手な理屈の押しつけとなったようだ、少年はぽかんとし、それから瞬きをした。
「何…言ってんですか?」
 見下すような顔つきにもなった、それはそうだろうな、と赤司も思ってしまう。攻撃性にカカオが持ち出されるなどまるで脈絡がない。安全地帯からで申し訳ないがそっと口元を押さえて横を向いてしまう。黒子の良さは初見では解らない。赤司は一目で見抜いたが、それは自分だから可能だったことだ。
「遠回しな応援です。ボクは、偶然、蹴られていた君を目撃した。彼らと君の関係性も事情もまるで知らないけれど、三対一であったことは卑怯だと思うから、君を心配しました」
「……」
 少年は小さく、それだけで? と口にする。胸の内に膨れあがった感情を押し留めるかのようにか細く、ゆっくりと。
「君たちの関係を検索したってヒットするわけでもないですから」
 ヒットされても問題だろう。つまらない冗談でも聞き流すように少年は鼻を啜り、低い声で話す。
「…夏の大会で、一回戦負けした。何でか高校推薦が消えて、家から離れた塾入らされた。成績フツーなのに、どうして塾なのかも分かんなくて、クラスは私立中の奴らと一緒で、笑われたり、つきまとわれたり、今日なんか見たこともない女からプレゼントとかって渡されて、待ち伏せしてたあいつらに勝手に言いがかりつけられて殴られて、オレの方がさっぱり分かんないんだけど」
 黒子は同情したように頷いてみせる。
「激動の半年ですね」
「みんな勝手だ」
「本当に」
 黒子、そこは同調するところではない。赤司は言いたいのだが堪えて黙っている。
「その身勝手な重たい蓋から抜け出すにはするかしないかのどちらかだと思います」
 少年は束の間黙り、黒子と、それから思い出したように赤司を見る。
「あ」
 そうして何に気付いたのか、上擦った声を上げる。
「アーリーウープの」
 大技を濫発し合う火神や青峰ならともかく、赤司はアーリーウープなど滅多にやらない。
「赤司君、人黙らせるときにしますよね」
「……」
 まるで大人げない司令塔みたいで聞き捨てならない。なんと言おうか、せめて奇策と言って欲しい。少年は、ばつの悪そうな、むくれたような顔で紙袋を拾い上げるとあとこれ、チョコじゃないからと小声で早口に言う。
「はい」
 黒子は続きを促すように頷く。
「上手くいくかも分かんないけど」
 自信があるのかないのか、俯きがちに少年は断言する。
「そういうとき、します」
 何を、とは言わなかった。アーリーウープ? まさか。
 
 
 ちょっと気の利いた外装となっているお馴染みのファストフード店の店舗を出、冷えた風に当たる。風は冷たいが日は暖かですっきりと晴れた青空が広がっているので花壇の花を眺めつつベンチに座っているのも悪くない。そもそもこの辺りは飲食店の店舗数は多いがどこも座席が少ない。全粒粉のバンズやオーガニックの野菜ジュースなど土地柄に合わせてメニューをワンランク上げたマジバも席は埋まっていた。
「何というんでしたっけ、…もっと予備知識を入れるべきでした。絵も映像も凄かったけど、色々あって圧倒されたというか…」
 黒子は興奮冷めやらぬといった面持ちで息を吐く。
「『インスタレーション』」
「大トリですか、最後の展示は壮観でした」
「うん」
 演芸寄席や年末の歌合戦かとも思えるがそうではない、国立の文化施設の展示だ。
 入場券は貰い物で、期待して勇んで入ったわけでもなかったし、目的の作品があったわけでもない。レストランに、視聴覚資料もあり、講演会の開催や無料展示などもあるため館内にはそこそこに人がいて、利用者達はさわさわと緩やかな時間と距離感で流れていた。そして、二人が見た作品群は最初から最後まで楽しめた。音が分散される構造のせいか、そこは騒がしくもない、気取りもなく、押しつけがましくもなく、静けさに気を張ったりする堅苦しさも覚えなかった。建物から出てはいたが、五感全てを揺り動かされた残響の中にいるようで、どこか現実感があやふやだった。
「あれにはオレも驚いた」
 冷たい空気が快い、冷えて乾いた空気にも作品の余韻は滲む、赤司は正直に言った。
 広い展示室全体を満たしていたのはグラデーションに吊された数の海だった。無数の数字が均等な密さで並べられ、ゆらゆらと揺らめいていた。
「そうなんですか?」
「オレの反応は薄かったかな」
「いいえ。赤司君と共有出来るなんて、何だか得した感じがします。あと…」
 紙袋からカップを取り出しながらくすぐったそうに頬を緩ませる。そこに好物が鎮座しているからという理由だけでなければ赤司はより嬉しい。
「うん」
「あんな、自分が、数というか、カラフルな海に沈むみたいな」
「黒子を見失うと思って、落ち着かなくなったよ」
「室内で迷いはしませんよ」
 黒子は冗談でも聞いたみたいに笑ってみせるが、赤司としては天井の高さといい、自由に出入りしている人々やかさかさとした音に空間認識を誤ってしまいそうな感覚に陥り、焦りを覚えた。咄嗟に黒子の腕を掴んで、…思い出すと恥ずかしいことをした。
「でも、構成からして観賞している人もひっくるめての展示なんでしょうね、アートイベントなんて無縁もいいところなので不安でしたが楽しかったです」
「ああ」
 緑間が黒子の誕生日に寄越してきたチケットだったが、桃井、黄瀬とリレーされたものをとりあえず受け取っておいて良かった。
「緑間君、こんなの知ってるんですね」
「貰い物だと言っていたが」しかも渡し方も雑だった。
「そうですけど、でも『おは朝』のアイテム用に取っといてませんから」
 黒子はよほど気に入ったのか、子供のようにはしゃいでいた、長閑で、二月であることを忘れそうなあたたかさで、見ているだけで赤司は満たされた気分になる。けれど一方で、薄く広がる雨雲のように陰さすものがある。言い知れぬ思いは胸に凝っている。
「今日は、黒子はよく笑う」
「赤司君だって」
「お前が楽しそうだからつられてるんだ。空元気でなければオレは嬉しい」
 屑籠に丸めたゴミを投げ入れ、コーヒーを飲む。
「…『カカオ戦争』」
「うん?」
 呟くように言ってストローを啜る隣を見た。ここが寒空の下であろうとどんなものが世間で注目されて、流行ろうとも彼の選択は安定した一択だ。穏やかな顔で柱の壁面に映し出される広告映像を眺めている。
「毎年、母や祖母が楽しそうにチョコレートを買うんですが」
 赤司はフェアトレードのコーヒーで、黒子はバニラシェイク、通常のものとの差額分はジャージー種のミルクでも使っていそうだ。
「……」
 赤司は持たされた紙袋を見る。家に迎えに行ったら有り難くも黒子家の二人の女性からチョコレートを渡された。息子には割とどうでもいい品物が用意されたそうだが火神や赤司は違うらしい、何をしたつもりもないのだが、黒子曰く『大方、反抗期の最中にある息子とよく付き合ってくれたと感謝してのことだと思います』だそうだ、赤司は黒子の反抗期というものを知らない。そんなのあったのか? いつだ? と実は考えていたりしていた。前に遭遇した中学生の可愛げなさ加減の欠片も黒子にはなかった、素っ気ないとか明るさを失うとか、欲目を差し引いたとしても反抗、というよりも迷いと崩壊を恐れる怯えと、不確かなゆらぎの中でつくねんと立っている姿しか思い出せない。もしあれが彼の反抗期だというのなら、間違いなく責任は赤司にある。
「ああ…」
 そうか。あの無数の数の海は、そんな不安を赤司に想起させたのだ。スコアの数列が散乱し、人が無秩序に揺れ動き、黒子はそこに紛れて切れ切れに見えたり、消えたりする。ゆらゆらと、幻惑されて、見失う。
 不規則に、予想になく、それは微動する。
「チョコレートやバレンタインに罪はありませんが、世界的にカカオは消費量が生産量を上回り、クロマグロ的な危機状態になるのも時間の問題だそうです」
「そうだな」
 唐突に突き落とされる不安感に赤司は慣れていない。
「勝手に盛り立てて、必要以上に消費して、カカオの産地からすれば迷惑な話です」
「高値で奪い合うだろう、資本主義と消費社会は切り離せない」
 わかってますよ、とでも言いたげに黒子は軽く睨む。
「……」
「? あか…」
 相手は近付く顔にただ不思議がるだけだった。顎の下に額を押しつけても拒みもしなければ、固くなりもしない。
「赤司君?」
「…うん」
 猛スピードで数値化された情報が流れる時代、尤もらしい相槌など滑稽すぎる愚行で。
 ゆらゆらする。まるで雲海にでも浸されているようで圧倒的な数に溺れそうになる。
「黒子は」
 東京と京都は離れている。別々の時間を刻んで進むことを選んだのは自分だ、信じている、焦る必要などあるはずがないと分かっているのに、無理矢理に時計の針を合わせようとしてしまう。
「カカオと同じくらいのオレの、不安感を知っていればいい」
 相手はこくんと何かを飲み込んでからすげなく、知りません、と応える。
「赤司君はボクに対しては不安の方が勝っているってことですよね、心外です。いつも余裕があって、上の方から教え諭す構えでもしているようなキミが」
 と、相手は口を噤んでしまう。赤司の意識はそこでぷつりと途絶えた。
 
 
 じゃーねー、オレンジもまた明日ねー、と舌っ足らずの幼い声がする。砂の上かのような軽い足音、真上から、また今度、という笑みを含んだやさしい声がして、はっとした。何だろう、この背中の硬さと頭髪にある感触を知っている。
「……」
 頭が軽く揺れた感覚がして瞬きをした。明日? オレンジがどうした?
「赤司君はナルコレプシーってことにしました。司令呼ぶとか言われてどうにも対応しきれなくて」
 黒子の肩越しから斜めに光が差している、眩いほどの光ではあるが、傾きかけているのはわかった。感覚もあるし、手も動く、頭はすっきりして視界は歪んでもおらず明瞭だ。
「…ああ」
 三秒とかからず状況を理解した、そうか。またしてもやってしまった。
「ほんと…糸が切れた人形みたいになって、何事かと思えば寝てるしで、気が抜けましたよ…」
 淡々と話しはするが、黒子は心配を通り越して呆れているようだった。こっちは格好の悪さを嘆くやら、不覚を嘆くやらで、とりあえず相手の膝枕から頭を持ち上げる気にだけはならなかった。それだけはよくやったオレ、と自分を褒めたい。赤司は黒子との良好な関係を着実に築けてはいるが、『出来たらどんなにいいか』と願うことを自尊心ゆえ、実行に移せないままでいた。こんなことにでもならなければ平行線であろうことは薄々判ってはいるものの、己の殻は案外に固く、たっぷりの恋心を持て余してました、と潔く認めはしていても、相手に引かれて今後気まずいだろうと思うのでそこは慎むことを常に選択し、進みあぐねていたのだった。
 黒子は、起きろと赤司の頭を押しのけようとはせず、濃い二十分でしたよ、と続ける。
「まあ薄々会話が噛み合わないとは思ってましたけど。唐突だったから狼狽えてしまって、そうしたら丁度先刻の女の子が気付いてくれたんです。赤司君、彼女や他の子達にモテてましたよ、お母さん達曰く、子供向けの番組で赤司君と似たキャラクターがいるそうで『びっくりした?』というのが口癖というか、決め台詞みたいです。…まあ、そんなこんなで深刻な昏睡でもないから救急車は呼ばなくても大丈夫だろうって通りすがりの歯医者さんが診てくれたのでほっとかせてもらいました。ていうか、赤司君を見て『寝不足』って断言してました」
「すまない黒子、冷えたろう?」
 黒子はマフラーのみだ、彼のコートを掛け布団代わりに借りてしまっている。
「……。優しくも強い乙女達によってカイロだらけにされましたから」
 相手は不満げだった。赤司をちらりと見て溜息を吐く。
「黒子? いや、本当に悪い。えっと、カイロとは、あ…」
 何となく体を動かすと手足に点々と熱を押し当てられている感覚がある。黒子は手を振り、日差しもあるし、暑いくらいですよ、と仏頂面から何かを思い出してか小さく口元をほころばせる。先ほどの子供達とで楽しくも心あたたかな時間を過ごしたようだ。
「都合良く医者がいるものだな」
 赤司は落ち着いたまま素直に感心する。
「あのビルの中にある歯科医院です、昼休憩の散歩中って感じでしたし。地下鉄の駅も遠くないし、何でも揃うようになっているじゃないですか、あのあたりの高層マンションなんて医者と弁護士と芸能界の人が潜んでますよ、きっと」
 黒子は顎を持ち上げて花を鏤めた中に『歯科』とある看板を示す。向かいのビルの二階にあるらしい。腕を持ち上げると建物の間から眩しく日が差した。赤司は肘にカイロが貼り付いている手をゆっくり持ち上げながら、よくある機内アナウンスの台詞を思い出す。おくつろぎ中の皆様の中にお医者様はいらっしゃいませんか。…恥を重ねるようなものだ、そんなことされたくない。
「白衣でか?」
「コート着てました」
 赤司は歯科医と聞いて何となく顎を触る。
「何もされてない…」
 当たり前です、と黒子は白けたように言った、まるで面白くもない冗談でも聞いたかのようだった。
「顔を見て呼吸やらを確かめただけですから」
「それでナルコレプシーか」
「…突っかかりますね、救急車の方が良かったですか」
「滅相もない」
 膝枕に何の不満があるものか。残念なのは麗らかな日差しに恵まれた季節ではなく、このままじっとしているわけにはいかず、移動を余儀なくされてしまう状況下であるということだ。日は落ち、やがて寒気に包まれる、身体が芯まで冷えないうちに彼をあたたかな場所に連れなければならない。
「感謝しているよ」
「どうだか。…って、そこじゃないです」
 と、黒子は赤司の顔を真下に見下ろす。
「赤司君、大分無茶しましたよね?」
「いや?」
「桃井さんからメールが来て確認出来ました、…大忙しですよね?」
 二度は聞かないとばかりにやや高圧的にも感じられる単調さで相手は問うてくる。肯定的な言葉しか受け入れないという意思がひしひしと伝わる。それにしても桃井の情報収集力にも恐れ入る、隠してはいないが、パーソナルデータだけではなくスケジュールまで入手するとは。
「息を吐いて、次はどこ行こうって空を見上げていたらいきなり眠るとか、ほんと…」よく我慢できましたね、映画。
「すまない」
 黒子は謝ってほしいわけじゃない、と言い切る。
「前にも似たようなことがありましたけど、あのときは色々なことが済んでほっとしたせいだとかまだ察せました」
 今度は何を抱えているのだとでも問いたげだが、黒子は真っ直ぐに斬り込んではこない。彼は何かをどう言おうかと言葉を探して彷徨っているようだった。
「あの時のたんこぶはなかなか引かなかったな」
「兆候があったことも知らせず、戯れ言なんて吐いた代償です」
 黒子は横を向いたかと思うとごそごそと赤司の頭上で何か手を動かしている、起き上がって見ようとすると口開けて下さい、と言われてしまった。もはや従うしかない。
「乙女達からチョコレートをもらいました、オレンジであるところの赤司君に、です」
「え、ああ」
 殆ど歯に突きつけるように押しつけられ、口の中に入れる。確かにミルクチョコレートの味がした、子供向けの菓子だろう、甘い。
「赤司君とは大体タイミングが悪いんです、ここぞというときボクは言い出すきっかけを失ってしまって、そんなことばかりで、……聞いてますよね?」
「勿論」
 ほいほいと菓子を食わせられながら眠れるわけがない。
「ボクは気を抜いてキミが寝転けると信じたいですよ」
「……」
「キミはこちらのことはお構いなしにグイグイ攻めてきて、それでいてとても疑り深くて、面倒すぎます」
 視界の端を過ぎっていく雲の筋が見える。
 黒子の手の動きは徐々に鈍くなってやがて止まった。
「何にも言わないで平気な顔をしていきなり寝るとかそういうの、不安になります。キミと話をしたり、顔を見るだけで満足ではないんです、付き合いが長いだけ、ボクが赤司君に対して思うことはきっとキミの供給量を超えています」
「……カカオみたいに」
 どうにか声を出せた、甘さで歯が浮きそうになるというのは本当だった、息が耐えられないくらいの濃さでチョコレートコーティングされているような気がする。相手は睨むように赤司を見、黙ってチョコレートの包装紙を剥く。まだあるのか。
「詰め込めばボクの要求に見合う量になります」
「ちょ…くろ…」
「赤司君ともあろう者がこれしきでですか?」
 不遜に片頬を歪め、黒子は自らの口にチョコレートを放る。その姿がいいと思うとか、食べかけだったらいつだって口移しだったらどれぐらいだって歓迎とか言えるような自分だったらと考えたりする。邪魔するものはないはずなのに、意中の相手に赤司がすることはどうも上手くいかない。
「いくらでも入る」
 そう、黒子のことなら無制限になっている。
「でも、チョコはこれしきなんだ、勘弁してくれ…」
「はい」
 赤司はようよう伝えると後は放り込まれたたくさんの甘い塊を消化すべく口元を拳で押さえてもごもごするしかなく、引き下がってくれた黒子といえば涼しい顔で残りのチョコレートを食べている。無様で滑稽な自分など許せない、見せるわけにはいかない、見捨てられそうな要素を晒したくないのに。
「…?」
 相手の体温が感じられる。無理のない、まるで電車の中で座席を詰めるような小さな移動だった。黒子は手を伸ばして赤司の腰にかけられていたコートを取る。
「ボクがキミを好きだと言うのに三年もかかってしまいました」
「……」
 待て。
「一昨年にもしかしたらって思ったけど確かめられなくて、去年は疲れのせいで発熱されましたし、今年は寝落ちです」
 表情がよく見えない、黒子は本当はボクが、キミに振り回されているような気がしていたから、アーリーウープでもしたかったんですよ、とコートを羽織ながら一人言ちるように続けた。
「そんな芸当出来ませんけど」
「……うん」
 頷いてから否定する。
「あ、いや」
「ちなみにガチで、冗談でなく好きですから、そのつもりで」
「え」
「宜しくお願いします」
「黒子」
 ほら、やっぱり供給量を超えてるから大童じゃないですか、と肩を竦めて苦いような笑みを見せる。恥じらいを浮かべながらも宣言する彼は、空気に紛れることもなく目の前にいて、そういうのを逃がさず、捕らえなければ赤司征十郎ではない。
「直ちに善処する」
 糖分を得、大脳はフル稼働する。
「あか…」
 戸惑いがちだが、拒むようでもない。心の準備がないとそれだけで余裕を持てないこちらに気付きもしない。
 視界を閉ざし、言葉に蓋をする。溶けた甘さを混ぜ合う。
 甘ったるくて麻痺しそうなくらいなのに、貼られたカイロの方が妙に熱く感じられてヒリヒリした。
 
 
 
 
 
 

170313 なおと

 

 
 
 
 

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 それなりに日々を過ごしての三箇所、ということでそれぞれイメージした場所は異なっております。
黒子っちが三年生になったときに誠凛に黄瀬二号みたいな後輩が出来たら楽しそうだなあって
実は考えているのですが、赤司さんは無関心なフリをして心底嫌がりそうです。
誠凛は想像するのに自由な幅があっていいなあ。
バレンタイン用になんか作れたらと思っていたのですが、延び延びになってしまい図らずもホワイトデー前日…。