黒バス_06

 
 
※続きものの赤黒です。
※挿話的な? おつまみ?
※噛み合わないで彼らは相手を探ろうとしてうろうろしている感じ。
 
 

【PDF版】<<※作製は未定です>>

 
 

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綺羅とノンフィクション
 
_2.5 〜東京《じもと》に帰ろう〜
  
 
  
「テツヤ」
 スピーカーから車内アナウンスが聞こえてくる。新幹線は定刻通りに京都駅を出発、通過駅と到着時間を告げている。
 上着を掛けて席に落ち着き、検札も終えないのに渡されたのは錠剤と水だ。
「え。どうしてですか」
「どうしてじゃない、医師《せんせい》からだ」
 赤司はさらりと言って対面座席の斜め前に座った。窓にはすでに速度をあげて流れていく建物達が見えている。
 朝、車で酔ってしまった黒子は譲歩して新幹線のグリーン席で移動することになった。しかも個室だ、大人四人が悠々と座れそうな場所に二人、もはや何かを間違っているような気がしてならない。
「もらってあるものは飲みました」
「せいぜい痛み止めとビタミン剤かだろう?」
「十分じゃないですか」
「判断するのは僕じゃないが、だからといって無視する気もないよ」
 処方された薬の説明書きに目を落としながら赤司は涼しい顔で足を組む。苦情は聞いてやるがそれだけということらしい、黒子は錠剤とミネラルウォーターに視線を落とす。飲まなければいけない薬が増えるのはいい気がしない、本当のことを言えば水すら口に入れたいとも思っていなかった。
「……」
 より病人じみるようで赤司の目の前でというのも嫌だった、彼には醜態しか晒していないような気がする。車酔いだったりふらついたりでよく滅入って嫌気が差さないものだとも思う、それに。
「仕方ないな」
 観察するような眼差しがなくなったと思うと身体が座席に押しつけられる。車両の揺れでもなく、ふいに顔が近付いて一言一句をはっきり言われた。
「どうしても嫌だと言うのなら、僕が、力尽くで、口移しで飲ませてやるが?」
 これといった表情もなくて冗談とも本気ともつかない。ただ、両肩を掴まれて身動きが取れなかった。力は決して強くないのに相手の顔が近すぎるのと触れる体温に身体が緊張し、ひゅうと喉が鳴った。
「…飲みます」
「うん」
 肩から相手の手が二の腕に滑っていく。手元まで落ちると壊れもののように両手を包む。
「お前に何かあったら僕の責任だ。怪我をして免疫力も低下している最中に連れ出して、風邪でも引かれたらご両親に会わす顔がない」
「や、大袈裟な」
「今日の寒さなんて自覚しないほどなのに?」
「え?」
 赤司は小さく苦笑してから抱き締める。
「僕の認識ではお前から伝わる体温は通常よりも『高い』、それでも冷たくて、弛緩しきった無反応の肌の感触よりもずっといいと安心してしまうんだ」
「それは…」なんというか、照れる。
 彼は親切でよく気が回るし、判断が速かった。しかしそのぶん、自分の感情というものを御すのもとても巧かった。表に出さないよう予め訓練されているかのようで、行動の真意は見えにくく、黒子も追いつくので精一杯だった。けれどこんな風にされると判る、彼は不器用なのだ。『大丈夫か』と問う代わりに関西まで連れ、個室を占領した。駅の階段から転げ落ちて、記憶喪失になった友人を目の前に引いて離れるとか、狼狽えたり、一緒に戸惑うのでなく、やれることすべてをやろうとしている。同じ高校生としてスケールが違うのだろうとは思うけれど、それでも必死さは同一線上のものだと感じる。そんなに心配してくれるとは自分のことなのに感動すらしてしまう。
「僕の不注意ですから」
「…注意したって、避けられる類のものじゃなかった」
 がたりと振動がして、窓の外で風が唸る。緩んだ腕の力加減に反して赤司の言葉は冷たく響く。
 ガムか何かで足を滑らせて落ちたのではなく、人とぶつかった事故だとは聞いている。勘でしかないが、赤司がこんなに気を遣うのも心当たりがあるからではないかと思う節がある。そして、手に入れているものが多い彼が関わるのだとしたら恐らく事件になる。物腰で家柄の良さは察せられるし、同じ部の人の話しぶりからして背負わされるものの重さも想像がつく。彼が名家の跡取りとか大財閥の嫡男であっても小説みたいな立場の人間が存在することに驚く準備をするだけで、黒子は発展と幸せを願うことくらいしか出来ない。…きっと。
「……」
 ちくりと突き刺した。
「テツヤ?」
 ひんやりした指先が額に宛がわれる。何度も何度も彼は測る。
「リクライニングの倒し方は分かるか?」
 小さな丸いタブレット菓子にも似た錠剤を喉に流し込んでから首を横に振る。シトラスの味なんか当たり前にしなかった。
 赤司は腕時計を見、ここを、と座った座席の肘掛けにあるボタンを示す。見ればくの字形のスイッチのようになっており、上部は倒れ、下部は足置きが出るらしい。ざっと窓辺で尖った何かを削るような音がして目を遣る、山と畑が広がる風景に雪が積もっている。どこから持ってきたんだろうと口をぽかんと開けてしまったのだが降雪地を通過していることに気付いて口を閉じた。
「東京でも風花を見た。こっちは積もったんだな」
「かざばな?」
「その年の冬に初めて見る残らない雪。確か立冬の後に降るものだったと思う、儚いものだ」
「…『風花のうちは居続け煮えきらず』」
「なんだそれ?」
「新聞にありました。バスの中でひとが読んでいるのを見ただけなんですけど、意味が分からなくて」
 今日の移動中、横に立っていた男性が小さく折り畳んだ新聞を読んでおり、揺れる中でよく読めるものだと黒子も感心し、興味本位で覗いたのだった。細かい記事内容までは無理なので取り上げられた句ぐらいでしかなかったが、赤司は眉をわずかに吊り上げた。行きの車上で酔ったにも関わらず何をしているのだとでも言いたげだ。しかしぼんやりと風花って何だ、煮え切らないって何がだと漫然と考えを巡らせるのは楽しかった。寒空に風にふわりと揺れる花の頃はどこかはっきりしないまま無数に伸びた将来を前にして惑い、佇んでいる乙女心のようなものを読んだ句かと思ったが、残らない儚げな雪となると解釈を改めなければならなくなる。
———ごうっ…
 トンネルに入るとより壁が近いので速度を実感する。
「低血圧を起こしているんだそうだ。ショックのせいだと言われた。急性というからとりあえず寝かせることにする」
「発熱に低血圧って、僕って割と器用なんですね」
 トンネルをやり過ごし、新幹線は降雪地帯を呆気なく抜けようとする。もう少しは持つだろうと思っていたけれど身体が重く、怠さが肩から浸透するように体内にのしかかってきた。
「今日一日、お前の手先は冷たいままだ」
 面白くもないように言って赤司は背もたれにもたれ掛かった。彼はどうも気を悪くしたみたいだ、つくづくいい人だなと思ってしまう。
「遠慮無く寝てくれ。テツヤがどんな悪い寝相になってもいいように個室なんだから」
 自動ドアの開閉音がして、車掌がドアの向こうに姿を現す、赤司は立ち上がって胸元のポケットから切符を取り出した。狭そうな廊下には女性のアテンダントが微笑みを浮かべて立っていた、肩にボックス型の鞄を提げている様子から車内販売らしい。赤司はちらりと振り返ると二言三言、彼女に言う、バニラがどうとか聞こえた。相手がにこやかに返すのが見えて、個室のドアは閉まってしまう。切り取られた長方形の小さな窓二つきりではどんなやりとりをしているのか判らない、車掌と女性アテンダントがすれ違うようにして離れていくのがみとめられただけだった。
「バニラアイスがあった」
「はあ…」どうも。
 黒子にはカップアイスで自分はペットボトルの茶を買い求めたようだ。何が欲しいわけでもなかったけど、目の高さに差し出されて思わず受け取ってしまう。
「えっと?」
「好物は絶対に譲らないのがお前だった。敦には許すところがあったけどな」
 赤司は開け方を知らないのかと思ったらしく蓋を取って寄越してくる、いくらなんでもそれはわかる。アイスがプラスティックのスプーンを折りそうなほどに固く、進入を許しそうにないことも、だ。
「……」
「紫原敦は、中学時代のチームメイトだよ。菓子やらに関しては気が合っていた」
「甘い」そして美味しい。
「気に入って貰えてなにより」
 赤司は口を結んでアイスと格闘し始めるのを見て満足げだった、発作的にこれは挑まねばと思ったのだからしょうがない、どうにか欠片を掬い取って差し出すときょとんと瞬きをしてみせた。
「…それじゃ役に立てません」
「え?」
 手を振って丁寧な固辞、手にしたペットボトルの蓋を開ける。
「僕が君の親戚か…家族だったら良かったのに」
 アイスは舌の上でゆるく溶けてなくなった。呟いた句の一節が頭に浮かび上がる。自分はいつまで居続けられるのだろう、せいぜいあと数日、それからは家が彼を縛る。どうにもならないことだ。
「理由も必要なく、君と一緒にいられますから」
「ぶっ!」赤司の口から飛沫が散る。噴水の放水のように茶が飛び散る様は、まるでコントみたいだった。
「赤司さん?」
「…いや、悪い」
 ぱたぱたと滴を叩いて拭き取り、咽せている。
「その、あの…いや…」
 慌ててアイスを隣の座席に置き、袖を掴む。どうして真っ赤なんだろう、茶は熱そうでもない、よほど苦しいのか?
「平気ですか? 気管にでも入りました?」耳まで赤いですよ?
 
 
 新幹線は名古屋駅を過ぎて静岡県に突入した。思いつきで買ったバニラアイスに要らないという顔をしたものの、一口で気に入り見事な早さで空にする、舌の方が好みをしっかり覚えているようで助かった。後で紫原敦を捕まえようと決める、彼なら黒子の嗜好する食品についても詳しいはずだった。
「……」
 黒子は眠っている。
 アイスを食べて岐阜を抜ける頃には小さな寝息を立てていた。掛けてやるものが見当たらなかったのでコートを掛けた、起こさないよう身体と共にリクライニングを倒し、慎重に足をずらした。大して軽いとも思わなかったけれど首も指も細い。弱々しいのに強い、無様だろうが愚かだろうが素直に吐き出せる潔さは自分にないものだった。
 窓の外は長閑さを離れ、工場らしき建物が見える。都市に寄っているという気がした。京都は冷気を底辺に均等に敷き詰めたような寒さを感じる。日本海側や北国とは質の異なる寒さで、おやと思うことがあった。言ってしまえば、ぬるそうに見えてそこそこ厳しい。尤も今日の様子では黒子は感知もしなかっただろうが、実渕玲央が呆れていた。鉛色の空の下、ずっと外で彼は赤司を待っていた。医療センターでは自分の居るべき場所ではないと言わんばかりに待合席に座ろうともしなかったし、学校でも保健室に置いたはずがふらりと校庭に出てしまっていた。それでも外気に無頓着でしかも、極めつけが今日診てくれた医師からの一言だ。内疾患ではないし、外傷が原因でもない。平均的な数値と聞かされ、記憶喪失というもののセオリーは身体は元気で記憶だけがないと思っていただけに頭をがつんとやられた気分になった。
「済まなかった」
 ぼそりと口にする。歯軋りしたいほどの悔いなど小学生時代にあったかなかったかくらいで、はっきりと思い出せるのは母親に対しての些細なこと、他は塗り潰されてしまっている。
 初めて喫する敗北は二度と味わいたくないほどに苦く辛いものだった、瓦解するような感覚、罪を犯すことより己を苛むのかと思い知って、呼吸も止まらないし、歩いていられる自分に少し泣けて笑えた。
———また、やりましょう。
 未来にまるで疑問を持たない言葉はそれこそ呪文のように刻まれて、玉座を失ったのに世界の一部を手に入れた錯覚をした。噛みしめるのは一刹那、振り返ることはない、そう決めた矢先だった。人生、何が起こるか分からない、自分という駒は、彼のまるで平坦に均されてしまった盤の上に置かれた。
———ガタ…バタン。
 音がする。近いので車内販売かと思ったが、小学生くらいの少女だった。車両のドアを開け、見回しながら廊下を歩いている。窓越しに赤司と目が会うとぴくんと肩を聳やかし、進行方向側に走って行ってしまう。進路を逃げ戻らないところが度胸がある。暇つぶしついでに少女が戻るのを待っていたが次に進行方向からやってきたのは中年の男だった。携帯電話を耳に押し当てそれは違う、とまくしたてているのがドアを隔ててすら聞こえていた。思わず黒子を向いた、起きたらどうする。
「…っと」
 目を覚ますどころかすっかり寝入って左に傾けていく身体を伸ばした手で支える。リクライニングには限界があり、スペースからして横にすることは出来ない。仕方ないから黒子の横に移動し、寄り掛からせるようにする。
「…ん」
 赤司の腕に触れるともぞりと身動ぎし、背中と座席の背もたれの間に埋もれるようにして頭を突っ込んでくる、ぐいぐいとそこで落ち着く寝場所を探しているようだ。うなじに湿った吐息が触れ、肌が粟立つ。
「ちょ、テツ…」
 むずかるように頭を押しつけ、肩口に頭を乗せる。高さが丁度良いらしい。
 深い呼吸。ゆっくりと腕が動いて手が触れる。ふわりと指先の力がほどけ、ぬくみが伝わった。
 肩から腕、背中側に感じられる体温がある。
「何故そこなんだ…」
 そういえば中学の時に似たことがあったと思い出す、休日の練習の後にみんなで帰ったときのことだ。公園のベンチに座り、黒子はお気に入りのバニラシェイクを飲んでいた。隣に赤司が座り、というか、彼と脇に立つ紫原との間に挟まって期間限定味の品評会に参加させられていた。青峰は専ら食べる方で、黄瀬は選べないと女子の扱いみたいに抜かしては青峰に蹴られ、緑間はどうでもいいと無関心だった。黒子はふと視線を赤司の背中側へと遣り、突然動かないでください、とびしりと言う。赤司に身体を傾け、背もたれと腰掛け間に腕をそろりと伸ばす。赤司は首も動かさずに黒子が背中側に身体を押しつけて謎めいた腕の運動が終えるのを待っていた。そうして新たな審査役として散歩中だかの猫が引っ張り出された。猫は人に慣れた飼い猫らしく、嫌がりもせず黒子に抱かれるとなぜかシェイクや菓子には目も呉れず、赤司と黒子との間に収まった。体毛は黒、ほっそりとして尾が長く、シグナルのような赤と黄色の目の色をしていた。きれいですね、と黒子が褒めれば長い尾がぱたりぱたりと揺れる。しかし二人の座る隙間に埋まったままだ。シェイクの決着はつかなかった。赤司にしてみれば未だドリンクの味のいずれか邪道か王道かの別は答えようがない、力んでアイドルのセンターポジション並みに重要だと訴えた黒子は今も似たようなこと言うのだろうか。
「……」
 意識せずとも神経が集中してしまう、くすぐったい。言い出すこともそうだし、することも赤司の中にはない選択が採用される。赤司が二手先三手先を読もうとするならば、彼は後にも先にもおらず、奇策で打って出る。
 広がって冒されそうだ。
「…そうか」
 追いつけない力の前に挫けそうになって、あんなに自信のない顔だったのに。
 いちどゆっくりと押し戻してから体重を預けさせるよう、引き寄せた。傾いだ頭をずらすようにして肩に受ける、そっと手を重ねて軽く握った。
「僕はずっとお前の自由さが羨ましかったのか」
 来いと言ったところで手に入るわけなどない。
  
 
 
  

141008 なおと

 
 

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 データを真っ新にして戻ってきたPCはパフォーマンスが落ちたような気がして時々ぎょっとします。
 本誌が寂しくなったいまアニメ三期が待ち遠しいです。
 句なんですが『俳風柳多留』からです。
解釈は乙女心どころか、と思うんですが彼なりの訳ということで。
 
 サイト管理者殿から連載形式の掲載についてパターンあるよって教えてもらったのですが、
黒子っちのこの話は恐らく紛らわしいけれどこのまんまでいくと思います。アイスミマセン。