【黒バス】黛くんのメタフィクションは得意じゃない。

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黛くんのメタフィクションは得意じゃない。
 
 
 
 思ってはいたけれど、合宿所は逃げ場がない。
 黛千尋は、現在、何の因果か洛山高校バスケ部の合宿所に来ている。何が悲しくて卒業した母校の部活動に参加しなければならないのかといえば、残念な誤解と行き違いに他ならない。強く抗議しても良かったのだが、そんな熱意はなかった。大学生活を思う存分楽しんでいるでもないので正直どうでもよかったのだ(彼女の存在一つで薔薇色になり変わるとか言わない)。
 珍しいことに撮影もあるというから見物もするつもりだった。バイト代こそ出ないが、滞在中の食費その他は学校持ちだし、加えて卒業生ということで個室が与えられており、待遇は悪くない。どっこい、かわいくない後輩どもが乗り込んできて邪魔をする、そんなわけで、黛は自分から外に出ることにした。OB参加枠は部員よりも遥かに自由なので説得力のある理由なしに抜け出すことも出来ない彼らと違い適当にコンビニでも行って時間を潰すことも可能だ。卒業してから得られた特権を施行する、二十分ほど歩くが散歩には丁度良かった。息抜きにもなるし。
 黛は財布をポケットに捻り入れ、スマートフォンを手に玄関を出る。気遣ってもいなかったが誰にも気付かれなかった。
「…案外役に立つんだよな」
 一人言ちる
 憎たらしいというか、残念な特技というか。人間は視覚情報に騙されやすいことを改めて実感する。他者の認識をズラす視線誘導という技は身につけてしまえばちょっとしたことで使えた。初めて聞いたときは子供騙しみたいなものだと思ったが、実践で手応えを感じられたときの愉快さは残るもので、一歩間違えば犯罪者にだってなれるとすら考えたりしたものだが、そんな思い上がった興奮を容易く切り刻んでくれた男がいた。それが元祖というのも出来すぎな話だ。
「つーか笑える」
 さらに同じ場所にいて、仲良くバスケなんかしてる。エンドマークもついて高校で潔くお別れしたはずだったのに。
「なんか未練たらたらみたいじゃねーかよ…」オレが。
 実際、思うほど心に爪痕を残しているわけではなく、後悔とか、しばらくバスケとか腹一杯というものではなかった。華麗ではないにしろ汗まみれでスポ根を熱演したことは汚点でも恥でもない、どっかに落ちているありがちな青春小説の一篇になれるとすら思っている。それに自分に似合う役割だ、口にしたりはしないが。
 風は湿り気を帯びており、肌寒さを感じた、上着を取りに戻ろうかと思いかけてやめる。物音に気付いたからだ。
「ん?」
 何しろ山が近い、狸だ何だと黛が在籍していたときも野生動物が出たという話は聞かれた。野良猫かと思ったが、どうも話し声らしい。
「黒子」
 赤司かと気付くと身体は動かなくなった。見付けられたらどこに行くのかと訊いてくるだろう、面倒臭い。先んじて腹にないことを読まれて明日からの撮影のためとか気を遣われたりしたくもない、そういや明日の撮影って何かセットが組まれていたりするのだろうか。
「オレは悪いとは思っていないのだけど、その…」
 あー、と呻く声が下に沈む。これは珍しい、赤司が親しい者だけに見せる姿のようだ。言い争っているのではないみたいだが、明らかに感情の振り幅は通常とは異なっている。赤司達の過去について興味はなかったが、音のする方へ寄ってみた。断じて好奇心からではない。
「……」
 植え込みは黛の頭をずっと越したところまであり、頭さえ動かさなければ向こうに影も届かないだろう、そもそもこんな出入り口の近くにいるのが悪いのだ。
「…けど、まあ、せっかく明け透けに誘われたので」少しくらいは。
 街灯の光も届かず、室内からもれる光だけだからよく見えない。黒子は宥めるように言い、赤司もそれに応えているようだった。
 風が吹く。
 窓から光が漏れ、部員達の笑い声が聞こえてくる。
「ヤベェ」
「…で、…だろ」
 洛山は京都府の学校ではあるが、校内でも誰もが京都や関西の言葉を使うわけではなかった。バスケ部は全国区であることもあり、他県から選り抜かれた選手達が集まっており、主力選手も京都色がまるでなく、地元愛的に平気かとこんなときに思ったりする。
 二人には耳に届いていないんだろうが、声からして近いし、暗いからよく見えないし、何をしているんだか。
「……」
 まあでも察することは出来るんだけど。自分が非常に拙い状況の最中と背中合わせになっているのも分かる。
「…手が冷えているね」
 甘ったるい赤司の声を聞いてしまった。
「じゃあ、一緒に温まって背中も流し…」
 それを受け流すようにさらりと返す黒子が凄い。ああ、そういう設定、と思わず腕を組んでしまった。
「あ、いや。それは葉山とか黛さんにしてくれないか」実渕でもいいから。
 そこでオレを巻き込むな、オレを。
 
 
 黛千尋は朝はさして強くない。というか、熟睡したにもかかわらずやはりあの運動量もあるだろう、腿が筋肉痛にもなっていたため棒とは言わないまでも鈍い動きとなっている。
「うぉっ」
 開けたつもりのドアがドアノブをしっかり回し切れていなかったのか、開かず、眼前に迫ってぎょっとした。情けないと嘆きながら閉める。
「…っ!?」
 と、今度は顔色の白い黒子が目の前をふらっと通り過ぎる。朝はいつもあんな感じなのだろうか、ひと嵐乗り越えたような寝癖ではあるが、自分どころではないような気がした。
「おはようございます」
「…おう」
 背後から赤司に声を掛けられ、ぼそりと応える。
「あれって、あれでいいの?」
 赤司は束の間黙ってからすぐに、ああ、と黒子の後ろ姿を見た。葉山小太郎が絡んでいる、からかうにしろ似たような寝癖だが軍配ははるかに黒子の方だ。
「寝癖は前からです」
 涼しい顔で言う。
「寝ながらダンスでもしてんのか…」
「まさか」
「……」
 寝癖はデフォルトなのか、じゃあセットであの白さもだろうか。なんというか、光合成する以前に朝の白い光に溶かされてしまいそうな様子だ。
「じきに覚醒しますよ。黛さんはよく眠れましたか? 今日から撮影になりますけど」
「撮られるのはお前らだろ、俺は適当にパス出したらあとは見物だ」
 何をするのか見当もつかないが、モデルじゃあるまいし、やるのはバスケだ、ボールじゃないものをパスさせられるとしたら曲芸で、そんなのだったらバスケ部になんてオファーしないに決まっている、恐らくだが、あの監督が満足する映像が撮れるまで同じ事を何度も繰り返すのだろう。
「それと、申し訳ないのですけど、撮影の合間に頼むかもしれません」
 黒子についてといい、そもそもが『頼まれてくれませんか』ではないところが赤司である。黛の微妙な反応に頓着せずに相手は涼しく続ける。
「さっき、問い合わせてみたのですが、日本着の国際線が事故の影響もあって便が減ってるんです。誠凛からのゲストも羽田からということになるかも知れないので、黛さんに迎えを」
「はァ?」
 羽田だと? よく知らないが、航空会社は朝も早くから客対応をしているのか。てか、卒業生は現役のパシりなの?
「…あー…」
 聞きたいことがいろいろと、ある。ゲストとはいえ合宿に顔を出した先輩に迎えをやらせるとは、それを監督やコーチが『それ良いアイディアだから採用』とか言ったのだろうか、赤司の言い出すことが信じられない。
「オレ、免許(まだ)ねーぞ」
 どころか、教習所にはだらだらと通っているので仮免にも到達していない。
「知ってます」
「ていうか、オレはお前と黒子の仲だってよく知らねんですけど」
 捻って返してやる。
「それは」
 瞬時、止まる。誤作動くらいな感じだが精密な機械が正規でなく代理の部品を組み込まれたらこういう動作になるだろう。
「…知っていますが、居たのは分かってますから」
 偶然、外で居合わせてしまったのに黛に罪があるような無表情さと言い方ではあったものの、ぐっと詰まるように黙ってから言うのが顕著すぎた。開き直っているようでもある、へーと思った。
「そうかよ」
 黛には、関わる気はてんでない。巻き込まれようとも思わないが、判ってしまったが最後という嫌な気はした。とりあえず、こいつらの状況説明をするようなキャラクターはゴメンだ。
「別に喧嘩しようが何しようがいいけど」
 勿論、誰に言いつけたりもしない。
 秘密を知った人物が、付け狙われるのはフィクションでなくともセオリーなのだからして、無難な脇役であり続けるには面倒がない方がいいに決まってる。よって、無視だ。予防線として、手を振って自ら逃げ道を作ったりもする。これは動物的な勘だ、例えば、目の前に障害物が現れたときの脊髄反射的な。避けろ、関わらない方がいい、と旗が振られ、脳内で赤色灯が点滅するのだ。誰だ、臆病とかいう奴。逃げるが勝ちと言うだろうが。
「…何もかもが蓋然でしかなかったはずなのに、黒子のお陰で転変しました」
「あー…そう」
 だからそういうことは言わなくて良いので。マジで。
「少なくともオレにはそうなので」
 赤司は意外にも熱を込めた声で言ってくる。さめた面は変わらないのに。
「そうなの?」
 我ながら何も分かっていない小学生みたいな台詞を繰り返しているがまあいい。相手が素直にも頷いたりするから調子が狂いそうになる。黛の知る赤司はもっとドライだったはずだし、穏やかそうに見えて血も涙もない非情さもありまくっていた。人情家じゃないし、人の好いヒーローでもない、ただのエリートの見本みたいだと考えていたのに、修正しなければならないことは増えていって、黛の中の赤司像はそれこそ修正テープだらけだ。
「転変ねえ…」
 天変じゃねえの? とは言わない。
 赤司に影響を及ぼす人間がいるなんて思わなかった。けれども、いまの彼を目の当たりにすると、ほとんど確定事項だったことをオセロみたいにひっくり返してしまった奴らを思い出し、納得もしてしまう。
「ま、アゴアシマクラだし、使われてやるわ」好きにすりゃいい。
「有り難うございます」
 礼を述べつつ、じっと目を向けてくる。
「全ては黒子の自由ですが、邪魔するような輩は排除しなければと考えているので、黛さんは圏外にいて欲しいというのもあります」
「へー…」
 え、何の。牽制か? …なにそれ?
 立ち止まって考えてしまう、赤司はそれを見ると、では、撮影もあるし忙しいとは思いますが宜しくお願いしますと満足そうに口角を上げ、食堂に入っていく。そのちらりと見えた横顔に何故かぞっとした。
「あら。黛さん、おはようございます」寝不足?
 実渕が茶化すように訝しがってはするりと追い越していく、眠たげな低い声が飛び交い、食堂内は運動部ならではの謎めいた短縮形朝の挨拶なる輪唱をやっている。
「……」
 黒子は黛に気付くと軽く会釈を寄越す。その隣にいる赤司は触れもせず、首を動かす度に揺れる髪の跳ねを見ている、影が許す距離感、朝の光は残酷なくらいに透明で、先輩は、穏便にしなさいよ、とはとても言えそうにない。
 
 
 
 
160131 なおと
 
 
 
 
 
 
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*卒業した黛さんが、洛山の合宿に参加(ゲストに誠凛の黒子と遅れて到着予定の火神がいます)…しておるところです。
*何気なくもなく『四月五日、マルチタスク制限有リ。』のスピオフ的な。
 
 
 ともあれ。
 拍手、ありがとうございました!