Why don’t we make up?

 勝呂と燐は、京都でお互いを仲間で味方だと認め合ったと思うのですが、普段に戻ったら、少し照れくさがると言うか、もうちょっとどうやって付き合っていこう、みたいな所を少し探り合うんじゃないかなぁ?と妄想した結果です。
 
 
 まだ京都編が終わっていないので、後から見たら「やっちまった感がハンパねぇ」になること請け合いです(苦笑)
 
 にしても、またしてもメシ絡みとはどう言うことだ、オレ。
 そしてきっと、勝呂はちょっと位飯代を出そう、と子猫さんと廉造と相談するんだ、きっと。←裏設定。
 

【PDF版】Why don’t we make up?

 
 
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「放せや、奥村ァ」
「うるせぇ、勝呂。お前こそ放せよ」
 おでこをぶつけそうな近距離で睨み合う勝呂竜士と奥村燐は、焼きそばパンの袋の両端を互いに握り締めている。
「お前、三つも持っとるやないか。一つ譲れや」
「お前こそ、幾つ食うつもりだよ!」
 そう言う勝呂も三つ袋を抱えている。互いに袋を破らぬように、かつ相手に負けぬように、細心の注意でビニール袋を引く。
 しかし、青焔魔《サタン》の子である燐の体力は、常人のそれどころではない。勝呂は汚いと思いつつ、動揺作戦に出ることにした。
「なんや、いつも手製の弁当持って来とるやないか。寝坊か」
「昨日から断水してんだよっ!」
 半泣きの燐の訴えに、勝呂は思わず同情しそうになった。が、自分とて放課後まで耐えるための貴重な食料だ。可哀想だが譲るわけには行かない。大体育ち盛りの高校生が、調理パンの三つや四つ如きで足りるワケがない。本当なら肉たっぷりの主菜に、味噌汁お替りし放題、かつドンブリ飯で二杯くらい掻き込みたいところだ。ところが正十字学園はお金持ちのお坊ちゃんやお嬢ちゃんが集う学び舎とかで、学食の味は良くても量の少ない昼飯にお札の英世さんが二枚も三枚も要るのだ。
 そこまで贅沢の出来ない生徒たちは、購買部で昼時に売るパン、サンドウィッチ、おにぎりなどを買うしかない。が、こちらは料金が安いがなんと言っても絶対数が少なく、昼時には壮絶な争奪戦が繰り広げられている。
 片や奨学金で入った勝呂、片や後見人のフェレス卿から一月につき二千円札一枚しか貰えない燐。互いになんとしても半日をしのぐ食料を確保しなければならなかった。
「なら、勝負しよやないか」
「望むところだ」
 互いにニヤリと笑う。
「子猫、ちょぉ持っとって」
 勝呂が、志摩廉造と並んで傍で成り行きを見守っていた三輪子猫丸を呼び、焼きそばパンを預ける。子猫丸たちは既にそれぞれ飲み物とパンを二つほど抱えて、さっさと会計を済ませていたようだ。
「エエか、一回勝負や」
「最初はグーな」
 どうやらじゃんけんで勝負を付けようとしているらしい。廉造は小さく「アホくさ…」と呟いてニヤニヤしている。
「志摩さん、何笑うてはるんです?」
 子猫丸が廉造の気配に尋ねてくる。
「イヤ、坊《ぼん》は相変わらず、マジメやなぁ、思うて」
 堪えきれずに、うくく、と笑い声を漏らす。
「ちょぉ待てや、なんや、最初はグー、て。そんなんせんと男ならビシッと勝負せぇや」
「なに言ってんだ、お前!じゃんけんて言ったら、最初はグーだろ!」
「アホぅ、じゃんけんはじゃんけんや。頭にジャラジャラつけなや」
「ざっけんな。最初にグーを始めたのは、明●家さ●まじゃねーか!」
「あほぅ!それは志●けんじゃ!」
「な…んだと…!さ●まバカにすんな!」
「別にバカにしてへんわ。お前こそたいがいにせぇや。勝負じゃ、コラ!」
「上等だ!」
 ただ一度の勝負に何を出すか、手の甲を見たり手を組んだりして真剣に考える彼らを余所に、購買部での争奪戦はほぼ終結していた。買いそびれた生徒たちはパンを幾つも抱える燐と勝呂に恨めしげな視線を投げかけながら、足早に近所のコンビニや弁当屋を目指して去っていく。昼休みは長いようで短いのだ。
「まだやってるんだ…」
 奥村雪男がビニール袋を下げて呆れたような、苦笑いのような口調で言う。近くの弁当屋に弁当を買いに行っていたらしい。雪男は勝呂と同じ奨学金で入学したが、一方で祓魔塾の講師を務め、祓魔師としての任務をこなして収入を得ている。多少懐には余裕があるのだろう。安い料金で何とかたくさん食べようと言う争いに、最初から参加していなかった。
「ああ、若センセ」
 子猫丸と廉造が、雪男の言葉に一緒になって笑う。
「ちょいとアンタたち!さっさと金払っておくれ!店閉められないだろ!」
 購買の店番が、笑い混じりにせかす。
「おばちゃん、もうちょっと!」
「ちょぉ、待ったって!」
 赤の他人でさえ、二人がじゃれているように見えるのだろう。夏休みが終わってから燐と勝呂はなんのかんのとつまらないことで張り合っている。周りは単に「悪友」と呼ばれる間柄の男子生徒二人がふざけているようにしか思えない。が、本人たちは角つき合わせることで、至って真剣に互いの距離を探っているのだ。
 雪男を始め祓魔塾の面々は、この二人のやり取りは放っておくに限る、と言う意見で一致していた。
 特に青焔魔《サタン》の子である燐に対して、勝呂が複雑な思いを抱いていたことを皆が知っているだけに、こうしたやりとりで正面から燐に向き合おうとしているのも、真面目な勝呂らしいと言えた。
「本当なら、祓魔の任務とか、勉強でやりたいんでしょうが…」
 兄さんの頭じゃムリですからね…。雪男のため息交じりの呟きに、廉造と子猫丸が同意したものか測りかねて苦笑いする。
 結局『最初はグー』なしで、三回あいこを出し、四度目の正直でグーを出した勝呂の勝ちだ。勢いついでに「あっちむいてホイ」と指を振ったら、まんまと燐が釣られてそっちを向いたものだから、顔を真っ赤に染めて悔しがった。
「あっち向いてホイ、って何だよ!」
「ついでや。ま、ダメ押しやな」
 にやりと笑った勝呂が最後の焼きそばパンを掴むと、さっさと会計をしに去った。
「オレの焼きそばパン…」
 燐がぶつぶつと文句を言いながら、もそもそとマヨコーンパンを頬張る。残りはコロッケパンとメロンパンだ。飲み干してしまった紙パックの野菜ジュースが、栄養バランスの悪い食事への言い訳のように転がっていた。
「なんや、終わったことをぐじゃぐじゃ言うなや」
 成り行きで一緒に昼ごはんを食べることになった勝呂が言う。購買から程近い芝生に微妙な円陣を組んで座っている。廉造が食べ終わったパンの袋とジュースの紙パックを一緒のビニールに突っ込んでいる横で、子猫丸が牛乳パックを平らに潰して丁寧に分別している。
「しつこいよ、兄さん」
「うるせー!豪華に弁当食ってるヤツに言われたくねーよ!こう言うときは兄貴にも買ってきてくれるもんじゃねーのかよ、裏切り者《もん》!」
「聞く前に購買にダッシュした人は誰でしょう」
 燐はぐっと詰まる。購買は早く行かなければ売切れてしまう。しかし、購買に急がなければ豪華な弁当が食べられた。悩ましい問題に燐が唸り出す。何でも答えを選択肢の中から選ぶのは、燐が一番苦手とする所だ。答えはいつも『決められない』か『全部』だ。欲張り、と言うより良く考えないからである。
「うううう。水道いつ直るって?」
 げっそりした表情で燐がたずねる。
「なんやぁ、断水てホンマやったんや」
「ったりめーだろ。何でそんなウソ吐《つ》かなきゃなんねーんだよ」
 廉造の言葉に、燐が口を尖らせて言い返す。
 奥村兄弟が昨日の夕方寮へ帰ってみると、脱衣所から水が漏れているのを発見した。風呂場で水道管が破裂したのだった。おまけに壁の内部で起きた破裂の衝撃は、風呂場のタイルを粉砕し、その破片が脱衣所との仕切りのガラス戸も割ってしまい、夜中まで水浸しになったガラクタの片付けに追われた。
 直ぐに水道屋に電話したが、破裂箇所と水道管そのものを見たおじさんに、「こりゃぁひどいや」と呆れられて、その日はもう水の元栓を閉める程度しか出来ないと言われてしまった。おかげで水が全く使えず、トイレは近くの公衆トイレかコンビニエンスストア。風呂は燐の尻尾があるので、二人して朝早くに部室棟に忍び込んでシャワー室を借りた。夕飯は近くの牛丼屋に行くことになったが、財布の中身が足りずに牛丼のミニサイズしか食べられなかった。更に少ない食料で夜中まで片づけをさせられたせいで、当然朝飯は寝坊で食べられず。昨晩からまともに食べていない燐としては、こんな小さなパン如きでは到底足りない。もっと情けないことに、今日の昼飯代も雪男に拝み倒して借りているのだ。今の燐に兄としての尊厳は欠片もなかった。雪男に言わせれば、普段から一片もない、と断言するだろうが。
「さぁ、きっと今頃水道屋さんが調査中じゃないかな。あそこはなんと言っても古いからね。昨日の水道管の破裂がどこまで影響してるか」
 羨ましそうに雪男の弁当を見つめる燐の視線を無視して、雪男が箸を運ぶ。鮭弁当なんて久しぶりに食べたけれど、やっぱり兄さんの弁当の方が、品数も多いし美味いな、と思いながら。
 水道の件は、後見人であるフェレス卿にも早速連絡してある。雪男の我が侭で旧館を使わせてもらっているが、普通の寮に悪魔である燐を住まわせる訳には行かないのは、フェレス卿も判っているはずだ。工事の見積もり金額がどれほどするか知らないが、直ぐにでも着工を承認してくれるだろう。
「このままじゃ、俺ら飯食えねーじゃん」
 食料腐っちまうよ、と燐がぼやく。間の悪いことに、昨日は一週間分の食料を買い込んだのだ。電気、ガスは使えても料理には何かと水を使う。水がなければどうしようもない。食材を買うお金は雪男も出している。少し懐に余裕はあっても、せっかく買い込んだ物を粗末に出来るほどではない。大問題だ。
「うーん、それは確かに。またフェレス卿に調理実習室の使用許可を貰おうか」
 入学したての頃、昼食を作るのに特別に調理実習室を借りたことがあった。そこで生徒たちに格安で日替わり定食を出す商売をこっそり始めたところ、早々にフェレス卿にバレて調理室は使えなくなった。正十字学園高等部で七不思議の内のひとつとして噂されている幻の定食屋の正体でもあり、燐が弁当を作るようになったきっかけだ。しかし今回は事情も特別だから借りられるかも知れない。
「お、マジか?じゃぁ、弁当にしねーで調理実習室でメシ食えば良いじゃねーか。やった、久しぶりにあったかい昼飯が食えるぜ」
 燐が一転元気になる。もう調理実習室を借りられたかのような興奮ぶりだ。
「ホンマ奥村君、お料理好きなんやねぇ」
 子猫丸は感心しきりだ。夏休みに入ったばかりに行われた林間合宿でも、燐が作ったカレーは好評を博した。
「そうかぁ?じゃぁ、お前らも食いに来るか?」
 燐の申し出に、子猫丸以下三人とも大変に乗り気になって食べに行く、と返事をした。パンはパンで美味しいが、それでも温かいご飯が食べられるのなら、そちらの方が何倍も助かると言うものだ。すっかり気を良くした燐は最後のメロンパンに齧り付きながら、早速献立を考え始める。
「まぁ、借りられたらですけどね」
 あれも、これも、とメニューを考える燐を余所に雪男が、僕たち前科がありますからねぇ…、と苦笑いで漏らす。
「まぁまぁ、そう言わはっても、若先生ら晩メシも作らなあきまへんやん」
 志摩の指摘に、奥村兄弟が顔を見合わせる。
「…志摩の言うとおりだぜ。オレら今日から晩飯どーすんだよ」
「そうだった…」
 うーん、と考え込む雪男を何か良い案が出てくるのではないかと燐が伺うような目で見つめる。これではどちらが兄だか判らない。
「断水してはるなら、理事長かてそういけずも言わしゃりまへんやろ」
 志摩の明るい意見に、燐がますます喜ぶ。一方その言葉にしばし考え込んだ雪男は、うん、と一つ頷くと腹を括ったような顔付きで立ち上がった。
「仕方がない。食料は無駄に出来ないし、何とかお願いしてみるよ」
「これから行くのか?」
「早い方が良いでしょ」
「お、兄ちゃんもついてってやろーか?」
 燐が兄貴風を吹かす。だが、単に雪男とメフィスト卿がどんなやり取りをするのかを見たいだけだろう。ついでに小遣いの値上げでも訴えたいのかも知れない。一月二千円の小遣いだと聞かされて勝呂達は流石に驚いた。今時の小学生でももっと貰っているかも知れない。
「結構。僕一人で十分だよ」
 メガネを一つ押し上げると、フッ、と鼻で笑って雪男が歩み去る。
「『結構。僕一人で十分だよ』(フッ)…って、ざっけんな!ちくしょー!」
 雪男の口真似をして、うがぁっ!と燐が悔しがる。廉造が笑い出すのを子猫丸が諌める後ろで、勝呂が牛乳を飲んでいる所に笑いを堪えたのが気管に入って激しく咳き込む。
「お前らまでー!」
「まぁまぁ、奥村君。そうカリカリせんと」
 ヒデェ!と喚く燐を子猫丸が宥める。
「まぁ、交渉ごとは若先生の方が得意やろ。任せといたらええやんか」
 げほん、ごほん、と咳き込みながら、心配した子猫丸が背中を擦ろうとするのを断る。
「坊《ぼん》の言うとおりやわ。それより、奥村君は料理考えてや。俺、手料理は女の子に食わしてもらうんが理想やけど、奥村君のは特別や」
「お前ら、イイヤツ…」
「当たり前やろ。俺はいい奴で有名ないい男やで」
 志摩がどうだ、と言う顔をする。
「お前、それ京都でも同じこと言ってたな」
「だって、ホンマのことやもん」
「…確かにイイ奴だけど、スケベだよな…。坊主のクセにいーのかよ」
「ちょぉ待ち。スケベの何が悪いんや。奥村君かて青春真っ只中の健康な男子高校生やんか。スケベ心の一つや二つあるやろ?」
「な…!いや、そりゃ…」
「恥ずかしがらんと、男なんや、当たり前のことやで」
 志摩と燐の掛け合いが始まる。
「また始まらはった。ホンマ奥村君もよう志摩さんに付き合わはるなぁ」
 子猫丸が呆れたように呟く。
「放っとけや。あいつら頭のレベル一緒やねん」
 勝呂が几帳面にゴミを分別し始める。午後は現国、英Ⅱ、物理と眠くなりそうな科目がずらりと並ぶ。今日は少し昼寝をしようと思っていたのに、燐の騒ぎに付き合っていたら寝そびれてしまった。
「そう言う坊《ぼん》も、奥村君となんかかんかやりおうてるの、楽しそうですわ」
「別に楽しないで。アイツ見てるとイライラしてどつきとぉなるんや」
「顔真っ赤ですよ、坊《ぼん》」
 子猫丸が冷静に指摘する。あまりつつくと意固地になってしまうので、からかう加減は良く見計らわねばならない。
「うっさいわ」
 拗ねたような口調で勝呂が言う。小さい頃から変わらない癖に子猫丸は小さく笑った。
「エエやないですか。だって、奥村君ホンマは…」
「…まあな」
 子猫丸が飲み込んだ言葉の続きは、勝呂にも判った。なんでも全力で力加減が出来ないが、優しくて、真っ直ぐなのだ。そのせいで見当違いのところへ突っ走ってしまうことも多いけれど。それでも「いいヤツ」なのだ。ついでに何でもかんでも自分で抱え込んでしまおうとする、水臭いヤツでもある。
「…アホやけどな」
 子猫丸が、そらひどいですわ、と笑う。
「坊《ぼん》、今オレのことアホ言いました!?」
 断片だけが耳に入ったのだろう。志摩が問いただす。
「アホ、お前の…。イヤ、ホンマのことやろ」
「ひどいわっ!」
 説明も訂正するのも面倒くさくなって、勝呂が呆れ顔のまま肯定する。
「おー、坊《ぼん》、言ってやれ、言ってやれ。コイツ、とんでもねー生臭坊主だぞ」
「やかましいわ!なん気安く坊《ぼん》いうてん!」
 子猫丸が、楽しそうやなぁ、と呟いて笑った。
 

–end
せんり