黒バス_33

 
 
 
※赤黒です。でも秀徳コンビもいます。
※断片的に繋がるようなそうでないようなエピソードを送っていきたい、みたいなことを考えました。
※詳しく深く書かずに表面を浚うような感じにしたかったのですが、…逆に想像しにくいかもしれません(反省)。
 
 
 
 

【PDF版】<<※作製は未定です>>

 
 
 
<お願い>
※記載内の無断転載、無断コピー、データ転用、改変、再配布等はご遠慮下さい、お願いします。
 
 
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青春なので迷走中。
 
 
 
 
 
 
 練習のない休日の朝、昨夜から雨が降りだした雨はまだ降っていたから湿った空気は肌寒く感じられるほどで、黒子テツヤはぐずぐずと水色の底で惰眠を貪ったりしていた。一生降り止まない雨の世界、そんな夢の中で本のページをめくっていたところだ、携帯電話の着信音に起こされた。ああ、安息なるページは破られた。
 相手は緑間真太郎で、よく耳にする不機嫌そうな声で、とりあえず駅前のマジバに集合、と意味が分からない。黒子にとっては行く理由と同じくらいに断る理由もなかった、マジバのバニラシェイクならいつでもおいしく飲めるから天秤に掛けたとして、その点でしかアームは傾かなかったわけだ。で、行かなければ『人事を尽く』さなかったことにされそうだ、仕方ない、せめておいしく好物をいただくしかない。
 開口一番、緑間は言った。
「今日のラッキーアイテムは〝流れ星〟だ」
 それも重々しい口調で、隣に座る高尾による解説付きときた。自転車の鍵をくるくると指先で回しながらの。雨なのにレインコートでリアカー付き自転車とは恐れ入る。
「と、冬生まれの人間と午前のうちに会っておくと運気がUPするんだと」
 もはや慣れたことなのか、高尾は呆れもしないし倦んだりもしていない様子だ。そんな甘やかしぶりだから緑間も至って平然と眼鏡を押し上げながら
「因みにワースト一位はみずがめ座だ、ラッキーアイテムはプラネタリウムなのだよ」
 などと続けるのだ、黒子はワースト一位、なるほどと思うが、だからどうしたとも思う。
「…はあ」
 親切に教えられたって黒子は占いについてさほど興味もないし、信じる信じないかはともかく、プラネタリウム(の投影機)なんてそんなもの、言われたってとても持ち運べないし、持つ気もない。人事を尽くさんと律儀に実行するのは彼くらいなものなのである。
「何なのだよ、黒子。寝癖は直せ、何時だと思っている」
「十時前ですよ。昨日、本を読んでるうちに寝落ちしてしまったんです」
 雑に頭を撫でつける。休みになったら読み進めようと思っていた長編だ、少しと思っていたのについ半分くらいまで進めてしまい、主人公はドアを探してぐるぐる回っている…そんな夢を見ていた。
「ハイ、しんちゃん、呼び出しておいてそれはねーよ」
 とんとんとテーブルを叩いて高尾が手元に注意を向けさせる。
「だいたい高尾、お前…」
 こんだけ揃えたじゃん、とさらりと緑間をあしらうのも上手い。緑間が口を閉ざしたところで高尾は黒子を見た。
「しんちゃんに『流れ星』って言われて探してやってたんだけど選り好みするから困っててさー、そしたら、いまみずがめ座流星群ってのの時期らしいんだよね」
 ペルセウス座にオリオン座、しし座くらいまでは知っていたけど、そんな流星群なんてあったのか。黒子はバニラシェイクを飲みながら続きを待つ、高尾は何を言いたいのか。
「ちょうどよくね?」
「何がです?」
 皆目分からないのがおよそ四割、察せられるのが六割といったところだが、悪い予感しかしない。
「別にオレは」
「まあまあ、しんちゃん。プラネタリウムのプログラムと上演スケジュールについては調べておいてやったから…」
 とクリアファイルから出たのはプリントアウトした用紙だ。どういったものかと意識と視線はそちらを向き、へえ、なんて思いつつわざわざそこまでしたのかと高尾のマメさに感心すらしてしまう。
「……」
 この二人の行動は通常運転だ、なのに何故か引っかかる。
 面倒なことは避けたいと一方で思考が立ち止まって黒子は改めて高尾と緑間を交互に見た。
「じゃ、黒子、宜しく!」
「って…」
 バニラシェイクで緑間の相手とは。
 
 
 予想外に人気らしいプラネタリウムは整理券配布の順番待ちとなったが、高尾に文句を言ってどうなるものでもなく、仕方なく施設階下のライブラリーで時間を潰すことにした。
「驚きました…」
 黒子は文化センターのパンフレットを広げながら驚いてもいないような顔で言う。
「二年前に改築して、最新鋭のものにしたとは書いてありますけど、それで人気なんですかね」
 感心しているのだか呆れているのだか緑間には分からない、ただ妹が新しくてちょっといいプラネタリウムだと言っていたのは覚えている。
「区が運営する子供向けの施設が減っているからな、そもそも都内ではまともに天体観測も出来ない」
 肉眼で流星群など無理な話なのだよ、と分かりきったことを続けてやると黒子は素直に頷く。
「そうですね」
 異論はないらしい。
 プラネタリウムを最上階に置いた文化センターはビルに挟まれている。廊下や階段が広いわけでもなく、子供連れが多かったので、訪れた人間は整理券に記された時間まで列にならずにどこかで待っているのだ。だいたいが隣のビルのファミレスか地下のカフェテリアだろう、ライブラリーも広くはない。そして利用者もさほどいなかった。
「たった一年なのにうちの周りも変わりましたから」
 黒子は小さく応え、ストバスのコートも駐車場になったりしてます、と呟いた。都内は免震基準が大幅に変更され、国際的なイベントに向けての再開発も始まっている。建物は解体されてもまた別の物が建ち、これまでフリースペースだったところは別の商用利用地にされていた。
「お前の近くでバスケコートが減ったのか?」
「はい。割と利用していてテニスコートもあったんですけど」
 大人の事情は分かりませんね、と諦めているような承服しないような声だった。遊び場を奪われた子供たちの気持ちなど身勝手な大人には分からない、と決めつけているかのようにも見える。紫原の行いや青峰の態度には寛容なのに、こういうどうにもならないところでは不寛容で、何というか感情のエネルギーの無駄遣いをしているように緑間には思えるのだ。
「……」
 しかし、誠凜が練習場所に事欠いているという話は聞かないが、ゴールが置いてあるコートはないよりあった方がいいに決まっている。練習場所を削られると思えばフリーのバスケットコートが消えていくのを許し難く思うのは分かる。
「あの運動公園は変わらない」
 眼鏡を押し上げながら言い切った。
「え」
「お前の誕生日に使ったストバスコートなのだよ」
 ベンチから立ち上がり、書架の方へ足を向ける。
「……」
「オレは、常に人事を尽くしている。不変性があって然るべきは能力の進歩であって後退はない、それが日常というものだ。環境とて例外ではない、常態は維持されるに決まっている。何しろ運気修正用のアイテムの所持を欠かさず、努力を惜しんでいないのだからな」変わるわけがない。
 振り向くと黒子は座ったままただじっと黒目がちな目をこちらに向けていた。
「不満か?」
「そういう自信って緑間君ならではだと思いますけど、…力強くていいと思います」
「なら笑うな」
 言ってるうちに相手の声が撚れた、鈍いと言われる緑間でも気付くくらいだ。
「笑ってませんよ、緑間君が珍しく慰めるようなこと言うからびっくりしただけです」
 黒子は頬を僅かに緩ませながらもしれっとしている。
「高尾君のようにはとても返せませんけど」
「あいつの代理など求めていない」
 ちゃらけて笑い飛ばすことは予測できるのでその点でそう変わらない。相手は予め答えを知っているかのようにしっかりと頷いた。
「知ってます。緑間君は基本的に鈍い質ですけど時々繊細というかデリケートですよね」
「……」
 ビタイチ褒めてない台詞だ。
「高尾君、もしかしてちょっと調子悪かったりしませんか?」
「………ないのだよ」
「喧嘩でもしました?」
「してない」
 その気もないのに声が力んでしまっている。
「高尾のことは知らない、それゆえお前が言っていることも判らないのだよ」
 腕を組んで首を横に振り続けると相手は息を吐く。
「思い違いならそれでもいいんです。ですが、二人はぎこちないように見えました。何かあるのだとしたら、ボクを引っ張り出してきても解決にはなりません。そこは緑間君が単刀直入に聞けばいいと思います」
 否定の言葉も見付からず、緑間はむうと黙るしかなかった。
 
 
 率直に言ってしまえば、高尾は体調が悪いわけでもなく、精神面だって穏やかで、至ってコンディションは良好だ。
 しかし、なんかうまく言えないんだけどおかしいんだよな、と思っていたりしていた。
「……うーん?」
 晴れ上がった空を見上げて首を捻る。早いスピードで流れている雲はあるけど雨は降りそうにない。当たり前だけど、雲の先に見える空は青かった。
「彼女…」
 いたらどれほど眩しく、生活を彩ってくれることか、と夢見たりはするけれど、ぴんとこない。考えてみて何だか楽しいようには思えなかったからだ。いやいや、連絡取り合ったり、休みの日にデートなんかしたりして青春を謳歌するのは悪いはずがない。あれ、でも面倒さが先に立ってしまってやっぱそういうの考えたくないよな、とも思ってしまう。
「…せっかくの機会フイにするなんて俺アホじゃね?」Mなの?
 女子に興味がないはずがない、こちとら至って健全な男子高校生である。
「うーん…」
 高尾は告白されて、そして『ごめんなさい』をした。そんな自分を何様だ? と繰り返し罵っていたりもする、けれども正直に返事をしたので後腐れのようなものは感じていない。なのに、気詰まりなこの感じは、相手を傷付けたしまった罪悪感なのか、後悔なのか、分からない。
 実際嬉しかったんだけど、でもさ。
 緑間と一緒にいるのも居心地の悪さを感じてしまい、黒子に押しつけてしまった。そもそもなんでそんな風になってしまったのか。
「あ」
 と、そんなところへスマートフォンを手にした人物と鉢会った。
「赤司…?」
 なんというかいまの高尾の心理的状況に相応しくないというか、会いたくない人物だ。
「やあ」
 偶然なのに予め決められた事に対処するかのように相手の反応は落ち着いていた。こっちはばったりエンカウントで身構える猫の如くかちんとなってしまうというのに、場所が日本国内でなければ赤司は驚いた顔をしたりするんだろうか。
「丁度良かった、連絡がつかなくて困っていたんだ」
「え、真ちゃんと?」
 どうしてかぎくりとしてしまう、相手は口元をきゅっと引き結ぶと問い掛けてくる。
「緑間は映画でも見に行っているのか?」
 語りかける声やら物腰はやわらかなものであるが、迫るオーラはそうではない、赤司の背後にはとんでもないものがゴゴゴゴゴと地鳴りのような音を立てて聳えているように思えた。
「えっと、ぷ、プラネタリウム?」
「誰と?」
「黒子、と…」です。
「それはいつもの占いの神託か?」
 畳み掛けるような質問にそうそう、と頷いてみせる。手短に朝からの経緯を話した、本日のラッキーアイテムとプラネタリウム、呼び出された黒子は寝癖を頭につけたままマジバにやって来ては緑間に叱られていた。緑間を任せてきてしまったけど、黒子って悩みとかあってもさっぱり一人で解決しそうだな、とプラネタリウムの上映予定表を見せながら思ったことをまた思い出した。
「俺は帰りだけど、赤司は?」
 青峰やら黄瀬はなんだかんだで顔を見せる機会もあるだろうが、赤司は京都だ、わざわざ来るなんて。
「黒子にちょっと用があってね」
「京都から」
「そうだな」
 こともなげに赤司は言って、何の問題もないかのような顔をしている。メールとか電話で済ませず会いに来るとか、距離とか時間とかそんなのは彼には些細なことでしかないみたいだ。
「確かめておかなければと思って」
「黒子に」
 言って高尾はふーん、とステアリングの上に顎を乗せる。赤司は、黒子に、どうしても。脳内で反芻する、試合会場だけではなく、赤司とは顔を合わせることがあった。打ち解けるまではないにしろ、ビビらない程度には慣れたと思っているが、何を考えているのかはさっぱり分からない。何か企んでそうと感じるだけだ。
「……」
「何でキセキってそーなんかなあ…」
 気付いたら口にしていた。あっと思ったが、取り戻せない、赤司は聞き逃すこともなく訝しげに首を捻っていた。
「よく分からないが」
 聞き流していい言葉を拾ったうえに、どこか神妙だ。
「帝光中の頃はいっときの共同体みたいなもので、通過点に過ぎず、個々の特徴については現在のチームにあってこそのものだと思う。今は誰もがキセキではなく、緑間は秀徳の緑間真太郎に他ならない」
「あ、イヤイヤ」
 高尾は取り繕うように手を振る。
「まったく正しいと俺も思うよ」
 束の間の沈黙はあったが、ならいい、とばかりに赤司は背を向ける。
「赤司!」
 相手は振り返る。チャリの後ろのリアカーを指し示して見せる。
「駅の近くまでだけど乗ってく?」
 分かってる。壊したくないし、壊されたくもないと頑なに思っているほどに高尾は今の生活が好きなのだ。そしてそれは自分の中で〝彼女〟という甘酸っぱい響きよりも少しだけ重い。
 
 
 上映は五十五分、全入れ替え制のプラネタリウムは盛況らしい。ビルの隙間からはドームの円形がわずかに見えている。プログラムはリクライニングを最大にして星の軌跡を追うらしいが、流星群の観測の疑似観測とはいえ、全天を体感し、星空に漂うような浮遊感が味わえる場所が室内でしかないというのも皮肉な話だ。
 プラネタリムで見られるような同等の好条件なんて、大気中の塵と雲を払い、どれだけの光を減らし、遮蔽物を排除しなければならないのだろうか。
「赤司」
 窓の外を眺めていると緑間が声を掛けてきた。スマートフォンを握り締めて気難しい顔だ、遅れて黒子がやってきた。
「緑間く…、あれ?」
 黒子はひょいと顔を覗かせてから先回りしたように緑間を見て言った。
「緑間君、赤司君と約束があったならボクを呼び出したりしなくても」彼も冬生まれです。
「そうじゃない」
「久しぶりだね、黒子」
「あ、はい。どうも」
 促されることもなく緑間は椅子を引くと赤司の正面に座った。二人掛けの席なので黒子はどこか所在なさげにカウンターを振り返っている。セルフサービスのコーヒーショップだ、煩くない程度に音楽が流れ、待ち合わせに良いと教えられ、何度か利用して慣れた場所だった。
「じゃあ、ボクは…」
「事実無根なことを言うな。質が悪いぞ、高尾が友情と恋愛の板挟みなどあるわけがないだろう」
 黒子は赤司が手を引く前に空席の椅子を掴んで振り返る。緑間の発言に翻したらしい。
「どういうことですか?」
「……」
 緑間の心底不愉快そうな顔にも怯まず、テーブルに手をつき、割り入るようにして耳を傾ける。赤司は間を持ってコーヒーをひと口飲んでから二人を見た。
「そうだな。彼は何も言わない、呟いていたのをオレが聞いただけだ。浮かない顔をしていたから、気持ちの整理がついていないのかと考えたんだ」
 黒子は黙って瞬きを繰り返す、彼が得た情報と赤司の言葉の断片を組み合わせて推測しているらしい。
「…緑間君、知ってました?」
 面白がる様子もなく、慎重そうに問う。知ったことではない、と緑間は吐き捨てるように応えた。
「緑間君はありのままで許されているんだと思いますが、やっぱり単刀直入に聞くべきです」
「嫌だ」
「〝流れ星〟を探してプラネタリウムまで調べてくれたのに」
「彼の労力とで釣り合わないと言いたいのかな?」
「まあ、そういうことです」
 黒子が頷くと、緑間はふんと立ち上がる。付き合っていられないと眼鏡を押し上げながら冷ややかな声をで告げはしたが、内心は違うはずだ。人事を尽くさんと自分が高尾に対して出来ることを考えて、選んでいる。
「どこへ?」
「高尾だ。あいつは今日のラッキーアイテムを持っていないのだからな」
 世話が焼けるとでも言いたげにすたすたと歩いて行ってしまう、黒子は後ろ姿を見送り、それからすみませんと頭を下げた。
「え?」
「赤司君は緑間君と何か約束があって来たんでしょうけど、彼を行かせてしまいました。彼女が出来たとかなら浮かれて良いはずなのに、会ったときに高尾君が空元気というか、どこか上の空に思えたので…」
 いまさらに優先順位を思い出したかのようにしどろもどろになる。赤司は住まいが遠距離という点で優遇されるべきだと黒子は思っているのだろう、否定すべく手を振った。
「問題ない、約束なんてしていないから」
「…はあ」
 ならどうして来たのかと黒子は訊かない。赤司が顔を見せるのはいつだって家の用だとかのついでであり、決して自分ではないと彼は信じ切っていた。
「本当だよ。偶然、高尾に会ったんだ。空元気かどうかはともかく、リアカーに乗ったオレは人気が下がるんじゃないかと言っていた」
「赤司君がリアカーに…」
「うん」
 短い距離ではあったがなかなかに愉快な体験ではあった。もはやリアカー付きの自転車を漕ぐことに慣れた高尾にいまさらどうしてなのかと問うのも馬鹿げてはいたが、自分が漕いでやらなければいつまでも緑間は待ってるだろうから、とあっけらかんと応え、そんな彼が緑間達と同じ場所にいないことがひどく不自然なように思えたのだ。
「プラネタリウムのことも彼から聞いていた。事情は分かっていたのだけど、それでも、…いや、尚更かな」
「赤司君も高尾君の様子に気付いたんですね?」
「……」
 そうではなく。
「だから、緑間君にメールしたんですか」
 そうでしたか、と納得したような顔の黒子を前に何も言えず、赤司は曖昧に言葉を濁してしまう。確かに緑間にメールを送ってはいたが、思惑は半分正解ではない。黒子は自分もと席を立ち上がると引き寄せた椅子を戻し、カウンターに歩いて行く。昼食を取ったのかを聞きそびれた。というか、なんて表情を浮かべてくれるのか、まるでほろりと崩れるような、あんな顔は反則ではないか。
「緑間君、メールを見て慌てたみたいで階段走ってきたんですよ」
 表情もなかったです、と黒子はストローを啜る。彼は和んでいる、以前のようなひりつくような緊張感を持ったりはしない、あれに戻る気もないが、赤司としては方向性を変えてもっと進めたい。
「ところで前々から聞こうと思っていたんだけど、黒子」
 黒子はふいに詰まったようになり、赤司を見返す。
「はい」
 なんだか来る嵐にでも備えるようだと思った。
 
 
 プラネタリウムで解説していた。
 今日の夜の天気は曇り、もう雨は降らないけれど残念なことに雲が残り、風がどれほど強く吹いていったとしても星空は見えない、と。そうして投影した夜空は晴れて、都市からの光をも消した満天の星空だった。ついでに言えば月すら都合良く消えて貰っていた、ありえない空なのだ。
「ところで前々から聞こうと思っていたんだけど、黒子」
 赤司はゆったりと微笑んでから黒子の目を見詰めてきた。
「はい」
 相手の目は攻撃的ではなかった、声だってそう、自信に満ちてはいたけれど何かを主張するとか押しつける感じもまったくない。それだけに何を言うのかと身構えそうになる。
「黒子にはいま交際していたり、気になる異性などいるのだろうか?」
「は?」
 予想外というか、いや、会話の流れとしては的外れとは言えないのかもしれない、高尾は少なくともそのことで目下悩んでいるようなのだから。
「…とくにはいませんけど、明日にも運命のひとに出会ったりするかもしれません」
 下世話なことは詮索しないが、他人事ながら三角関係とかではないことを祈る。
「それはよかった」
 いいか悪いかはともかく。
「赤司君は?」
 中学の時もそんな話は滅多にしなかった、こと赤司に関してはその辺りの浮ついた話は無縁のような気がしていたからだ。とにかく人気があって、注目され続けていたのは知っていたけれど、赤司は黄瀬達に話を振られても軽く笑って終わらせるという大人びた反応しか見せなかった、詰まらないと彼らは言ったが、触れられたくないような雰囲気があり、黒子は冷えた印象を覚えたものだ。赤司は冗談ともつかない冗談をわざと言ったり行ったりはしたけれど、他者とは常に一定の距離を保ち、ただバスケ部の同じチームのメンバーには気を許しているのだと黒子は考えていた。喜ばしいことでもあった、少なくとも彼という温度がそこでは測れていたような気がして。
「いるよ」
 いたんですか。思わず口を塞いで言葉が出るのを塞ぐ。
「一緒に出かけたり、食事をしたりして、笑い、喧嘩もし、できれば交際を続けてゆくゆくは生涯のパートナーにしたいと思っている」
 具体的なプランニングだ、すでに相手がいて、道筋が整っていることに愕然としてしまう。赤司が照れるような素振りもなく落ち着き払っているだけに軽くショックでもあった。
「それって許嫁…とかじゃないですよね?」
「まさか」
 赤司は首を竦めるようにして、そんな人はいないよ、と苦く笑ってみせる。黒子ならば全力で全否定するようなことを彼の場合は流すように終わらせてしまうから、なのでつい確かめてしまう。
「だとしたら、赤司君、好きな人いるんですね?」
 自分ではそのつもりもなかったのに声が強張ってぎくしゃくしていた。相手は頷いてからしれっと、ずっと言えなかった、と言う。
「そうなんですか…」
 いっそもう全然気付かなくてすみませんと言いたい。自分が子供だったから、相手もそうだろうとずっと思っていて、つまりは、黒子はバスケのことしか頭になかった。興味がないのではなくて、少しはまあ目の前だったり小説で恋愛表現や場面などに触れることはあったりはしたけれど、とりあえず自分が突然に恋に落ちたりするようなタイプでないことは知っていた。いまもやっぱり手を伸ばして届くような話ではなく、遠くにあるものを眺め見るように考えてしまう。
「中学から気付いてはいたのだけど肥大しすぎた自己愛のせいで歪んでしまったからな」
「あ、…えっと、そこまできっぱり言われると逆に肯定しづらいです」
「否定はしないんだな」
 赤司はどこか楽しげだった、黒子に言って気が晴れたせいなのか、明るいだけこちらの気持ちを重くする。知らなかった、それは中学からどこか赤司を理解しようとしなかったことのツケであるようで、自分が情けなくなる。
「自己愛って…要するに自信があるってことじゃないですか。君は無根拠に過剰な自信家でもありませんでしたから、色々と出来すぎたところが、異世界の人のようにも思えて」
 もはや言い訳だ。
「自分のことでいっぱいいっぱいになって、…何だか、ボクはボクの無理解さに腹が立ちます…」
「少なくとも腹が立つくらいにはオレを思ってくれていてホッとするよ、黒子」
 赤司は言いながら手を重ねてくる。ん?
「赤…」
「弁明も言い逃れもしない、だからはっきり言おう」
「……」
 手を見て、赤司を見上げた。赤司の手は温かくて、でも指先は冷えている。
「始めからやり直して、黒子の人生の伴侶としてオレを選んで欲しいと思っている」
「はんりょって…」
 それってどう書いたか。ではなく、意味は。
「うん」
 赤司は当たり前のように頷く。
「ボク、男ですけど」
 これはまっとうな返しだと思う。でも、やっぱり赤司を理解し切れていないのか、自分自身でも何を言っているのかよく分からなかった。
「問題ない。というか、気にするところではないな。オレは黒子そのものがいいと思っているから、無意味なんだ。黒子が気にするというのなら、改めてもらえるよう全力を尽くす」
「え…」
 何が? 何を?
「気に留めておいてほしい」
 オレはずっと黒子が好きなんだ、と諭すように言われてカップを落とした。
「え?」
 バランスを失う。すうっと力が抜けるというか、力が入らなくなって、椅子からずり落ちそうになる。狼狽えるように立ち上がって顔を覗き込んだり、額に触れてきたりする相手の顔をまともに見ていられなくて、どっどっどっどっと体の中にいる何者かの大行進を食い止めたくて胸をただ押さえた。
「黒子?」
「……」
 自分でも意味が分からない、不可思議な感情が、急に走り始めてしまった。
 その先は、きっとありえない空が広がっている。そんな気がした。
 
 
 
 
 
 

160921 なおと 

 
 
 
 
 
 
 

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黒子っちは赤司さんの本気を知り、たいそう動揺し、混乱に陥っています。
いままでニュートラルだったのが唐突にギアをトップに入れられた感じです。
赤司さんは成り行き任せでもいいけど、どこか言わなければならないなと考えていそうかなと。
そういう意味でもフェアな人だよね…。

 

隙もとりつく島もなさそうな相手にもアタックできる高尾ちんのコミュ能力は素晴らしいと思います。
真ちゃん、彼がいてよかったねえ…(落涙)。