Ite, lectio est(立ち去れ、授業は終われり)

 オマケで作った冊子のショートです。(なおとさんとおんなじだ)
 最後にも書いてますが、青エクに合うように、色々改変してます。余り真に受けないようお願い致します。
 燐が侍者席でお説教中に居眠りって、すごい想像できすぎる。しかも、きっと起きてからも堂々としていると思われます。
 一方で、思わず居眠りしちゃった雪男は誰にも気づかれてないのにも関わらず、挙動不審になり、結局バレてそうな気がします。(かわええなぁ)(ってこれどっかで書きましたね)
 

【PDF版】Ite, lectio est(立ち去れ、授業は終われり) ※ただいま準備中です。

 
 
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 祓魔塾の講義が全て終わった後、皆が帰り支度をしながらも何となく帰りがたくて残っている時がたまにある。そんなある日のことだ。
「奥村先生、ちょっと質問しても良いですか?」
 神木出雲が手を上げる。
「はい、なんでしょう?」
 何を聞くのかと、祓魔塾の面々が興味津々で見守る。ひどく下らない質問の時もあるし、授業の延長のようになる時もある。皆、どちらも嫌いではなかった。皆とほとんど関わらない宝も、勉強嫌いを自認する燐もこればかりは例外だった。
「あの、教会の入り口に置いてある聖水は、継ぎ足す時とかどうしてるんですか?」
 全ての教会ではないが、一部の教派では入り口には聖水を入れた聖水盤が置いてあり、信者や聖職者はそれに指を浸し、十字を切ってから御堂に入る。
「ああ、あれは…」
「水道の蛇口に十字切って…」
 雪男の言葉を遮った燐が、蛇口を捻るマネをする。
「ばっ…、そんな訳ないだろ!」
「親父《ジジィ》はやってたぜ?」
 燐が当たり前のことだろ? と言う顔をする。
 なにやってるんだ、神父《とう》さん…! 雪男が心の中で激しく悪態を吐く。養父である藤本獅郎神父は、正十字騎士團の聖騎士《パラディン》であった。一方で南十字男子修道院の院長と、併設する正十字教会の司祭の職にもあった。修道院では朝晩の礼拝が行われ、そして教会では信者こそ少なかったが、その分修道士たちも参加してミサがきちんと行われていた。そんな養父は、確かに神父とは思えないような言動を取ることがあったが、まさかそこまでとは雪男も想像しなかった。
「え…、正直ちょっと引くわ、ソレ…」
 出雲が呆れたように言う。
「ホンマ、有り難みが薄れますわ~」
 志摩廉造がゲラゲラと笑って、三輪子猫丸にわき腹をどつかれた。
「もちろん、本来はそんなことはしません。使うだけの水を…、まぁうちの場合は確かに水道水ですけれど…、器に取って、祈祷文を唱えて聖別をします」
 雪男がそう言いながら、右手で十字を切ってみせる。ふと、先ほどの兄の十字の切り方が逆だったのを思い出す。全く、この兄は……。
「聖水の成聖儀式もきちんとありますので、教会によってはそれである程度の量を聖別して備蓄しておいたりもするようですね」
 燐までもがふんふん、とうなずくのを、雪男が呆れた目で見る。正十字騎士團が使う聖水は、むしろもっと大掛かりな儀式で聖別した特別なものだ。
「燐も聖水付けるの?」
 しえみが尋ねる。悪魔である燐にも聖水が効くが、高濃度でなければたいした怪我もない。教会で日常的に使われる聖水はどの程度の濃度に相当するのか。確かに問われてみれば皆疑問だった。
「あー、あんまやんねーな。指がぴりってすっからさ」
 C濃度よりもまだ薄い位と言うことか。
「舌もぴりっとすっから、あんまウマくねーし」
「飲んだの!? 兄さんっ!」
 まさか聖水盤のじゃないだろうねっ!? 雪男が思わず叫ぶ。
「え…? ダメだったか? いや、喉かわいてて思わず…」
 雪男の勢いに、燐が驚きながら答える。あれは飲むものじゃないだろう…、と雪男の呟きに燐を除く全員が呆れたような溜息を漏らす。聖水そのものを飲むのは構わないが、皆が指をつっこむ聖水盤のは、流石にどうかと思う。
「…若先生たちは信者なんですか?」
「さあ?」
 勝呂竜士の問いに、燐が首を傾げる。
「僕は信者ですね。まぁ…兄は…アレですから…」
 サタンの子である燐が、信者として『悪魔を放棄する』と誓う洗礼を受けているというのも、荒唐無稽な話だ。とは言え、修道院に居たのだから、燐も形式上は洗礼を受けたことになっているかも知れない。
 あの養父のことだ。あるいは、少しでも覚醒を遅らせるためなどと、もっともらしい理由をでっちあげて洗礼を与えている可能性もある。ただ、本当のところは判らない。
「雪ちゃ…、奥村先生、あの…、パンとか食べるんですよね」
「ああ、聖体拝領ですね」
 燐がうげぇ、と言う顔をする。
「どうしたの?燐」
「あのパン、ぺらっぺらで硬くてマズイんだよ…」
 どこがパンだよ、とぶつぶつ文句を言う燐に、しえみがくすくすと笑った。雪男が呆れて溜息を一つ吐く。
「あれは儀式ですよ、奥村君。…昔は普通の種なしパンだったそうですが、今は聖体拝領専用のものを使います。パンを浸すワインも、専用のアルコール度数の少ないものです」
「あれ、甘くて結構ウマかったな」
「…飲んだことあるんだ、兄さん」
 初耳なんだけど、と雪男が静かな口調で問うのに、燐があっさりと答える。
「おー、昔手伝ってた時に親父《ジジィ》に貰ったことあるぜ」
「……道理で司祭館で二人して酔っ払ってたわけだ…」
 雪男の声が低くなる。これはマズイ、と思った燐が話題を変えようとする。
「あー…、ホラ。って言うか、お前も飲んだことあるぞ? 昔熱とか出た時に、良く親父《ジジィ》がちっちぇグラスにちょびっと入れてよー、水ですんげー薄めたのを作ってくれたろ」
「え…、僕、梅酒の薄めたのしか知らない…」
 しょぼん、と雪男が呟く。修道院では薬草酒などの一環として、梅酒を漬けていた。医師免許を持っていた割に養父は結構いい加減で、腹痛、腹下し、熱などには大概梅酒で何とかしてきた。夜には養父と修道士の皆が梅酒で酒宴をしていたこともあったし、アルコールの効いた梅の実を燐と二人で食べて、雪男は酔いつぶれ、燐は種を喉に詰まらせて大騒ぎになったこともある。雪男にはそちらの方の思い出が強く、兄の言うようにワインを飲んだ覚えはない。思い出は飲んだか飲んでないかよりも、覚えているか覚えていないか、が大事だったりする。
 雪男が落ち込んでしまったのを見た燐が、慌ててまた話題を変える。
「わ…、ワインていやぁ、へんな牧師が来てたよな~」
「牧師…? 神父ね」
「神父様でしょ」
「神父やろ」
 雪男、出雲、勝呂とツッコミが同時に入る。大部分の教会における司祭に対する敬称は「神父」、万人祭司の教理を持つ教派の場合は「牧師」。ついでに言うなら、祓魔《エクソシズム》を行う宗教は世界に数多あれど、キリスト教の宗派のなかでは、ヴァチカンにおわすローマ教皇を首長とする教派だけだ。つまり、「神父」の呼称は祓魔塾の生徒としては初歩の初歩である。今や志摩は息をするのも苦しそうなほど笑っている。
「う…、し、神父な! 雪男覚えてるか? ホラ、メガネ掛けてた背の小さいオッサンで、器ずっと拭いてるヤツ」
「ああ…。あの神父様は、まぁ、几帳面な方でしたから」
 雪男がメガネを押し上げながら、言葉を濁す。確かに香の量から進行の細部に至るまで、かなり細かい神父だった。
 一度など、兄が釣り香炉に入れる香の量を間違えたことがあった。入り口でそれを振りながら人々を迎えるのだが、それはもう火事かと思うくらいの大量の煙が出た。礼拝に集まってきた信者や養父などは『威勢が良くていい』なんて笑っていたが、その神父だけはこめかみに血管を浮かび上がらせて、今にも切れてしまいそうな不機嫌な顔をしていた。
「なになに、どんな神父さんやったん?」
 廉造が興味津々で身を乗り出す。
「おー、せーたいはいりょーの後、ワインとか片付けて器を拭くんだけどよ。親父《ジジィ》とかはさっと拭いて終わりなのに、そのオッサンだけいつまでもいつまでも器拭いてんだよ」
 思い出したら、不快な感情までも思い出してしまったのだろう。燐がふくれっ面をする。
「そんなに長いん?」
「そーなんだよ! しかも、スゲェ細けーの! 器とかの置く場所、ミリ単位で指定すんだぜ? ンなの判るかっての!」
 燐がうがぁ、と叫ぶ。
「それは兄さんの置き方がいい加減だったからだろ」
 雪男の指摘に、ちゃんと置いてたよ! と燐が言い張る。
「奥村君も手伝いとかしてはったんですね」
「ああ、ミサのお手伝いをする侍者《じしゃ》に、僕たちも駆り出されてましたから」
 子猫丸の問いに答えたのは雪男だったが、燐がまるで自分が答えたように得意げな顔をした。
「どうせ、アンタの場合は居眠りでもしてたんでしょ」
 出雲の容赦ないツッコミが入る。反駁しようとする燐を雪男が遮る。
「兄さんが侍者の時は、ハラハラし通しでしたよ。神木さんの言うとおり、お説教の間ずっと居眠りしてましてね。いつ椅子から転げ落ちるんじゃないかって思うほどの姿勢で寝てましたからね」
 ふぅ、と雪男が沈痛な面持ちで溜息を吐く。
「お説教が終わる寸前には測ったように起きて、何事もなかったようにしれっとしてるんですから」
 ま、まーな、と燐が照れる。説教や特に進行の手伝いをしなくてもいい場合、侍者は待機席に座っている。それは祭壇の上、神父の斜め後ろにあり、つまりは会衆席から丸見えなのだ。
「褒めてないよ、兄さん。信者さんから『お兄さんは上手に寝てるわねぇ』って言われたときは、恥ずかしくて穴があったら入りたかったよ」
「う…、うるせーな、メガネ!」
 途端に、げほん、ごほん、と勝呂が咳き込む。子猫丸と廉造が心配して背中を撫でた。どうやら水か何かを飲んでいる時に、吹きそうになったのを堪えたら、気管に入ってしまったのだろう。
「勝呂君、大丈夫ですか?」
 げほげほとしながら、勝呂が大丈夫だ、との意で手を上げる。
「さ、今日はこれで仕舞いにしましょうか」
 雪男が頃合と見て終了を宣言する。名残惜しそうにそれぞれがカバンを手に取った。そうや、と子猫丸が呟く。
「正十字学園に貯蔵してある言う聖水とかは、使う時どないしはるんでしょう?」
「だからそれは蛇口に十字切ってだな…」
「兄さん、それはもう良いから」
 
 
 
 
※青エクの設定に合うようにかなり脚色したギャグです。ご存知の方もご存知でない方も、どうぞ真にお受けになりませんよう…。念のため。
 
 

【加筆修正】20130902 せんり