At last

 とことんアニメ設定です。なので一度はエンドマークがついている、文字通りに物語のそれから。
 枢機卿が名乗り出る前の生活に戻って、絶対に二人は出来上がっているはずだ…。燐のが割り切れているようで慣れてない感じなで。雪男は割と吹っ切れている方、どうということもないんだけど、きっとそんな日常。映画ではまた何が起こるかわかりませんが二人で幸せでいて下さいと、ヤ、もういうまでもなく幸せですよねと。
 

【PDF版】At last

 
 
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「弁当、何にすっかなー」
 燐は手に荷物をぶら下げたまま頭の後ろで指を組むと気持ち上体を反らすようにしながら声を上げる、青空に刷毛で描いたような真っ白な雲が一筋、良い天気だった。吹く風もひんやりしながらもカラリとしている。
 洗濯物も乾いただろう、午後三時、日差しといい、乾いた空気といい、屋上でゴロ寝したいような心地よさだ。
「クロいるか?」
 寮のドアを開けようとして一応声に出してみる、どこかで燐を待っていたとすればぴょこんと姿を現すのだが、幽霊ホテルと言われた怖いくらいに寂しい沈黙が返るだけだった。
 小一時間前に燐が買い物に出るときに寮の入り口のところでクロとは別れた。クロはだっと肩から跳ね、光の中に飛び出ると捨て鉢のような『じゃあね!』を浴びせてどこかへ駆けて行ってしまったのだった。
「そこまでイヤか…」
 燐は苦笑しながら頬の下を掻いた。今日も巨大化もせずよく耐えたと思う、日頃の毛繕いは好きなのに、洗うのは嫌いというのはよく分からないが、クロはシャンプーが嫌いだ。雪男が言い出して始めたことだけど洗うたびにクロは家出らしき行動をとる。回数は多くないし、毛はいつもよりもふわふわでいい匂いがするのに、洗われてスッキリもしないらしい。毛並みとその軽さが落ち着かないのか、直後に砂浴びのような真似を目の前でされたことがあり、雪男が地味にショックを受けていた。
「……」
 散歩がてら雪男も誘えばよかったかとしんとした自室の窓を仰ぎ見、考えたがやめた。こんな晴れた日に雪男の説教を横に歩く気にはなれない。それに雪男は洗濯当番で、することも残っているからといまは時間も忘れて黙々と予習だとかテストだの講義要領だのをまとめているに違いない。部屋に戻れば燐のために用意された学校の課題やら塾の問題集が机に用意されているはずだ。
「まあ、前よりジュウナンにはなってっけどなあ」
 食堂に向かって廊下をぺたぺたと歩きながら袋からなぜか季節を外して再び販売されたゴリゴリくんの期間限定味を取り出して囓る。美味いモノはいつ食っても美味い。
「よー」
 厨房に顔を出すと台の上で先が三叉状になった尾を左右に動かしながら大根を剥いている悪魔の姿が見えた。体躯は燐たちの肩に乗れる程度の大きさで、三角の大きな耳の間に二つの角がぴんと立っており、犬のような形の鼻をくりっとした目や口が取り囲むようにして愛嬌のある顔をつくっている。腰には板前がするような前掛け、小柄さに似合わないようなしっかりした手が器用に大鍋やお玉を振るっている、ゲームセンターのクレーンで吊れるヌイグルミのようだが、美味いモノを作る正真正銘の悪魔だ。名はウコバク、理事長が手配した竈の精霊だ。彼の聖域である台所を汚したり、食物を無駄にすれば怒りに我を忘れて巨大化し、牙を剥く。
「特売のイカと…タマゴだろ、人参と、コンニャクに生姜で…豆腐、こんくらいでいいか?」
 言いながらこの寮には悪魔しかいねーな、と思う。以前は悪魔である彼らと会話が出来るのは燐だけだったが、雪男も悪魔になってしまった、悪いとかでなく、なってしまったのだなあと袋に詰めていたものを出しながら燐はアイスの欠片をしゃくしゃくと噛み砕く。
 だからってなー。
「……」
 頼まれたものはあるとこくこくと寮の料理番である悪魔は満足げに頷く。まだ下処理中らしいが、煮物らしい鍋から出汁のいい匂いがしていた。
「イカ納豆食いてー」
 冷蔵庫から出されていたものを見、燐は言ってみる。長ネギを何とはなしに振ったりなどする。
「オレ、やっていいか?」
 と、相手は作ってやるぞと返す。
「……」
 夕飯はウコバクが作るという、だから燐は豆腐を大量に買ってきた。
 まるでリズムを刻むように尾を振りながらオレは飯を作って美味いっていってもらえたらいいんだ、と前にも聞いたようなことを続けてもくれる。燐は名残惜しくもないハズレの棒を手にしたまま何とも言えない気分になった。
「う…わかった、頼む…」
 燐のすべきことは何かと言われているような気がして。
 
 
 暑いのだか、寒いのだかわからない洗濯日和の休日は任務が入らなければ学生らしくごろごろとマンガを読んだり、道具の整理や身の回りの片付けなんかをして過ごす。雪男の今月に入ってからの週末はそうだった。
「寝てるし」
 雪男は床に座り、ベッドに背を凭れ、小さな寝息を立てていた。腿の上には開いたままの本が落ちており、風で飛ばされたのか、離れて靴脱ぎのところに栞代わりだろう絵葉書がぽつんとある。折り畳んだ布団が相棒とばかりに隣に重ねてあり、そこに身体を預けるでもなく、休むのも己の器量一つというように寝ている様がいかにも雪男らしい。
 燐は足下にある葉書を拾い上げると、小さな声でただいまと言った。返事はない。
「……」
 絵葉書は色っぽい美人がうふんと科を作って手招きするようなものでもなく、どこかの夜景の写真だった。扇ぐようにし、しゃがみこんで雪男の寝顔を覗く。燐が近付いても足音を聞いても目を覚まさなかった、眠りは深いらしい。
「お前…なんか耳、似合わねーのな」
 どんなに予定を詰め込んでようと雪男は燐よりも遅く寝て早く起きる、お前はどこに疲れを取るために寝るという機能を忘れたんだよと言いたくなるほどだ、決まり切った時計がそうさせているわけでもないのに彼の日常は狂いがない。そしてとんでもないときに電池が切れる。そんな切れ方をするのならオレに電源ボタンの位置を教えろと燐は思ったりしている。
「……」
 僅かに左に傾いた頭を正すように肩が右に揺れる。
「しっぽなんか内向きだし」
 かさりと音がして投げ出されるようになっていた右腕の位置がずらされた。寝ながらに丁度いい角度を探すかのようだ。
「牙なんかもとってつけたみてーで変だし」
 伸ばし掛けた手が止まってしまう。自分は起こそうとしているのか、それとも無防備に寝ている弟に触れたいだけなのか。
「優秀なばっかりに厄介てんこ盛りで、しかも何も言わず抱え込んで」
 視線が足下に落ち、知らず溜息を吐いていた。溜息なんて未来のあやふやな自分にいちばん似合わないと思っていた。
 そんな余裕が持てるぶん、自分は幸せで、…救われた。
「なんで、…こんなんついちまったんだろ…」
 背中が丸まり、深くなる呼吸ごとふらりふらりと揺れて、頭は埋まるように沈む。車内でもないのに姿勢を保とうとする弟の無意識な頑なさが燐には見ていられなくて起こしたくなる。
「取れたらいいのに」
 触れたら仮装でもした後のように外れて落ちてしまえばいいのに。なくなってしまえばいいのに。
 声にならない燐の呟きが耳に届いたかのように雪男の眉が寄り、ぴくりと瞼が動く。
「んー…」
 昨夜だって何回も触れたのに落ちてはくれなかった、自分でも虚しい願いだと分かっているけど、軽く失望もする。そんな燐の思いを知らない雪男は何度も不思議そうに燐を見た、何のジンクスかと聞きながら口づけてくすぐったいと笑った。
―――兄さんがそんなの信じるなんて。
 懶く手を持ち上げ、唸りともつかない声を上げる。雪男はゆっくりと眼を開け、あ、と言った。
「…なんで兄さんが泣きそうになってるわけ?」
「なってねえよ、そんなカッコで寝んなよ」
 払うように葉書を振る。ちょっと見たときは木々があって捻れた形の建物があるただの夜景かと思ったが漆黒にも似た深く濃い紺に一条の光の筋が垂れており、星の写真なのだと気付く。
「正十字で撮った彗星の写真なんだって」
 眠りが残っているようなのろりとした口調で雪男は言うと欠伸をする。
「へー」
 燐は夜、高いところから下は見るが上はあまり見ない。星の位置で方向が判るほど空に詳しくもないからだ。
「ずっと前はさ、彗星はもちろん、惑星も凶兆みたいに思われていたんだよね」
「流れ星は三回願い事を言えば叶うっていうじゃねーか」
 雪男は燐の反論じみた言葉にうんと頷いてから、惑星も彗星も規則性が違うからね、と言う。
「キソク?」
「彗星は光が降るようだし、惑星は一等星ほどに明るいのに一日のうちでも見える位置が大きく変わる。周回軌道がわかってなかったっていうのもあるんだけど、突然尾を引いて落ちたり、ないはずの夜空にひょいと出ていたりすれば、何かが起こるんじゃないかって不安に思われたりするわけだ…って」わかる?
 なんとなくだが判る、と燐は無理に頷く。雪男は疑うようにじっと燐を見てから、僕らみたいなものだよ、と呟くように言った。
「まあ、昔のことだけど」
 話しぶりからも弟の覚醒は分かった、ソウデスカと燐は腕を引っ張り起き上がらせようとする。雪男は起き上がりたくないのか腕を引かれるだけのポーズのままぼんやりと一人言ちる。
「背中痛い…」
「だから眠いんだろ。ちゃんとベッドで寝ろよ、ここんとこロクに寝てねーだろ?」
 雪男はするりと掴まれた腕を引き抜くと逆に燐のゆびさきを握る。
「あれ、足りなかった? 昨日いっぱいしたじゃない」
「ばっ…」
 手から葉書が落ち、カッと顔どころか、身体が熱くなるのが分かる。相手の手を払い落とすべく、下に投げつけるように腕を振った。
「そっちじゃねえ!」
「なんて」
 雪男は烈しく動揺する燐に構うことなく涼しい顔でさらり言うと胡座をかき直し、落ちた本を拾い上げて閉じる。表紙を撫でるようにしながら
「干した布団とか、気持ちよくて」
 ちょっと寄り掛かって本読んでいたら寝ちゃったな、と気の抜けた笑顔を見せる。でもなんか逆の方が姿勢が楽で。不覚にもこれがぐっとくる、昨晩も同じ事を耳に注がれただけにより、くる。
 ヴァチカン本部が揺れまくったのか、日本支部もわけが分からないことになって、出現した虚無界の門をぶった斬ってすぐ、雪男が後悔したんだよね、と観念したように言ったのが始まりだ。
―――兄さんを抱いておけば良かったって。
 燐は盛大に茶を吹き、それでも雪男はティッシュの箱を寄越しながら真面目に、思い詰めたような顔でどうしたらいい?と燐を見た。どうしてくれるのかと責任を問うような詰め寄り方こそしなかったが、兄貴に邪な想いを抱え続けて更に傷付く準備もしていたのだろうと思うと当事者ということが頭からすとんと抜け落ち、まるで自分ではない誰かの秘事を聞かされた部の先輩といったように一緒にそうだな、と赤らみながらも言うしかなかった。
「ど、どんな本、だよっ」
 雪男には嫌われているような気もすることがあった、肉親だからこそマイナスの感情は根が深そうで怖かった、だから正直嬉しかった。しかし戸惑いもある。流されるようにすることもしている、ぐちゃぐちゃだ。雪男がはっきりした応えを求めないのをいいことにうやむやにこんなことをして悪いのは燐だ、だけど出口は見付からない。もう手放すことも出来ないくせに。
「うーん…。映画をモチーフにしているらしいんだけど、兄さんの好きそうなものでもないよ。森に住む子供達の話なんだけど、途中に違う町の殺人事件が割り込んでて、双子の男が一人の女の子を分け合ってセックスしてたんだけど二人とも突然現れた男に殺されるんだよね、またその男の思考が突き抜けてるっていうか…」わかるようなわからないような。
 雪男は考えるように答えた。手にしている単行本は真新しい図書番号のラベルが貼られ、近々の話題作の一つという風に見える。
「なんだそりゃ?」
「僕あんまり映画知らないし」
「オレだって知らねーよ」言葉も雑になる。
 そもそも双子で女性一人を分け合うというそのキャラクターがもう燐には生理的に許せない、こじれたとか甘酸っぱいたぐいの三角関係とも違うそれが。
 そんなのがおもしろいのか?と問えば、どうだろうね?と曖昧な答えがのんびりと返ってくる。
「…お前、なんか最近ユルすぎてねーか?」
 読書をしててうたた寝なんて雪男を見るのは久しぶりだ、雪男は常にやることがはっきりしている、まるで人生の余白などないかのように、食う、寝る、働く、学ぶ。面白おかしくもないようだが本人はそれでいいらしい、燐の場合は学びながら寝て、働きながら意識はあっちこっちに向いては座っていても尾が落ち着かないと雪男によく怒られる。
 それが、少しばかり変わったように見える。生活が乱れているわけではないが、忙しく慌ただしい日々でもゆとりというか、ぴんと張っていたものが弛んだかのような気がしないでもない。
 雪男はしばらく黙ってからかもね、と言う。
「怖いものがなくなったから」
 コワイモノ。何が。
「……」
 雪男は黙り込んだ燐を覗き見るかのようにするとふと息を吐く。徹底的に立場の弱い者を見るかのような目で、いつもだったら兄に向かって何様だと食ってかかるところだが、胃の中にその根元となる怒りが落ちて消化されてしまったかのように出てこない。
「まあ、兄さんの残念な学力とか、候補生止まりではかばかしくない過程とか、問題は消えたわけじゃないけど」そこに積んだやつ、今日の夜までだから。
 なんか最初から最後まで青ざめるようなことを眼鏡のブリッジを押し上げながらしらっと言ってくれる。いよいよ燐は文句も言えない。いままで盤石と思ってみていた場所に見付けた歪みのような小さな変化は、知ってしまえばもう無視できない、直視するしかなくて、自分の罪を弟になすりつけてしまったような居心地の悪さにふらつきそうにもなる。
 水臭いし、お前が無理矢理に投げ捨てた言葉やらはいったいどんだけあるんだよ。
「雪男、オレ…」
 雪男は燐の言葉を遮り、戯けたように両手を挙げ、首を横に振る。
「確かに、耳は飾り物みたいだし、内向きの尾は急所だっていうから隠してるけど窮屈だ、自分の身体が自分でないような気がするのに眼鏡は必要だし、ホクロは消えない。これまで付き合ってきた身体に増えたものってやっぱり似合わないなあって自分でも思ったよ」
 燐の独白をしっかり聞いている。…ばかりでなく。
「まあ勝手に兄さんが自分のせいって思い込んでくれても構わないんだけどね」それはそれで。
「―――は?」
 お前の心情などまるでお見通しだとやられるとかちんとくる、当たり前にかちんときて、ハァ?ともなる。ていうか、滅多にない自分のセンチメンタリズムを返せ。弟の分際で蹴散らしてくれて、それこそ兄をなんだと思っているのだ。
「だけど、これからが続くんだなって思ったらどうでもよくてさ」
「雪男…」
 怒ればいいのだか、悄として大人しく聞いていればいいのかも分からない。雪男はどこか皮肉げなのに今日の天気みたいに晴れやかで、燐に聞かせる声は穏やかだった。
「僕にとってはただのオプションなんだよね」
 まるで雑誌についている付録かのような物言いだ、そもそも燐の助命を請うて身代わりに悪魔になったと聞いたが、とんでもない儀式で燐が気を失っている間にパンじゃあるまいし、どうしてそんなことが出来たのかと実は思っている。燐だけなのか、重く思っているのは、それとも敢えて軽く言っているのか、そこが考えても分からない。燐は考えるのが苦手で、心の襞とか機微とかいうやつだってなにそれ、食えるの?と真顔で言って勝呂にラリアットを食らったりするのだ(ちなみに牛か鶏かの内臓かと思った)。
「ていうか、同じ危機感持てるようになったのは大きいんだ」
「危機感?」
「いつまたサタンが狙ってくるかわからないだろ? ヴァチカンだって危険対象として僕らを見てるわけだし」
「サタンは懲りねーとは思うけどよ、でもそうなのか?」
 ぽかんと雪男を見る、視線を受けて雪男は表情も変えず燐にとっては振り出しに戻っただけで状況はほとんど変わらず、虚無界の門を破壊したことで居場所を容認されたくらいだと諭すように続けた。
「……」
「変わってないだろ? 兄さん」
「雪男は変わったじゃねーか。お前、何にでもなれたのに…」
 言いながらも拗ねてるようだと我ながら感じる、駄々をこねる子供みたいだ。
「やだな。何にでもなれるよ、僕らは」
 雪男は休憩時間は終わりだというように立ち上がると埃を払いながら、ついでに燐の迷いなんかも叩き落とし、教師の顔つきでぴしりと机の上を指す。
「さ、片付けようか」
「や、あ、……おう」
 なんだか預言者みたいだった。雪男のくせに。
「『俺らの生き方にケチつけんな』って啖呵切ったの、兄さんだよ?」忘れたの?
「んー…」
 覚えていない、すいません、わかりませんと教室でのように言いそうになる。
 雪男は息を吐くと後は罪悪感でなしに兄さんが僕に首っ丈になればいいんだけど、と冗談ともつかないことを平然と言ってのける。
「っ!」
 ナニを突然。ていうか、そんな軽はずみな思いで男相手にあんなこと許すか、バカ。頭良いのに本気でそこ判ってねえとか言わないよなメガネ。という思いを込めて弟を一瞥する。相手はというと、目が合うとふと笑みを見せ、機嫌好く本を手にパソコンの画面を覗き込んでいた。舌打ちが出る。雪男の真摯さと場のイキオイで頷いたものの、自身すら気付いてないだろう深くてあたたかみのある声だとか、とにかく大事に扱おうとしてぎこちなくなる手つきとか、実は落とされてしまっているなんてそれこそなけなしのプライドに終わりのマークがつけられそうで絶対に言ってやらない。
「面倒だけど、そんなところもかわいいし、好きだよ。兄さん」
「黙れ、ホクロメガネ」
 平坦な燐の机には本の小さい壁がある。これを夜までとか鬼だこの男。
 
 

 なおと / 111117