Contra omnia

雪男は自分も悪魔になる可能性を悩んだような気がします。
今はどうなのかな、と言うのを書いてみました。
そして、雪男は、正十字騎士團やヴァチカンが燐に危害加えると思ったら、連れて逃げるついでに、日本支部壊滅させそうな気がしてますw

京都編がまだですので、展開によって、「やっちまったな」的なところもあるかと思いますが、その辺はどうかご容赦頂きたく。

タイトルは、「全てに逆らって」をGoogleさん翻訳したラテン語です^^;
英語に直したら一応意味が通じたので、よしとしたのですが、間違ってたらごめんなさい。

 

【PDF版】Contra omnia

 
 
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 幼い頃は、悪魔が見えることが恐ろしくて、泣いていた。
 祓魔師《エクソシスト》になって、兄と僕が『魔神《サタン》の子』だと知ってからは、自分が悪魔になる夢を見て、うなされた。
 今は―。
 
 
 
「兄さん、特訓はどう?」
「あー…」
 いい加減に服を脱ぎ散らかして、寝床に座り込んだ燐が途端にげんなりとした顔をする。芳しくないようだ。燐の肩と頭に足をかけて上手いこと均衡を取ったクロが、イスに座った雪男の方を見て、なぁーんと鳴いた。雪男には『そのとおり』と答えたような気がした。
 兄は炎を操れるようになるために、蝋燭に火を付ける訓練をいまだにやらされている。三本並べた蝋燭の、両端の二本に一度に火を点けると言うものだ。
 京都遠征で『一度は出来た』と偉そうに主張していたが、結局その後は成功していない。一度しか出来ていないのでは、『出来た』とは言わない。
「先、遠いな…」
 めがねを押し上げながら、ぼそりと呟く。
「う、うるせーよ!今に…、今に…」
 燐が負け惜しみのように吠える。一応本人も今の状況に焦っているらしい。が、今の雪男の真意はそこではない。
「ああ、そう言う意味じゃないよ。兄さんに手伝ってほしいことがあってさ」
「手伝ってほしいこと?」
 途端に顔が明るくなって、しっぽがうれしそうにひょこひょこ動く。話も聞かずに『どんとこい』と胸を叩いた。現金なものだ。
 雪男が『手伝って』と言い出すことが珍しいのもあるし、特訓がなかなか上手く行かなくて、煮詰まっているせいもあるかも知れない。だが、ちょっと警戒心がなさ過ぎるのではないだろうか。これが騙そうとか、兄さんを悪いことに利用しようとする話だったらどうするのだろう。
「気が早いって。まずは蝋燭点けられるようになってよ」
 雪男が苦笑いする。
「判ってるよ!何だよ、手伝ってほしいことって」
 ――絶対判ってないよね。
 特訓には飽きた、と言わんばかりの燐の顔を見て、雪男が小さく溜め息を吐いた。
 
 兄の無邪気な顔を見ていたら、高校に上がる前のことを思い出した。
 自分だけに大きな秘密を明かされた頃のことだ。
 兄は間違いなく悪魔だと神父《とう》さんは言った。だが、自分ははっきりしたことは言われなかった。
 中途半端に放置されたことで、悪魔の力に目覚めるのかどうかも判らなくて、ひどく不安だった。
 自分の正体を知らない燐が、平和な顔をして寝込んでいるのを見て、腹立たしい思いに駆られたこともある。
 同時に、兄が自身の正体を知ったら、どうするのだろうと心配もした。
 今は悪魔であることをすっかり受け入れてしまったのか、全く頓着していないことの方が心配だ。
 兄の力がどんなものなのか、どの程度のものか。そして、今後どうなっていくのか。それらについて疑問をもったり、不安に駆られたりしないのだろうか。
 
「特殊監房って知ってる?」
「トクシュガンボウ?」
 どんな奇抜なお願いだよ、と思わずツッコミを入れる。
「願望じゃなくて、監房。まぁ、牢屋みたいなものだよ」
 燐が途端に身構える。京都で入れられた独居監房舎やその前後のことを思い出したのだろう。
「別に閉じこめたりしないよ」
 雪男は燐の寝床に腰を下ろす。燐はぐちゃぐちゃになった布団の上にあぐらをかいて、しっぽがどうしたら良いのか迷うように左右に揺れた。そんな彼と少し向き合うように、体を斜めに傾ける。
「特殊監房ってのは、悪魔に憑かれた人や、その疑いのある人を収監するところだ。なにが特殊かと言うと、その中で多少強い悪魔の力が奮われても、外に影響が出ないような作りになっているんだ」
 兄の瞼が若干下がってくる。こいつ…。
「はい、奥村君、起きてください」
 はぇっ!?と頓狂な声を上げて、燐が目を覚ます。
「判った。すごく簡単に言うと、ほかに迷惑が掛からない場所で、兄さんの力を試してみたいんだよね」
「試す…?」
 きょとんとした顔をする。
「そう。例えば、炎はどのクラスの悪魔まで有効なのか、とか。炎を使わないで、どの程度の悪魔を従えられるのか、とか」
 再び燐の瞼が閉じようとする。
「子守歌じゃねぇんだよ…」
 雪男が一番腹が立つのは、兄のこう言うところだ。
 雪男としては、自分の力を制御出来るようにするのは当然のことで、さらに自分の力でどんなことが出来るのかも、ある程度はきちんと押さえておくべきだ。
 その上で、祓魔の場で自分の力がどう使えるのか、どう使うべきでないのか。祓魔師《エクソシスト》になるならば、その辺りまできちんと把握して考えておく必要があると思っている。
 しかし、兄は全て行き当たりばったり。非効率この上ない。
 ――兄さんにやる気がないのなら、僕がやるまでだ。
 そう思ってのこの話だったのだが、まるで進まない。
 かくり、と燐の頭がうな垂れたかと思うと、焦点の合わない目をして一生懸命顔をあげようとする。彼なりに寝てはいけない、と思っているらしい。
 ――まぁ、兄さんのためと言いながら、実は僕のためでもあるんだけどね。
 眠気と格闘しつつも、抵抗空しく引きずり込まれて行く燐を見ながら、雪男はしょうがないなぁ、と小さく笑う。
 
「兄さん、僕たちは『魔神《サタン》の子』だ」
 結局そのまま寝てしまった燐に、聞かせるでもなく小さな声で語りかける。面と向かってはなんとなく言い難かった。
「僕はまだ悪魔の兆候を示してない。炎も出せない。だけど、いきなり悪魔として目覚めてしまう可能性だってなくはない」
 雪男が祓魔師《エクソシスト》の候補生になってから、毎日採血されて検査を受けてきた。正十字騎士團、ひいてはヴァチカンを安心させるためだ。さらにその血は、検査のためだけでなく、燐や魔神《サタン》を倒す研究にも使われている。残念ながら成果が上がっている、とは思えないが。
「もし、僕が悪魔になったら」
 自分たちの出生の秘密を知った当時は、そのことが怖ろしかった。悪魔と言う人ならざる存在になること。その力を当然のように振るうこと。大事な存在を手に掛けるかも知れないこと。それを喜んでしまうかも知れない、自分の心。
 その夢を見れば、必ず泣きながら飛び起きた。
 今はもう怖くない。
 いつ、怖くなくなったのだろう。
「ヴァチカンや正十字騎士團は、僕たちを狩るだろう」
 自嘲気味に笑う。
「それとも、お互いに狩らせるのかな」
 涎をたらして寝ている燐の口元を、袖口で乱暴に拭ってやる。
「あるいは、お互いを人質に抵抗できないようにしておいて、自分たちの都合のいいように使う気かも知れない」
 ――勿論、素直に聞いてやるつもりはないけどね。
 雪男は床の木目が作り出す模様を見つめる。
「兄さんの力が概ね把握できれば、僕が悪魔になっても大体の所は想像がつくし。もちろん僕が悪魔じゃなくても、何も無駄にならない」
 兄さんは悪魔になってしまったことを、どう思ってる?
 そんな兄さんの気持ちも斟酌しようとしないで、自分の満足のためだけに兄さんの力を探ろうとする僕を責めるだろうか。
「まぁ特殊監房を借りるからには、騎士團やヴァチカンにある程度情報をくれてやらなきゃならないだろうけどね。何も素直に報告する必要はないし」
 それでも、兄さんをあらゆることから守るためには、生半可な覚悟では出来ない。
「僕が守るから」
 燐がはねた上掛けを直してやろうと伸ばした手を引っ張られた。不意を突かれてそのまま燐の上に倒れこむ。
「…俺」
「兄さん?」
 寝てたんじゃないの。雪男の問いかけを無視して、燐は話し続けた。
「京都でさ。どうして親父《ジジィ》は俺を助けたんだろうって。オレ生きてて良いのかなって思った…」
 兄がそんなことを思っていたとは知らなかった。驚いた雪男は口を挟むのも忘れて聞き入る。
「今もまだわかんねーけど、悪魔なのも、生きてるのも悩まないことにした。お前は祓魔師《エクソシスト》だし、自分で何でも出来るだろうけど。でも俺はお前の兄貴だから。俺がお前守んなきゃ」
 燐が雪男の背中をぱたぱたと叩く。
「祓魔師《エクソシスト》になって、お前も皆も守る…」
 ふう、と一つ燐が大きく溜息を吐いた。
 雪男が上半身を起こす。するりと燐の手が背中から滑り落ちた。
「ローソクが…」
 目を閉じた燐が呟く。
「……魔法円…、ポってかいてある…」
 意味不明な言葉を吐いて、くあ、と欠伸をすると、寝息を立て始めた。
 何かとごっちゃになったんだろうなー…。苦笑して額に掛かる前髪を撫で付けてやる。
 雪男の話も何処まで聞いていたのか。恐らく聞いてもいなかったに違いない。彼は彼の思う所をたまたま述べただけなのだろう。
「全く。どうして言うことばっかり頼もしいんだ…」
 根拠など何もないのに、うっかり信じてしまいそうになる。雪男は気持ち良さそうに寝息を立てる燐の鼻を弾いた。
「僕が兄さんを守る。兄さんが僕を守ってくれる」
 その二つは同義ではない。残念ながら。だが、雪男にとっては頼もしい言葉であることは間違いない。
 布団の外に投げ出された腕をそっと取って手を包むように握る。深爪気味で力強い手が、雪男の手を握り返した。
「僕が守ってみせる。そのためには何でもする」
 例え世界を敵に回しても。
 だから、怖がってなんていられない。僕が人間か悪魔かなんて、どうでもいい。
 
 幼い頃は、悪魔が見えることが恐ろしくて、泣いていた。
 祓魔師《エクソシスト》になって、兄と僕が『魔神《サタン》の子』だと知ってからは、自分が悪魔になる夢を見て、うなされた。
 今は微塵も怖くない。
 
 

–end
せんり