奥村雪男くんの歪んだエゴシステム

 これはギャグです、念のため。
 あと願望と妄想?
 雪男がじわっとめっさキレてます。キレていいんだぞ、弟よ。
 

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―――さあ
 でておいで 奥村雪男くん―――
 
 その男を見て、身体は硬直し、呼吸をすることすら困難になった。
 手が震える、目がそらせない。のろりと身体が動いたのは己に湧く怯懦の感情を振り払いたかったからかも知れない。藤堂は薄く嗤い、両手を招くように開く。
 
「やっと決心がついたかな?」
 
 悪魔は囁いた。
 
「君が手伝ってくれるとこっちも助かるんだ」
 
 楽になる、怯える必要などない、こっちへおいでと。
 それはこの世のありったけの冷酷さと甘美さを混ぜ合わせたような言葉だった。
 
 僕は兄さんに失望もしていないし、この世界が救われるべき従順な仔羊の群れでもないことを知っている。そんな心の内を読んだかのように嘲笑うのが悪魔だ、惑い、痛みにつけいれ、追い込む。
 
「……っ!」
 咄嗟に銃を向けた。あり得ない、だけど惹かれる自分もいるのが分かる。引きずられては駄目だと思うが冷静になろうとすればするほど標準は定まらなかった。
 
 相手はゆっくりと君のことはよくわかる、と言った、君と僕はよく似ているとかそんなようなことを。
 
「そっくり…?」
 
「そうとも。なにも威嚇しなくていいだろう?」
 
 雪崩のような轟音が聞こえた、それは近いのだろうけど、僕には果てしなく遠い。
 
 だらりと下がった腕に銃の重みを感じる。
 
「何が、似ていると?」
 
 山際の不穏さを極めた景色、赤い炎、ひしゃげた眼鏡らしきものをつけた若い容貌の悪魔。血の気がすうっと引き、やがて穏やかに戻る。
 
 …何も、知らないくせに。気が付くと吐き捨てていた。
 
 銃倉、弾数を頭の中で弾く、呼び掛ける声に向かってまず、放った。
 
「外れているよ?」
 
 相手は余裕を見せたけれど、僕には狙い通りの弾道だ。調子が戻ったどころか、頭はすっかりクリアで標準も定まっている。
 
「何を言っているんです?」
 どこからどう潰してやろう。
 
「このド三下風情が」
 
 何かが降ってくるのを撃ち込み、望ましい沈黙を作る。相手に揺らぐ赤い炎は何だ、僕の大事な青い炎とは比べものにもならないな、と腹で嗤う。
 
「…不浄王はいいのかね?」
 
 揶揄するでもないが、口調が少し上擦っていた。貴重な聖銀をわざと骨を打ち砕くようにそこへ入れたのだから悪魔らしく、堪えられる程度にはいてもらわなければ意味がない。
 
 笑顔で応える。ええ、精鋭の方々にお任せしてますから。
 
 空のマガジンを捨てる。蹴り上げた格好で右横に出現した子鬼たちを仕留める。
 
「世界全てを憎む? 祓魔師の名門という出自、レールの上をなぞりゆくべく進む日々は結構じゃないですか、それともそれっぽっちでも背負うものは貴方には重すぎましたか?」
 
 悪いけど、笑える。
 
「生温い怨恨と僕らが抱えているものを一緒にしないで欲しいな」
 
 鬱陶しく迫り来る雑魚を撃ち祓いながら間を詰めてゆく、悪魔は僅かに目を見張り、そして細めた。
 
 僕も眼鏡越しに細めた。
 道理で手応えのない討伐だと思った。不浄王と滅する前線にいるのにどこか夢のような感じがしていたのも、そのせいだったのか。
 
「おくむ…」
 
 僕が祓う悪魔はこいつだ。
 
「逃げないんですか?」
 身動きする前に聖銀の楔を手足に撃ち込む。いまのところ左手は聖銀、右手は聖水だ、魔酔など触ろうとも思わない。
 
 三発。二、二、あとは数えない。
 
「おかしいな、僕の知っている悪魔はもっと軽やかで俊敏だ」
 
 ばかな、と口が動くのが見えた。ばかはどっちだ。
 
「貴方は僕から兄を奪おうとしている。落とし前はつけてもらいますよ」
 
 銃の発射速度は遅いようだ、指の動きについて行ってない。というより、すべての風景がのろく動いて見えている。
 
「なっ…」
 
 両耳を貫いたところで右と左の銃倉が空になる、双方を装填し眼鏡のブリッジを押し上げる。相手はいささか間が抜けたというか、驚いた顔をしていた。
 
「なるほど、これが…炎を継いでいないとはいえ、サタンの…」
 
 戯れ言を。その口の中にキレイな穴を開けてあげようかと思う。
 
「僕はどちらかというと無力な人間です。ただ、恨みつらみを無だと受け入れたからといって享楽を得られるほど単純でもないですからね、…貴方とは違って」
 
 自分にも瘴気は中ったようだ、ワクチン注入は無視し、上っ面を撃ち飛ばした。この程度ならどうってことない。
 
「…まあでも、自分に正直になると楽ですね。目的もはっきりするし、お陰で脇目ふらずにしたいことができます」
 
 手持ちの聖水弾はもうない、言霊のように語る以上に撒き散らしていた。
 
「っ…?」
 
 聖銀といくらかの聖水でどうにかなる相手とは思っていない。何やら赤い炎が内側を浸食しているのか、こちらへの攻撃は拍子抜けするほどで、たまに呻いたり、びくりと身体を引きつらせている。致命傷を与えない範囲で足止めとダメージを与え続けてはいるが、…やる気がないのだろうか。
 
 左と右に聖銀、喉と腹に銃口を向けた。
 
「まるで狂犬にでも出くわしたような顔はやめてほしいな」そちらの方が山羊か羊なのに。
 
「ま、待て…っ」
 
「!」兄さんの気配を感じたような気がして飛び退った。
 
「生憎、いたぶる趣味もないし、兄を奪還しないとなので」
 
「……」
 
 えええええ? という顔を悪魔はする。
 
 と、ドーム状の濃い胞子嚢が生きものの触手のように張り出し、藤堂を上から包み込もうとする。撃ったが祓われることもないまま退却を余儀なくされる。
 
「ちょっ! …待っ…まだ、私の目的はっ」
 
「じゃあ、危険なので僕は退散します。あとはどうとでも」
 
 藤堂は重たく影に遮られやがて飲み込まれる。取り込まれようが死なないだろうとは思う、仕留めることは出来ないが、脳内のリストにはフェレス卿を大いに引き離してトップに躍り出ているのでしぶとくも出現したら今度こそは間違えないだろうと確信している。
 
「悪魔なりに落ちるだけ落ちて果てればいい」
 
 退路を自ら塞がないよう、雑魚と胞子を祓いながら適度な岩で弾みをつけて飛び、叢に転がる。
 
「うわっ…おえ、腕! 平気か!」
 
 錫杖を持ち、駆け上がってきた金髪の祓魔師が訛り混じりに声を掛けてきた。
 
「はいっ!」
 
「不浄王はそっ…えええええー?」
 
 眼鏡の位置を直しながら、すれ違うようにして山を駆け下りる。
 どこかにいるだろう神様に救いを求める資格なんかないし、そもそも請わないけれど、神父《とう》さんには懺悔しなければならない。
 瘴気を滅する火焔の色を背に、絶望という出口は目指すと案外遠いなと思った。
 
―――兄さんは、誰にも渡さない。
 
 
 
 

110902
なおと