祓魔師の花見

 毎度すみません、季節ネタでお花見の話です。。少し時期外してしまいましたが…orz
 お花見は二人とクロとでお父さんのところに行くのも良いなと思ったのですが、みんなでわちゃわちゃしてるのも楽しそうです。
 シュラも別に悪気があったワケじゃ…、と言い訳しておきます。
 

【PDF版】祓魔師の花見

 
 
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 【花に嵐】好事にはとかく邪魔が入りやすいことのたとえ。類:「月に叢雲花に風」、「好事魔多し」

ことわざ成句辞典

 
 
「晴れて良かったですねぇ」
「そーだな」
 三輪子猫丸の言葉に、燐が微笑む。
 正十字学園町の森林区域。桜の木の根本にレジャーシートを敷いて、燐の手製の弁当とみんなで持ち寄った食べ物や飲み物が広げられている。
 森林区域は正十字学園町の市民の憩いの場でもあり、休日の今日は家族連れの姿も多い。広い敷地に思い思いの場所でくつろいでいる。時々どっとあがる笑い声や、子供たちの歓声が聞こえた。
 芝の生えた広大な空き地に桜があちこちに植わっている。薄紅色のパラソルが立てられたみたいだ。木々が密集している奥を見ると、薄いピンクと若葉の黄緑のまだらが広がっている。町の上層部に視線を移すと、町のあちこちを桜が取り巻いて居るみたいに見えた。空は真っ青に晴れ渡って、所々に薄い雲が流れている。日差しも暖かくて、どっしりとした冬服の重みから解放された軽やかさがある。穏やかな風が思い出したように木々を揺らして、花びらを散らした。
「俺のヒゴロの行いだな」
「誰のナニがなんだって?」
 少し自慢げに言う燐に、思わず雪男が溜め息混じりに混ぜっ返す。塾の課題はおろか、学校の方の宿題も放ったらかしなら、当番だったはずの洗濯や掃除もやってはあったけどなんだかいい加減で、結局見かねた雪男がやってやったのではないか。嘘がバレたと肩を竦める燐の頭についた花びらを取ってやりながら、なんだよ、と思う。天候に日頃の行いが加味されるなら、今日は暴風雨でなければおかしい。
 お弁当はいつも以上に力が入っているから、それを足しても、雨が良いところだろ。
「サタンの息子に日頃の行いとか言われても」
 雪男がナニを言わんとしているのかが判っているのだろう。他の塾生が少し笑いながら、神木出雲がスッパリと斬り捨てるのを聞いている。
 この花見に誘うときも、散々からかわれたらしい。
「桜もこの調子で脅されたんと違いますか」
 ゆかりを混ぜたおにぎりを頬張りながら、志摩廉造がなかなか咲かなかった桜を揶揄する。
「燃やされてもかなんしな」
 勝呂竜士が頷く。にゃぁと鳴けば誰かしらがご飯を分けてくれるのに味を占めたクロが、勝呂が差し出した鮭の切れ端を舐め取って、満足そうな顔をする。
「んなこと出来ねーよ!」
 からかう彼らも、少し怒ったように言い返す燐もリラックスした顔をしている。それが羨ましいような、悔しいような、それでも嬉しかった。兄が兄らしくしていられる場所があって、そこに自分も居る。これでもうちょっと勉強に励んでくれればね…、と切実に思うが、休日の今日は良いことにしようと思う。卵焼きを取って、口に放り込む。
『唐揚げ寄越せ』
 唐突に宝の操り人形が皿を突き出してくる。
「唐揚げじゃなくて竜田揚げな」
『どっちも変わんねーよ。早く寄越せ』
 催促するように皿が振られる。
「サタンの息子の言うことに逆ろうたら、燃やされてまうえ」
 苦笑しながら勝呂が突き出された皿を燐に中継してやる。
『…竜田揚げ』
「言い直すか」
 なんだよ、と不満気に文句を言いながらも、燐が鶏肉を皿に乗せてやる。掴み所のない宝だが、他の塾生たちとも少し馴染んできているようだった。
「みんなでお花見できて良かったね」
 鶏ハムと千切りにしてドレッシングと和えた野菜をサラダ菜で巻いたものを頬張りながら、杜山しえみが嬉しそうに笑う。
「これすごく美味しい」
 驚いたようなしえみの感想に燐がそうか?と照れたように笑った。これも燐が手作りしたものだ。作ったものを誉められるのは、やはり嬉しいだろう。出雲もなんだかんだと言いながら、燐の料理は気に入ってるらしい。静かに、それでもかなり頻繁に箸を伸ばしている。
「はがふごご…」
「志摩さん、食べながら喋らんで。行儀悪いですえ」
 そう言いながら、子猫丸もひじきの袋煮にかぶりつく。
「もうなくなっちまいそうだな」
 燐が戸惑ったように、それでも嬉しそうに呟く。ひらひらと舞い降りた花びらが、弁当箱の空いた箇所を埋めるように落ちてきた。
 後にはまだ和菓子が待っている。桜餅とヨモギ団子は住宅街の中で見逃してしまいそうな、小さな和菓子屋で売っていたものだそうだ。勝呂が日課のジョギングの際に見つけたとかで、いつか買おうと思っていたという。
 クロが子猫丸の肩に乗っかって、はらはらと落ちてくる花びらに、ちょいちょいと手を出している。
「親父《ジジィ》や修道士の皆と花見したっけ」
 燐があちこちの桜とその下にいる家族連れを見ながら、ぼそりと呟く。
「小さい頃ね。近くの公園でお弁当食べて」
 養父藤本獅郎と、彼が院長を務めていた修道院の修道士たちと行った花見を思い出す。本当に小さい頃で、はらはらと散る花びらを捕まえようと、二人でぐるぐる走り回って、目を回した覚えがある。それ以降も何度かお花見をしたことがあった気がするが、長じてからは燐が一緒の行動を嫌がったり、雪男も勉強やら祓魔師の訓練やらで忙しくなって、いつしか行かなくなってしまった。だから、こんなに大勢で花見をするのは久しぶりだ。
「俺らは柔造たちが連れてってくれたな」
「子供がぎょうさん居てはりましたからなぁ」
 勝呂と子猫丸が、子供たちがわいわいと走り回っているのを見ながら言う。
「お前らんとこ、ホント人多いよな。仲いーし、誰かしら一緒に居るだろ。誰が誰と兄弟か判んなくなる」
 燐の洩らした感想に、廉造が溜め息を吐く。
「仲良うあれへんよ。柔兄《じゅうにい》はなんかかんかうるそうてかなんし、金兄《きんにい》なんていきなりプロレスの技かけてきよるし。宝生の姉さんたちともいっつも揉めとるし…」
「ケンカするほど仲が良いって…」
 雪男の言葉に、うへぇと嫌そうな顔をした廉造を、勝呂と子猫丸が笑った。
「ヒドっ!何で笑わはるんですか」
 廉造の情けない顔に、皆が笑い始める。しえみの膝の上に乗っていたクロも笑っているかのように、にゃぁ、と鳴き声をあげた。
「ちょ、坊《ぼん》!子猫さん!」
 突然廉造が驚いたような声を上げる。
「あれ、見たってください。霧隠センセと違いますか?」
 思わず廉造の視線の先を追う。シュラが人々が座る間を縫うように、男性と二人で歩いていた。
「わ、誰やろ」
「祓魔師のコートや。騎士團の人やな」
「うは、デートやろか」
 廉造が浮かれたような声ではしゃぐ。
「なにお前が浮かれとるんや」
 勝呂が呆れたような顔をする。
「だって、俺ら霧隠センセのプライベート、よう知らんへんやないですか。うは、エエとこ見てもーた」
「バッカじゃないの?違うわよ」
「え?なして?」
 ホラ、見なさいよ、と出雲が指したシュラの後方には、整然と隊列をなした祓魔師の集団が歩いていた。結構な人数の集団で、流石に彼らを目に留めた人々がざわつき始める。祓魔師が居ると言うことは、祓う相手、つまりは悪魔が居る、と言うことだ。
 は、と我に返った雪男は、携帯を取りだして着信を確認する。電話掛かってきてなかったはずだけど…。雪男の記憶通り、画面には何の表示もなかった。
「任務なのかな?」
 しえみがぼそりと呟いた途端に、シュラが隣を歩いていた男性に何事かを指示すると、雪男たちの方に早足で近づいてくる。
「いーところで会ったな、お前たち」
 睥睨するように見下ろすと、ひょい、と弁当箱からはんぺんにハムとチーズを挟んで、卵でピカタにしたものを摘む。半分かじり取りながら、にやりと笑った。
「任務だ、手伝え」
 えー!と起こる不満の声を期待していたのか、シュラが心底人の悪そうな笑みを浮かべる。
「ばぁーか、祓魔師になったら何時呼び出しが掛かるかわかんねーんだぞ」
 オラ、急げ。とシュラが親指で後方を指して手招く。雪男が渋々と立ち上がりながら、集団をよく見れば祓魔師のコートを着ている人もいるが、普段着の人もいる。普段着の人は同じように花見に来ていて、その場で招集されたのだろう。同情を禁じ得ない。
「くそ、まだ桜餅食ってねーのに」
 未練がましく呟いて片付け始める燐を、シュラが胸倉を掴んで睨みつける。
「アタシはこれから酒呑もーかって、栓開けたとこだったっつーの」
 力の弱い悪魔なら、一睨みで退けられそうな勢いだ。思わず燐が小声で「スイマセン…」と謝る。雪男はそこまで酒が好きか、大人気ないなと呆れて元姉弟子を見やる。その大人げない酒好きは、びしりと燐の額にデコピンをかました。
「八つ当たりやないですかぁ」
「お前ら、実践任務の単位いらねーのか?」
 廉造のぼやきに、そうだそうだ、と賛同する塾生たちを、シュラが鼻で笑う。
「…やります」
 出雲が手を挙げる。え、と言う非難めいた雰囲気で、出雲が反駁する。
「なによ。単位が一つ増えれば、認定試験の受験資格に一つ近づくじゃない」
「まぁ、それは確かに…」
 横暴だのなんだのと気勢を上げていた彼らの勢いが、見る間に萎んでいく。それも彼ららしいと言えば彼ららしい。落ち着かなくなってきた雰囲気に、クロが燐の頭の上に飛び乗る。いざという時は、意思の疎通を図れる燐の所が一番落ち着くのだろう。
「ビビリ、お前特別に候補生《エクスワイア》の監督でいーぞ♪」
 免許とか持ってきてねーだろ?と得意げなシュラの言葉が途中で途切れた。
「それはご親切に」
 雪男が荷物から祓魔用の銃と道具入れを取り出して、腰にベルトをまわしながら答える。シュラの思い通りになるのは面白くない。出し抜いてやったと、ニヤリと笑う。
「お前…、それでやたら荷物多かったのかよ…!」
 燐が驚きと非難が混ざったような口調になる。
「まぁ、悔しいけどシュラさんの言うとおり、いつ招集が掛かるか判らないからね」
 眼鏡を持ち上げながら、最低限のものは持ってますよ、と免許証と階級証《バッヂ》をポケットに仕舞う。流石に祓魔師のコートは持ってきてない。
「マジメだにゃ~♪」
 にゃははは、とシュラが大笑いした。
「じゃ、折角だから本隊の方入ってもらうぞ、奥村雪男クン♪」
 本隊へ向かっていくシュラの後を、荷物を纏めた燐と雪男たちがワタワタと続く。途中でシュラが父親と思しき男に捕まって、状況を説明しろと詰め寄られていた。。
「そう力の強い悪魔ではないようですし、森林区域のもっと奥ですからご心配なく。途中にも防衛線を張って祓魔師が待機しますので、こちらまで出てくることはないでしょう。仮に危険があるようでしたら、十分余裕のある段階で皆さんに退避をお願いしますので」
 祓魔師たちや、燐たちに対する態度とも違う、丁寧な言葉遣いで、穏やかに落ち着かせるように話している。
「まったく、普段からマジメにしてろよ」
 思わずぶつくさと文句が出る。それを聞きつけた燐が笑い出す。
「めっずらしー。お前、ホントシュラにだけは口悪ぃーのな」
「…そうかな」
 思わず誤魔化したが、自覚はある。シュラは力のある祓魔師のくせに、ふざけた態度やこうした気まぐれが多い。そう言うところが雪男とは徹底的に合わない。一度などは本人に対して「嫌いだ」と言ったことがあるくらいだ。
「ま、しょーがねーだろ。お前も言ってたとおり、いつ召集されるかわかんねーのが祓魔師ってやつなんだからさ」
「…そうだね」
 燐が励ますように雪男の肩をどやす。彼らの前を歩く塾生たちは、既に気分を切り替えたのか、真面目な顔つきになっている。確かに、ここでプロの祓魔師である自分が、いつまでもぶつくさ文句を言うのは良くない。目を瞑って一つ深呼吸をすると、休日が中途半端に終わった不満や、シュラへの怒りなどを押し込める努力をする。だが、今日はなんだか上手くいかない。
 雪男の気持ちを読んだかのように、急に強い風が吹いた。見れば陽に薄暗い雲がかかってきている。雨が降ってもおかしくない暗さだ。ちぇ、タイミング良すぎだ。
 気合を入れるように、ふっと息を吐いた。祓魔の現場ではほんの少しの気の緩みが、大惨事になることもある。かと言って力みすぎたりするのも良くない。普段は比較的楽に気分の切り替えができるはずなのに。
「さっさと終わらせて、後で桜餅食おーぜ」
 燐が笑って、雪男に拳を突き出してくる。まったく、桜餅か。少しは真剣になってくれ、と思ったが、今ので良い感じに肩の力が抜けた気がする。雪男はそうだね、と笑って自分の拳をそれにゴツン、とぶつけた。
 
 

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せんり