Loose days

 折角お誕生日なので…、と思いついて書いたものです。
 今回は気持ちが通じ合ってる方へ踏み込んでしまいましたが、お互いにそうかな?違うかな?と言う歯がゆい感じも好きです。
 
 はっきり書いてませんが、ちょっとだけ大人な方に傾いてますので、苦手な方はご注意下さい。
 本文中に出てくる「忘年会」は、実はサプライズ誕生会のつもりです。そこは皆様で楽しい会を補完してくださいませ。
 

【PDF版】Loose days

 
 
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 ぶぇっくしょ。
 無遠慮なんだか、男らしいと言うか、オヤジ臭いと言うか。燐が盛大なくしゃみをする。
「…兄さん、上、着なよ」
 窓掃除をする雪男が呆れたように言う。しかし、燐の方は鼻を啜り上げているくせに、「へーき、へーき」と言って床掃除を続ける。
 ネットの天気予報で数日更新中の『この冬一番の冷え込み』に自分は汚れても良いような厚手のスウェットを着ていてさえ、腕まくりをするのも嫌なのに。兄も最初こそ厚めに着込んで居たが、掃除を始めて暫くすると『暑い』と言って、半そでTシャツにズボンを膝下まで捲くり上げて裸足と言う格好になってしまったのだ。大丈夫と言う割りに兄の手足は先が少し赤くなってきている。
「見てるこっちが寒いんだけど」
「だーいじょうぶだって。それよりさっさとやっちまおうぜ」
 昼飯は雑炊だからな、と嬉しそうに笑う。さぞ体が暖まることだろう。雪男はそんな言葉で言い包められてしまう自分を『我ながら甘いよな』と苦笑して、雑巾を絞る。少しでも楽をしようとバケツに汲んでおいた湯は、あっと言う間に冷めてきていた。
 正十字学園高等部の旧男子寮には奥村兄弟二人だけが暮らしている。老朽化した建物はかなり大きい。流石に全部とは行かないけれども、せめて自分たちが使っている場所だけでも綺麗にして新年を迎えようと大掃除の真っ最中だ。今日から大晦日までの五日間もあれば、終わってしまうだろう。
 兄は更にこの大掃除の傍ら、おせち料理を幾つか作る計画も立てているようだ。黒豆にサツマイモ、梔子《クチナシ》、ごまめ、鶏肉、野菜類を書き留めた長いリストを何日も前から作っていて、昨日は餅は幾つ食う?と聞かれた。南十字商店街にある和菓子屋が出す伸し餅を買うつもりらしい。燐の雑煮は、澄まし汁仕立て、味噌仕立て、汁粉仕立ての他、シンプルなものから、具沢山のものまで、沢山の種類がある。ほぼ日本全国の雑煮を網羅しているのではないかとさえ思える。しかもそのどれもが美味い。が、今は鶏と野菜がたくさん入った、しょうゆ味で柚子の皮が入ったヤツが食べたいなぁ、とぼんやり思った。
 冬休みに入った学園は、ほとんどの生徒たちが帰省してしまっていると聞く。兄弟も同じ正十字学園町に『実家』と呼べる『南十字男子修道院』がある。正月の挨拶には立ち寄ろうかと考えているが、『帰省』と言うほど帰るつもりはなかった。修道院としてはクリスマスから年を越して数日は、特別な礼拝が続く忙しい日々が続く。行けばきっと歓迎してくれるだろうが、余り邪魔をしても良くないだろう。
 そうなると、冬休みが明けるまでは、急な祓魔任務が入らない限りは特段することもない。
 祓魔塾の生徒たちはほぼ全員が寮に残っているようなので、折角だから祓魔塾の強化合宿でもと思ったが、霧隠シュラに『寒いからヤダ』と断られてしまい、いよいよすることがなくなった。部屋にはテレビもないし、初詣も一回行けば十分だ。年始の挨拶に行く先も限られている。いつも予定を一杯詰め込んでしまう雪男は、仕方なく宿題やら、講義の準備をゆっくりやろうと考えた。それでも時間があったら、なかなか時間の取れないままだったテーマの研究に取り掛かってみようと思い立つ。正十字騎士團の書庫の鍵をフェレス卿から借りよう、と窓枠の土ぼこりを払い落としながら、我ながら良いことを考えついたと思った。
 それにしても、寒いんだよね。この部屋。
 修道院で暮らしていた部屋とほぼ変わらない広さに、ガスファンヒーターが一つ。上下左右が空き部屋のせいで保温性は最悪。さらに古い部屋は隙間風が入り、底冷えする。
 床に一枚暖かいラグでも敷いて、コタツでも買おうかな。今日は自分たちの誕生日だ。その位ちょっと出費しても良いかも知れない、と身体を半分窓の外に乗り出して、外側のガラスを拭きながら考える。兄さんと差し向かいでコタツに入っているのもなんだか照れくさいけど、中でお互いの手が触れたり、足がぶつかったりするのも、まぁそれはそれで悪くはない。
 だが次の瞬間、こたつから出なくても手が届く範囲にモノが散乱し、そこでだらしなく寝こける燐の姿が、容易に想像できてしまった。
 兄さんなら、そっちだよね…。それに良く考えたら、部屋のレイアウト上コタツは入らない。
 苛立たしげに溜め息を吐いて妄想を振り払い、コタツ案を却下した。
 
 
「よし、行こうぜ」
 夕飯と正月の食材を買いに出ようと、流石に厚手の上着を着込んだ燐が雪男に声をかける。今行くよ、と答えた雪男は祓魔師のコートのボタンを留めてベルトを締めた。
「…と、なんだ?依頼か?」
 いつの間にか服の下から滑り出たしっぽが、ぱたぱたと動いた。候補生《エクスワイア》として、いくつも任務に狩り出されていると言うのに、いまだに『呼ばれても居ない現場』に首を突っ込みたがる。
「違うよ。ちょっと寄りたいところがあるんだけど、良いかな?」
「寄りたい所?」
「うん。正十字騎士團の日本支部」
 途端に燐が嫌そうな顔をする。
「嫌なら、後から追いつくけど」
 燐は祓魔師《エクソシスト》になると決めたものの、所属する組織として正十字騎士團やヴァチカンを全面的には信用しているワケではないらしい。その不信感が時々表に出てしまう。
「何しに行くんだ?」
「ああ、書庫の鍵を借りたくてさ。折角の休みなんだから、少しやっときたい研究もあるし」
 ふぅん、と答えた燐の口調がひどくそっけない。ちらりと兄の顔を見れば、案の定不機嫌そうに口を尖らせている。
「どうしたの?」
 判っていながらもつい聞いてしまう。僕サドっ気あったかな、と心の中で自問する。いや。判ってるのかどうか知らないけれど、ころころと表情を変える兄さんがいけない。
「…別に。…てかさ。折角の休みなんだから、ゆっくりすりゃいいだろ」
「もちろん。だからだよ」
 吹き出しそうになるのを堪えて、微笑む。
 兄が何を思って不機嫌になったのかをはっきり聞きたくて、しかも問い詰めるほどいろんな顔をするのが見たくて、つい意地悪をするように尋ねる癖がついてしまったような気がする。
「…そーじゃねぇ!……」
 いきなり怒鳴って否定したあとは、燐は真っ赤な顔をしてごにょごにょと何事かを呟いた。
「え?何?」
「なんでもねーよ!支部だろうが書庫だろうが勝手に行けよ!」
 部屋を出て行こうとする燐の腕を咄嗟に掴んで、強引に腕の中に抱き込む。
「そうじゃなくて、何?」
 ちょうど耳に囁くような格好になってしまう。燐はまるで棒でも飲み込んだみたいに、身体を緊張させて真っ直ぐに突っ立っている。少し尖った耳がぴくりと動いて、犬や猫みたいだ。沈黙が落ちて、暖房器具のファンが回る音だけが室内に響いている。
「ちゃんと言ってよ」
 腕の中で燐が身じろぎして、身体を押し返そうとする。
 僕やっぱり、サドっ気出てきたかも…。
 本気で暴れられたら、自分の力なんて簡単に振り払える。それをしないのは燐なりの気遣いだと判っている。そこに付け込むなんて、我ながらヒドイな、とちらりと沸いてくる考えを振り払うように、肩口に顎を乗せる。同じシャンプーとボディソープを使っているはずなのに、体臭は全く違う気がする。
「離せよ。お前イキナリどーしたんだよ?」
「どうもしないよ?僕は兄さんがなんて言ったのか知りたいだけなんだけど」
 くらりと理性を奪って行きそうな香りを吸い込んで、思わず首筋に噛み付く。
「くすぐったいからヤメろって!何でもねーよ」
「本当に?」
 燐が身を捩って逃れようとする。首筋に甘噛みを繰り返しながら、燐が自分から体を離そうと後ずさりするのに合わせて、雪男はそのまま前に詰めていく。そうすると、どんどん部屋の端に追い詰めていくような状況になる。
 自分で追い込まれるような状況に進んでるの判ってないな…。
 僕には好都合だけど。シャツの襟元から覗く鎖骨の上を強く吸い上げて、自分のモノだと主張するように痕を残した。燐が驚いたように小さく声を上げて、身体を震わせる。更に強く抱き寄せて、雪男はやっぱりコタツは買わないで正解かも、と他愛のないことを思った。
 更に一歩下がった燐の踵が寝台にぶつかって、ゴツンと言う音がヤケに大きく響く。
「行き止まり」
 どうするの、と囁く自分はきっと酷く意地悪な顔をしているだろう。
 もう互いの気持ちは充分過ぎるほど知っている。一線すら越えたのに、怒ったように顔を赤くしながら慌てている燐の姿が可愛い。
 男に対する表現としては、全く似合わないけど。
 そのまま板敷きの寝台に押し倒す。普段は柔らかく体重を受けてくれる蒲団もマットレスも、今日は全て屋上に干してしまった。寝台についた膝から、硬い感触と一緒に冷たさが這い上がってくるようだ。クロなど暖房が入っていてすらも薄ら寒い部屋よりも屋上の方が暖かい、と日中はよほどのことがない限りは戻って来ないくらいだ。
「何がそうじゃないの?」
 耳に噛み付きながら囁く。
「おまえ、絶対判ってて、からかってんだろ!」
「なにを?ちゃんと言ってくれなきゃわかんないよ」
 怒鳴る燐の頬に、額に、からかうように短いキスをする。
「…だから…、初詣とか…」
 よほど照れくさいのだろう。不機嫌に言い捨てる。お正月っぽいイベント辺りだろうと見当をつけていたが、そのまんまで笑い出しそうになった。悪魔が初詣とかどうなのかと思わないでもないが、むしろ雪男としては一緒に行くのだと自然に考えていた。
 って言うか、どんだけ初詣に出かけるつもりなのさ。近くの神社にのんびり行って帰ってきても、混雑していたって二時間程度のものだろう。残った時間は何をして過ごすつもりなの、とか聞いたら怒るかな、などと考えながら顔を近づける。
「からかってんだろ」
 お前今スゲー、悪い顔してるぞ、と雪男の顔を手で防いだ燐が、怒った顔をして雪男の態度を咎める。その顔を見て、むくむくと違う気持ちが湧き上がる。からかうより、もっと違うことをしたい。
「ゴメン、ちょっと調子に乗り過ぎた」
 自分に触れてくる、兄の温かくて力強い手が好きだ。口元を塞いでいる手を自分の頬に押し当てると、指が雪男の耳を優しく撫でた。
「…しょーがねーな」
 許してやるよ、と笑った燐の口を塞いだ。
 
 扉を叩く音に驚いて、二人は慌てて身体を離す。それでも一瞬無視しようかと思ったが、鍵をかけた覚えがなかった。
 身仕度を整えながら、雪男が「どちら様?」と訊ねる。声が焦りで少し裏返ってしまったのが、なんだか恥ずかしかった。その後ろで、燐が慌ててズボンに後ろ前に足を突っ込んで、盛大に転んだ。
「あ、三輪ですけど」
 少し待って欲しいと伝えて、短い時間になんとか体裁を整えて扉を開ける。廊下には三輪子猫丸が立っていた。所詮は寮なのだから、ノックの後に無遠慮に扉を開けられても仕方がないのだが、律儀に待っていてくれた。
「なんか凄い音がしはりましたけど、大事ないですか?」
「大丈夫ですよ。そそかっしい兄が転んだだけです」
 ごすん、と燐が雪男の脇腹を殴る。
「どうしたんだ?子猫丸」
「今日お二人ともお時間ありますか?さっき電話させてもろうたんですが、繋がれへんかったので」
 コートのポケットに突っ込んでおいた携帯を取り出すと、着信を示すランプが点滅を繰り返していた。ズボンのポケットに仕舞われていた燐の携帯にも着信が来ていた。
「ワリー。気付かなかった」
 どちらも床に放り出してあったのだから、着信に気付くワケがない。
「ええですよ。僕ら大晦日から京都帰るんです。それで、志摩さんが忘年会しよ、言うてまた騒いではるんですわ」
 子猫丸が苦笑しながら、兄弟の都合を尋ねる。
「お、やるやる。忘年会、良いな」
「楽しそうですね」
 これまでの余韻など微塵も感じさせずに、燐が嬉しそうに参加を表明する。そこがちょっと寂しいと思わないでもない。
 まぁ、良いか。
 燐の首筋にうっすら残る赤を見ながら思う。二人のことは今更焦る必要もない。そう思うと、予定のない冬休みも悪くないように思えてくる。
 自分にだけ見せる燐の色んな表情も愛おしいけれど、他の人に囲まれて笑っているのを見るのも好きだ。
 だから、こんな賑やかなことが急に飛び込んでくるのも、悪くない。
 
 

–end
せんり
 
大変にお粗末さまでした。