まんじゅうこわい

ちょっとマッドな雪男をギャグっぽく書いてみました。マッドと言うほどではなく、小咄ですが…。
雪男は、なんか常に色々作ってそうな気がします。
もっと凄いマッドな雪男も書いてみたいです。
 

【PDF版】まんじゅうこわい

 
 
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 電車内に、さざ波のような笑い声が広がる。
「……もう限界やで」
 勝呂竜士が頬を染めながら不機嫌な顔をして呟く。
「話しかけないでよ。一緒だと思われるじゃない」
 神木出雲が低い声で勝呂を詰る。
「あほぅ、同じ制服着て、傍に座っとったら一緒て判るやろ。もう遅いわ」
「もう諦めはったら、出雲ちゃん」
 志摩廉造が面白がっているように笑う。
 その間にも、車両はくすくすと言う笑い声があちこちから聞こえた。
 突然、がつん!と大きな音がして、祓魔塾の面々がびくりとする。
 音の方を見ると、車窓に奥村燐の後頭部が激しくぶつかったらしい。であるにも拘らず、がっくりと首を後ろに倒し、目は半開き、ぽかんと口を開けてすっかり寝入っている。
 さっきから車両内の笑い声の原因は、この少年が居眠りしている姿にあった。
 正十字学園町の麓に位置する町で、小さな祓魔任務に駆り出された帰りだ。あっという間に片付いた帰りに、始発駅でもあり、平日の昼間の時間帯に乗り込んだ電車はガラガラだった。そこで座って帰ることにした祓魔塾の面々だったが、その内燐が居眠りを始め、途中の駅から乗り込んできた乗客が、その姿を見て笑っている、と言う状況なのだった。
 弟である奥村雪男は激しくうたた寝している燐の隣に座っていながら、平然としていた。分厚い書類をめくりながら、時々何事か書き込んでいる。
 電車の揺れにあわせて燐の身体が大きく揺れて、雪男の肩に勢い良く倒れ掛かった。
「……」
 雪男は無言で肩に掛かった兄の頭を押し退ける。これもさっきから何度も繰り返される光景だ。
 杜山しえみが心配そうに燐を見守る。一度燐を自分に寄りかからせたが、力の抜けた身体は予想以上に重く、支えきれずに断念したのだ。
 他の祓魔塾の面々も、男に寄りかからせる肩はない!と言わんばかりに燐の隣に座るのを拒否した。
 がつん!と何度目かの車窓への頭突きに、車内の忍び笑いが一際大きくなる。
 雪男が一つため息を吐いて書類から目を離す。メガネを押し上げながら、ぽかんと口を開けた燐の間抜けな寝顔を改めて見やる。
「しょうがないな…」
 一言呟いた雪男は、ごそごそと荷物を探って小さな紙袋を取り出した。さらに紙袋からなにやら取り出して、ぱりぱりと包み紙を取ると、小さな塊が現れる。
「おまんじゅう…?」
 成り行きを見守る三輪子猫丸が、突拍子もなく現れた物体をいぶかしむ。
 雪男はそれに構わず饅頭をぽい、と燐の口に放り込んだ。
「ん…」
 燐が眉間をしかめたかと思うと、猛然と咀嚼し始め、あっと言う間に饅頭を飲み込んでしまった。
「な、何ですか?それ?」
「ああ、僕が作った薬草饅頭です」
 出雲の質問に、雪男が次の饅頭を兄の口に放り込みながらにっこりと答える。
「薬草饅頭…?」
 塾生達が思わず問い返す。
「はい。疲労回復や滋養強壮に良い薬草を、餡と皮に練りこんであります。生薬としては効果が非常に高いのですが、そのままだと余りに苦くてマズイので、一つ一つを小さくして、摂取しやすく改良してみました」
 雪男がメガネを直しつつ、よどみなく並べ立てる。その間も、二つ、三つと饅頭が口の中に放り込まれていく。一方の燐と言えば、全く起きる気配もないばかりか、饅頭を平然と食べている。
「のど…詰まらへんのですか…?」
 勝呂が尋ねるのを、廉造が「心配ですか?坊《ぼん》やさしーなー」とからかって睨みつけられる。
「ああ、大丈夫ですよ。何度もやってますから」
 慣れとんのかい…、呆れたように勝呂が呟く。
 今や車両の中は、堪え切れない笑い声がさざめいていた。結構な音量なのだが、それでも燐は起きない。五つ目の饅頭を幸せそうに飲み込んだ。
「皆さんもお一ついかがですか?」
 雪男が饅頭を配る。どれ、と廉造が真っ先に口に放り込む。それに倣って、他の塾生たちも恐る恐る饅頭を口にした。
「う」
 廉造が呻く。他の全員の顔も強張りついた。
 『余りに苦くてマズイ』と言う表現はけして冗談ではなかった。と言うより、饅頭にしてもその風味が全く誤魔化せていない。生薬独特の薬臭い匂いと青臭い香り、そして強烈な苦味と鼻血の出そうな甘さが押し寄せてくる。もう体が飲み込むのを躊躇うような味だ。
「どうですか?」
 雪男が尋ねてくるが、誰も答えられない。口を押さえて固まっている。しえみの手料理を振舞われたことがあるが、それよりも強烈な味だ。美味いかマズイかで言ったら、マズイ。が、正確にはマズイを通り越して、衝撃的と言うしかない味だ。
 しかし、公衆の面前で一旦口に入れたものを吐き出すわけには行かない。皆が泣きそうになりながら何とか飲み込む。勝呂が常に持ち歩いている水を取り出すと、一斉に奪い合いになった。
「まだ改良の余地がありそうですねぇ」
 雪男が塾生たちの反応を見て呟く。
「コレ食って平然と寝とるコイツは、なんなんや」
「味覚が麻痺してるんじゃないの?」
 涙目の勝呂と出雲がぐったりとして呟く。
「お料理が上手やったら、味にもうるさいんと違いますかねぇ…」
「あかんあかんあかんあかん、俺の舌の崩壊の危機や…」
 溜息をつく子猫丸の横で、一人だけ丸々饅頭を食べてしまった廉造が頭を抱える。確かに疲労度が軽減されたような気がするが、あの味では割合にあわない。
「そっかぁ!和菓子にするって言う手もあるよね」
 同じように饅頭の凄い味にこわばっていたしえみが、何か決心したように呟く。しえみの料理の凄さを知っている他の塾生たちは『いや、もう勘弁してください』と思ったが、流石にそれは口に出来なかった。
 正十字学園駅のプラットホームに電車が滑り込む。がくん、と電車が停車する揺れで、測ったように燐が目を覚ました。
「兄さん、着いたよ」
「う…、あー」
 燐が眠そうに目をこする。
「…饅頭食う夢見ちまったぜ」
 くあ、と欠伸をする燐は、どこか満足げで嬉しそうだった。
「そう、お饅頭美味しかった?」
「おー、ウマかった!なんか茶が飲みてー」
 とりあえず本部帰ってからね、と兄のワガママを窘める雪男は、何処となく嬉しそうだった。
「…あれ食って、夢で済むんか…」
「胃袋も宇宙やで、変態や」
 後ろを歩いてくる兄弟のやり取りに、勝呂と廉造が呆れたように呟く。
 出雲も呆れた顔をして、小声で半畳を入れた。
「落語かよ」
 

–end
せんり