黒バス_42

*赤黒のつもりなのにちょっと残念な感じです。
*黛さんはいいスパイスなのでかなり好きです。
*理屈とかより言いたい放題をさせたいのもあって会話だらけな。
*赤黒の初リモート会話は電子書籍『ROOM #16-2008』にあります。

【PDF版】<<※作製は未定です>>

 
 
 
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(黛さんが巻き込まれて)赤黒がリモートしてみた。

 
 
「———あ」
 お約束なのだろうか、大型書店のレジ前でその人物とは出くわし、どちらともなく短い一言を発した。
「なにこの遭遇率…」
「書店も減りましたから」
 肩に掛けた鞄の紐を直しながら相手の口調は素っ気ないが目はしっかり背中に隠すようにした本の束に向いている。
「…緑間君はこの頃は専ら電子書籍だとか言ってますけど」
 黛としては読むことにこだわりはないつもりである。スマホやタブレットでの読書も便利で悪くないが、紙は紙でこちらも捨てがたい、そして常夜灯に吸い寄せられる虫さながら本屋があればまず入る、本読みというのはそういうものだ。
「……」
 でもって。
 レジの列にならい、ぴったりと背後にくっついているこの黒子なる人物を黛千尋はあんまり知らない。いや、本好きであるとか影が薄いだとか迷いやすいだとか大人しそうな外見を裏切る言動ととことん諦めが悪い、というのは知っている。あれ、十分か?
 ともあれ、そういった情報の八割は後輩の話からなのだし、残りの二割、まあその程度だ。どっこい彼の方はそうではないらしく、視線と口調にはある種の親しみがこもっていた。本読みに対して抱く〝同士感〟じみたものかもしれない。
「黛さんは多岐にわたるジャンルですね」
「…かもな」
 言葉を選んだつもりなのだろうか。プライベートにしろ、そうでない方にしろ、黛の手にした数冊ぶんは偏ってはいるがわかりやすいといえばわかりやすい。
「ここの文庫の充実ぶりは感動的ですらあるので、つい入ると買っちゃうんですよね…」
「……」
 同感だ、とは思うが口にはしない。授業に必要そうな本を探すよりもついでに寄った文庫コーナーの方が掛ける時間は長かった。発売を忘れて逃していた本とのまさかの邂逅、そりゃ手にする、ネットでぽちっとやれよ、というもう一人の冷静な自分は眼前の存在感に負け、ぐるぐる巻きにされて隅に追いやられている。
「この…」
 レジ前の列はさくさく進む、黛が先頭になっても黒子は続けようとする。わざわざ耳を傾けるでもないが、黒子の声は聞こえている。表情と比例して性格も淡泊そうだからなんだか意外な気がした。本読みの誰もに好意的だったんだな、というくらいだが。
「次の方ー」
「じゃな」
 会計を済ませたらそれでおしまい。別々の方に帰るだけだ、黛はそのつもりで軽く手をひらひらさせてレジに向かった。
「———で」
 終わるはずだったのに。
「はい」
「お前、帰りこっちなの?」
「違います」
 なんかさも一緒です、みたいに黒子は横を歩いている。いやもう偶然会って、それだけで終わったはずだったのに揃って地下通路だなんて、何がどうしてこうなっているんだか黛にはさっぱり分からない。
「黛さんってパソコンとか詳しいですか?」
 黒子はこういう奴だったのか? ほっとくのもほっとかれるのも平気で、一人に慣れているように思っていたが、それは黛の読み違いだったのだろうか。
「からきし。全然、ダメ」
 無視しても面倒そうなのでとりあえず応えてみるが、影を踏みつけるが如く〝ソウデスカ〟にはならず、応えも暗に含んだものもあっさり無視された。
「でも買ったの、機械工学の本でしたよね」
「畑違い」
 じりっと黛の影を踏んで離すまいか、という意思めいたものすら滲んでみえる。
「火神君より役に立ちますよ」
「よく知らねえが一緒にすんな」
 と、腕を引いて通行人をやり過ごす。黒子は黛よりも他人に気付かれにくい。斜め後方から歩いてきた男は耳にイヤホンとスマホを眺めたまま、黒子にはまったく気付いていない様子で二人の横をずんずんとすり抜けていく。
「お前な…」
「ありがとうございます。でもあの人、いくらなんでも危ないですよね」
「いるんだよ、世の中を絶えずぶつかっていきながら突き進む信条のアグレッシブマンは」
 大股でがつがつ歩いてたうえ、スマホを弄る指に落ち着きがないようでもあった。そしてそういう輩はぶつかったとしても悪いとも思わず、寧ろエンカウントしたなら、次のコマンドに戦闘《たたかう》を選ぶような性質だろうから、エネルギーの放出先は常に一方向なのがいっそ清々しくもある。
「何事もぶつかっていないとダメみたいな」
「ぶつかっていないと自分自身にすら気付けない」
 相手の言葉に被せるように言った、向こうはきょとんとし、少し黙ってから「アドラーとかですか」と訊いてくる。鼻で嗤った。
「アドラーやらチャンドラーが言いそうかよ?」
「とはいえ、波風を立てていないとやっていられないというのはちょっと社会的に問題があると思いますが…」
 承服しかねる、みたいな口調で黒子は黛を覗き込んでくる。
「『全てが予定調和的なのは〝善〟ってのでもねえだろが。対処だろ、要は。『みんながすることが正しい行い』みたいなおしつけオーラ満載なのは慎み深く謙虚が売りの日本人らしいけどな」
「迷惑を掛けず互いを思い遣るって、集団生活では大事です」
「したくても出来ない人間はいるだろうが」
「屁理屈…」
 へそ曲がりな黛を批難するようでもなく、さらりと返して黒子はでも、と続ける。
「要は対処というのはいいと思います」
「お褒めに与り光栄です」
 黒子は棒読みですね、と言って笑う。なんだか会話を楽しんでいるみたいだ、何なんだコイツ、と思ってしまう。
「あのな」
 駅の改札口が見えてきて黛は足を止めた。
「暇潰しなんだか知らないが、俺を巻き込むな。こう見えても大学…」
「ここで会ったのも何かの縁です、黛さん」
 思い切ったように言う相手の言葉と自分のいささか低い声は重なり、互いに口を閉じ、同じタイミングで開いた。
「大学生は…」
「そこをなんとかお願いします、早急に解決しなければならない我が家の問題なんです」
 早口で言われたうえに、頭を下げられた。
「は?」
 何だか知らないが、頼むのは俺じゃないだろうとだけは言える。
 
 
 その人物について、黒子は元チームメイトから話を聞いていた。一度バスケで試合もしている、だから誠凛ではないにしろ顔だけ知っている遠い他人ではなく、顔も名前もその他も知っている人であって、少し近い先輩だった。
「黛さん」
「あ?」
「有り難うございます」
 ついついっと詰まらなさそうな顔でスマートフォンを見ている黛に礼を言う。彼を強引に連れてきた黒子の判断は正解だった、父親はタブレットとアプリを購入したはいいがそれだけで、後の設定その他は息子に投げ遣り、さほど親しくもないデジタル器機の細かな操作な黒子《不肖の息子》には分からず、どこをどう触ればいいのかと行きつ戻りつしていた。黛は黙ってタブレットを弄ると黒子に設定から何からを教えてくれた。祖母や母親も入ればそれこそ初心者講座だった。講師が〝息子の先輩〟だと知ると祖母も母親も大層テンションが高く、聞き分けの良いとてもいい生徒である。そんな二人はいまや講師をもてなす昼食を作るべく台所に立っている。
「手料理とか久々すぎる」
 流れてくる出汁の匂いに黛は呟き、緑茶を啜った。
「二人はあくまでも基本の操作だ、お前が早く扱えるようになれ」
「はあ」
 触れたことがないわけではなかったが、これはタッチパネルのようで『言葉』を打つという気がしない、まだキーボードの方がいいし、手の中のガラケーの方が黒子にはよほど馴染みがある。黒子がスマートフォンに移行できないのはさほど必要性を感じないこともあるけれど、入力する言葉がより軽くなるように思えてならないからだった。ボタンでプッシュする行為は書くことの代替のようでもあり、無機質なりの重さがあった。それが触れたり滑らせて選ぶとか方法が変わるだけで、中身も紡がれる文章も何も変わらないことを理解しているのに、どうしても違和感を覚えてしまう。どうしてだろう。
「慣れません」
「慣れようが慣れまいが便利な道具は使ってこそだろうが。親爺さん、中身は盛ってんだから」
「あ、そうですね」
 この人は黒子の思考をすぱっと分断するような発言をする。
「ですが使いこなせる自信はいまのところありません、…デジタル砂漠でどうしろと」
「それ最初だけだから」
 客人はまた素っ気ない。
「安心しろ、便利さには取っつくのが早いのが人類だ」
「……」
 黒子はタブレットを見る。まだ指紋もついていないような薄型の機械はぴかぴかで自分にとっては興味より、戸惑いの方が大きい。悪気なんてこれっぽっちもないのも知っている。父親の残念さは〝ソレジャナイ〟アプリを予め入れまくっているところだ。読書、ネットショッピングにニュース速報、更に辞書だの表計算アプリだのは祖母の〝したいこと〟の範疇には恐らく、ない。散らばるアイコンに触れては『?』マークを飛ばす黒子に呆れつつ、黛も同情はしてくれていたようだった。基本的な設定を見直し、数多の頁を展開していたアイコンたちも黛の指導によって用途別に分けられ(潔く削除されもした)、お陰で画面もすっきりしている。
「こいつのカスタムはこんなもんだが、あっちのWi−Fiアンテナもお前が見てやれよ。悪ければアルミホイルでどうにか出来る」
「あ、はい」
 使いやすいようにあれこれを修正し、画面もスッキリ、〝設定されたパスワード〟って何?〝メールアドレスってどれのもの?〟からも解放された。でも次がある。黒子はコンセント脇にある菓子箱にも満たないサイズの小箱を見遣る。あれが家中に電波を飛ばすものらしい、いまはタブレットともに客間に設置されているが、場所が変われば通信状態は常に良好とは限らない、便利になってもそこはやはり原始的だ。
「ほんとに黛さんがいなければ…」
「食ったら帰る」
 大学生は忙しいらしい。そもそも有料のマガジンアプリの定期購読会員だったとは知らなかったし、動画サービスも目下契約中だとかでIDを見付けるのにへとへとになっていた、黛が指摘してくれなければどうなっていたことか。何を選べば良いか悪いのか判断も覚束ない黒子には彼の言葉は道標ようなものなのに心が折れ掛かる。
「テストに赤司君が付き合ってくれるとは言ってくれたんですけど」
「遅ぇ」
 先輩はここぞとばかりに吐き捨てる。
「学校の課題をやってたそうです」
「インハイ中止で授業出てるだろ?」
「学校自体が発掘調査中で立ち入れないって言ってました」
「ああ…」
 そうだったな、と黛は呟く。数ヶ月前にニュースで取り上げられていたのだが、京都のある場所でマンションだかの建設のために地面を掘ったら戦国時代以前のとんでもないものが見付かったらしく、建設事業は即刻中止、遺構発掘のプロジェクトチームが立ち上がってしまった。元より土地は買収前、地元住民の反対があってのマンション建設計画だったので、住民の皆さんは万々歳…なのかは知らないが、それが洛山高校のすぐ近くであるのは確からしい。というか壁を挟んで隣だそうだ。歴史学者が重々しい口調で遺構としての規模は知れないが、史料として大変に貴重だからして、より慎重に調査を進めてほしいとコメントしていた。黒子は古都というのは掘れば何かにぶち当たるという話は本当なんだなとは思ったが、赤司から学生寮の閉鎖や工期や行程やらを聞かされて洛山チームが気の毒になってしまった。ちゃんと掘り尽くしてから建てれば良かったですね、なんてとても言えない。
「夏休みも繰り上げで、コート練習もあんまり出来ないみたいです。合宿とかトレーニングはしてるみたいですけど」
 とはいえ、高校バスケ界の頂点に君臨する洛山高校にとっては屁でもないハンデらしく、赤司も実に悠々としている。そんなところもちょっとムカつくとか見てろよ、とか思っているだとかは言わない。
「あっそ」
 黛は自身のスマホとタブレットを見比べ、聞いているんだかそうでないのだかも判然としない風でがりがりと首を掻く。
「とっとと繋いでみろ、俺はお役御免だ」
 無罪放免みたいに言う。
「間違えて知らない誰かに送信しそうです」
「なわけあるか、登録もしてねえだろ。つかアプリのインストール出来たんだろうな? ほれ、スコープ」
 祖母からのリクエストアプリはこの一択であった。楽と言えば楽だし、かといって繋がらないと逆に困る。黒子は教わった通りにメモを見ながらアプリを開き、ぽんと出た登録画面に文字を入力する。
「……」
「そこは一応パスワードを表示させていれとけ、スクショ撮っておけばあとで確認も出来る」
「ていうか、思う以上に面倒なんですね、ずっと設定ばっかりしているような気がします。その延長で会話とか騙されそうな」
「アホか、そんなん基本だ、基本。初期設定。デフォルトのままじゃ使いにくいって教えたろ」
「でもやっぱりこの延長でメッセージとかもう胡散臭すぎるような気がします。何て言うか、これだと言葉が軽すぎて」
 一つ進んでは次のステージでも似たような操作を要求される。初心者の黒子には同じ場所をぐるぐる回っているような気にしかならない、そして黛の説明は物凄く短い。『これは必要、設定しろ』『押す』『そこは無視』とあんまり理由を言わないので混乱しないで済むのだが、作業には少々倦んできていたりする。
「情報伝達が二進法になるだけだと思え。それ以上でもそれ以下でもねえ」
 言葉は言葉でどう表現されようが重いも軽いも同じと黛は言いたいのだろう、確かにそうだ。
「不慣れでうっかりとかあるじゃないですか」
「まあな。桁違いの誤発注とかキーボードのタッチミス一つでとりかえしのつかない事故は起こる、ミスが厳しい世の中になった一因は利便性に伴うリスクが同等になっちまったことにある」
 これまた詰まらなそうな表情ながらも頷いてみせ、黛は黒子の手にあるタブレットを指し示した。
「いまお前がここで操作をミスして全世界にこの中に詰め込んだ個人情報を開示したとする。瞬く間にお前のアカウントは乗っ取られ、悪用されるかもしれない。デジタルの世界でお前は食い尽くされることになる」
「怖がらせないでください」
「どっこい閉じない限り、取り戻すことも出来るときてる」
「……」
 メールアドレスが途中のまま手が止まってしまった、黛を見る。問答無用で強引に連れてきた意趣返しなのだろうか、無表情にデジタル方面に強くない黒子をからかっているんだか面白がっているのだか分からない。
「つまりは何事も進めなければ話にならない」
 尤もだ。黒子はjpに続くドットまで入力を終え、ボタンをタッチする。切り替えたり、頁を繰ったりなど画面に指を滑らせることには慣れたが文字を選択して入れるとなるとどうも肩が張ってしまう。
「お前、ガラケーの方」
「あ」
 慣れた通信器機は小さく頼りなくも見えてしまうが安心感は抜群で、黒子はすぐさまメッセージを開いた。
「…赤司君が、ちゃんと食事をしてからならテストも付き合う、と」
「ちゃんと」
 黛は呆れたように繰り返し、オマエラは何なのだ、という風に息を吐いた。

 
 さて、通信アプリによるテストは黒子家の女性お二人と京都にいる赤司という、どうにも見逃せない展開になっている。フレームアウトしている黒子テツヤとで黛は隣の部屋で食後のデザートを食べていたりする。
「…どうして赤司は能だの歌舞伎だのの話に食いつけるんだ」
「そこ年齢詐称してるんでしょうね」
 きゃっきゃきゃっきゃと漏れ聞こえてくる話の九割方、黛は理解出来ない。呟くと黒子もそのようで生真面目な顔で返してきた。
「練習以外はきっと古典芸能の動画とかしか見てないんじゃないでしょうか」
「渋すぎる趣味だな、いくつだよ」
「ボクと同い年のはずです」
 大方、赤司家の教養の一つだったりするのだろうが、自身の私生活についてさほど語らなかっただけにニット編みだとか、伝統チェック柄の話題にも食いつけそうにも思える。
「とりあえずまともに繋がってんなら良かったな」
「そうですね、ちょっとした操作なら赤司君の方からも教えられるみたいですし…」
 と、シャッター音が聞こえてきた。お互いに写真画像の遣り取りをしているらしい、ここまでやれているならばもう黛は無用である。
 だが使わなければデジタル器機の操作というものは忘れる、そんなことになって書店で待ち伏せでもされて黒子に引っ張られるのも、ましてや黒子家に呼び出されるのも勘弁したい。お前がマスターしなきゃなんだからな、と黒子に言ってはいるが、新しいオモチャを手に入れた子供のキラキラしたあれとはほど遠い目であるからして、やや不安でもある。それに最初の赤司と黒子との遣り取りはなんだか赤司が面白かった、声が上擦りそうになったり、妙なタメだとか、変に早口なこともあり、オレはいま赤司という別人か〝なりすまし〟に通信させているのかとも思ったくらいである。本人だとしたら外には大嵐になっているだとか無数の針が降っていたりとかはしないよな。
「メッセージとは言わねえけど簡単な文字入力くらいはお前が教えてやれよ」
「ボクまだフリック入力マスターしてません」
 まあこれの場合は触っていれば慣れるだろう、スルーする。
「黛さんも話しますか?」
「は?」
 ほうじ茶の入ったグラスを置きながら黒子がついでのように問うてきた。
「赤司君と。テスト中も全然入ってこないし、赤司君だって黛さんに挨拶したいと思ってますよ」
「何でだよ、単にオレはお前に頼まれて来てやってるだけだし、赤司と話すことなんざねえよ」
 そうだ、黛は黒子と偶然でも会うなんて思ってもいなかったし、赤司にだって用はない。さらに言えば、黛が所持しているスマートフォンとタブレットにも赤司のメールアドレスは登録されていないのである。
「そもそも顔見知りっても、試合しただけで連れて来るとか、お前には遠慮がなさ過ぎる」
 呆れるのを通り越しているのだ、他者との距離感ということについて黒子のそれは一般性から遠く黛には理解しがたい。
「それは」
 黒子は言いかけて言葉を切る。それからひたと視線を当て、負けたことまだ引き摺っているんですか、と率直に訊ねてきた。去年の話ですよ、と重ねもする。そこじゃない、関わる気のない黛の心情を曲解している。
「は?」
「誠凛は、まあ全力でしたけど、諦めたくないというのは純然たる我が儘でした。勝負はいつだって未知数で、ボクたちはほんの指先ほどの先にある勝ち筋を掴んだだけで…」
 懸命に何かを訴えようとする声色と、真摯な目だ。うんざりして横を向く。違う、と言下に否定しない自分に驚いてもいる。一瞬だった、思うより怒気を含んだ低い声が喉を通り抜けた。さっとざらついた感情が走った、過ぎ去りはしたが、明らかに在ってそれは抜きざまこつっとどこかに当たり、わずかな塊を体内に落としていったようでもある。
「そういうのはいい」
 小さな針穴に狙ったかのように穿たれた一言だった。言いながらも引き摺っているのかオレは、と黛は妙に自分が恥ずかしいようなみっともないような思いにすらなる。
「ま、悔しかったぜ、確かに。でも思い残しなんかねえわ。お前の代わりなんて二度と御免だからな」
 ひらひらと手を振ってみせた、強がりだと自覚する。自分で分かっていればそれでいい、目の前の奴に悟られてたまるか、読まれて同情の目を向けられるなんて論外だ。お前を手放しで称賛できるほどオレは出来ちゃいねんだよ、と本心はそれだけだ。
「…少し多めに持っている人がいて、明らかに少ない人に劣ると知ったら、挫けますよね」
「……。お前と話すと疲れるな」
 相手は瞬きを繰り返し、どこが、みたいな顔だ。毒気が抜けるというか、マイペースというか、そういえば過去に赤司から聞いた気がする。
「自分の中で折り合いをつけることが下手なひとほど、追い込んで、己を置き去りにしていってしまう」
「何の話だよ」
 黛千尋はそこまでメンタル弱くもないと自覚しているし、簡単には己を放り出さない自負もある。
「赦してないんです」
「あ?」
 攻撃性なんかもなくて、まるで草食動物みたいで、黒子はただ黛をじっと見ているだけだ。怯む気も起きないが、何となく冬場の野生の小動物を思わせる。長時間はまんじりともせず静かで、僅かな変化には敏感で即時対応という、こちらを用心させる何かを隠し持っている感覚をうっすらと抱かせ、自然と黛は次の言葉を待ってしまう。
「誰が」誰を。
 なんというか、鏡でも見ているような、ロボットのような顔つきで相手は続けた。
「赤司君は、…きっと自分自身を赦していません」
 あっそ、と黛は林檎を咀嚼した。そして懺悔みたいに言うんだな、と思った。
「彼自身の問題なのでほっとくべきなのも分かってはいるんですが、たまに、そういうのを見るとどうしてか息苦しくなって、ちょっとムカついたりもするんですよね」
「……」
 黒子はそっとを吐き、黛は小さくなった林檎の欠片を口に放る。ちらりと見遣れば、本家の影は兎みたいにもそもそと林檎を食っている。なんだ赤司にムカついてんのか、こいつ。
———まるで自分のことのように。
「知識や技術をたくさんお勉強してくると感情の方がおるすになっちまうのかもなあ、ウケる」
「笑うところではないと思いますが」
 応答がまるで赤司みたいで、黛は苦笑する。
「や、単にダウナーになりやすいってだけだろ。オレは知らなかったけど…って〝気付いちゃって罪悪〟みたいな顔すんな」
「ダウナー…」
 それ考えたことなかったです、と黒子は呟く。見せられもしなければそうだろう、本人さえ気付かない性質なら尚更だ。
「赦すとかそんなん、勝手にさせりゃいいし、そもそもお前や他人に手出し出来ることもねえだろ。ムカついてんならお前がうまいこと赤司を振り回してやれば?」
「なんだか畏れ多い気がしますけど」
 でも悪くない、みたいに黒子は虚空を見遣り、「あ。でも方法やらが全く思いつきません」と詰んだみたいに視線を落とす。
「気を引くだけで忘れるぜ」
 黛は顎を投げ出すようにして隣室の方を示す。昼下がりの歓談は終わっておらず、それは恐らく赤司が女性二人に対し、根気強く付き合い、紳士的な対応を崩していないからだろう。いつだって壇上にいた後輩の外面は小癪なほどによく出来ている。どっこい、声にちょいちょい焦りが出始めているのが黛には分かる。
「これから、あれで目一杯」
 黒子はひょいと首を捻って向こうを見ると仕方なさそうに息を吐く。
「実物に会う方が楽です」
「そうなのか?」
 率直に問うと黒子はきょとんと黛を見返す、どうやら赤司との回線が通じたときのあの表情やらをてんで自覚していないらしい。赤司と話してから機嫌が良いというのも分かっていないんじゃないだろうか。
「え?」
 赤司がどうやってこの場を切り抜けるのか見守っていたいのはヤマヤマだが諦めるとする、これはこれは巻き込まれた方が割を食うタイプのアレだ、黛は立ち上がる。視線がくっついてきた。
「じゃ帰るわ」
「黛さん?」
 こういうのは関わらない方が吉だ。たぶん。

 

20210201 なおと 

 
 
 
 
 
 
 
 

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や。コロナはほんと困ったなって、思っていたりするので。
困っていないヲタクなどいないのは重々承知ですが、原作にも描かれなかった未知なるウィルスですからー…扱いがねえ…。
いろいろと手一杯で参りますね。

いわずもがなのことなのですが、
皆さんにはまず自己を守っていただきたいです。
何事もたぶんそこからなのだと思うので。