トリガー・ハッピー

 燐と雪男にとって、藤本神父は凄い憧れだと思います。特に燐は悪魔祓いをしている所を一度しか見ていないので、余計にいろんなことを知りたいんじゃないかなと。
 そして、二人で時々こんな風に、お父さんのことを話してたりしたらいいな、と思います。

 

【PDF版】トリガー・ハッピー

 
 
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「なぁ、親父《ジジィ》の話、なんかねーの?」
 照れたように、ちょっと不機嫌そうに、ボソリと燐が呟く。
 こんなふうに兄は、時々養父、藤本獅郎が任務に出ていた時のことを尋ねてくる。本当は、子供のようにあれこれと根ほり葉ほり聞きたいようなのだが、素直に養父が好きという気持ちを表すのは年頃のオトコとしては照れくさくもあり、また彼が亡くなった経緯を思うと、なかなか聞きづらいらしい。
 そんな時、雪男は自分が同行して、見て知っている限りの養父の話をする。雪男にとっても、獅郎のことを話せる時間は嬉しい。獅郎の話を聞きながら、寝る前のお話を聞いている子供みたいにワクワクしている兄の姿を見れるとあっては、余計に嬉しかった。彼にもなかなか思うように進まない不安やなにやらもあるのだろうし、何としても祓魔師《エクソシスト》になるのだと言うモチベーションを保つのにも必要なのだろう。燐はあらぬ方を見ながら、素っ気無い素振りをして話を聞いているが、誤魔化せてないのをわかってるだろうか。
 養父は任務のことには触れたことがなかったが、それでも祓魔師であることを隠してはいなかった。それが本当はどう言うことなのか、兄はつい最近まで全く知らなかった。そのせいか、兄が自分の出生の秘密を知る前は、祓魔師を居もしないモノを祓ったように思わせて金を取るような存在だと思っていたフシがある。
 まるで神父《とう》さんが詐欺師みたいじゃないか。どう言う理解してたんだよ。
 祓魔師が当たり前のように馴染んでいるこの町に住んでいて、それか、と呆れてしまう。
 知ろうとしてこなかったのは、兄の怠慢でもあるだろうけれども、修道院の皆も、養父も、雪男も積極的に真実を話すことが出来なかったせいでもある。
 だが、改めて『祓魔師』であることの意味を知った兄は、どう思っただろう。
 どこか遠い所を見つめている燐の横顔を、雪男は見つめた。
 
 
「腕だけで振ろうとすんなって、何度おんなじこと言わせんだ!」
 シュラが目で追うのも難しいほどの速さで斬りつけてくる。二人が振り回しているのは木刀だ。それでも激しいスピードで万が一身体に当たりでもしたら、無事ではすまない。
「わーってるよ!」
 振り下ろされる刀を模した木切れを燐が辛うじてかいくぐって、跳ね返す。
 なんだかんだ言っても、あの人の攻撃を凌いでるんだから、流石というか、大したもんだと言うべきかなぁ。
 雪男は感心する。今は次の講義までの空き時間だ。ふと窓の外を見たら、運動場で兄がシュラと対峙していた。魔剣の特訓なのだろう。周りには見学者がぱらぱらと見ている。勝呂たちを初め祓魔塾の面々がちらりと見えたような気がした。
 シュラの攻守を表現するなら、勢いは怒濤のように荒々しいが、無駄のない動きは流れるような美しさがある。その彼女が滑るように、舞うように目まぐるしく動く。反対に燐は本能だけでシュラの攻撃をギリギリの所で避けている。雪男から見れば無駄な動きも多いし、避けられていても太刀筋がきちんと見切れているとも言えない。木刀もただ棒を振り回しているだけだ。それでも野生の猿《ましら》のように身軽な、兄らしい動きを見ている内に、そのまま目が離せなくなってしまった。
「刀はお前の腕の延長だぞ!んなへっぴり腰で腕振るのか、お前は!」
 シュラがするりと燐の懐に飛び込んで、首をへし折りそうなほどの勢いで木刀を横へ凪いだ。燐が唸り声とも悲鳴ともつかない短い一声を上げて仰け反りながら、危ういところで飛び退く。空気を切り裂く音を立てて、木刀が髪の毛を掠めた。
 ニヤリとシュラが笑い、それを見た燐もニヤリと笑う。シュラの木刀が避けられなければ、首か顔の骨が折れていたところだ。その恐ろしさに青ざめながらも笑って見せた燐の剛胆さと言うか、意地っ張りな所は流石だ。
 シュラが柄からするりと片手を自由にすると、燐の胸を突いた。軽く手を触れただけのように見えたのに、燐がうあ、と叫びながら後ろ向きに吹っ飛んだ。
 あーあ。シュラさん本気にさせたな。
 雪男は苦笑いする。シュラは言ってみればへそ曲がりなのだろうと思う。彼女は自分に刃向かって来る位の根性があるヤツが好きだ。だが、そんなヤツほど本気で叩き潰そうとする。
 こてんぱんにやられるかな。
 ピンチになってもそうやって意地を張って、きっと燐は不敵に笑っているのだろう。
 血も繋がってないのに、そんな所は神父さんにそっくりだ。
 養父は、正十字騎士團の祓魔師であると同時に修道院の院長、そして併設する教会の神父を勤めていた。が、言動は聖職者のそれを遥かに逸脱していた人だった。夏の礼拝で会衆を前に「あちーし、めんどくせーから、説教も夏休みにすっか」と言い放ったこともある。そんないいかげんな態度が現すように、祓魔任務での戦略は今の自分でも呆れるほど単純で大胆だったものだ。そのクセ、腕前はピカイチ。ちょっとした苦境でも、口元に浮かべたにやけた笑いが消えたのを見たことがないし、事実その笑みに同行した祓魔隊の皆が励まされていた。雪男がこれまで見た中で、父は最強の祓魔師だった。
 自分はおろか、祓魔塾の同級生たちと比べても知識や腕もないのに、それでも燐からは養父と似た雰囲気を感じる。
 神父さんの現場も見たこともないはずなのに。少しでもあの人を目指したいと言う気持ちの表れなんだろうか…。
 養父は全ての称号《マイスター》を取得していた。その中でも銃を扱う方が得意だったはずだ。雪男でも剣を取った彼の姿は一度か二度しか見たことがない。その僅かな記憶の中の養父の背中と、シュラに立ち向かっていく燐の背中が重なった。
 子は親の背中を見て育つって言うけど、見たこともない背中でも出来るんだなぁ。
 雪男は唐突に可笑しくなって小さく笑い出す。
 それだけ兄さんは神父さんが好きだってことか。
 素直に伝える間もなく失ってしまった燐の気持ちを思う。
 見ている間に燐が攻め込まれていく。打ち下ろされる木刀を、同じ木刀で受けているが、燐が力に押されて次第にしゃがみ込む。シュラの力は燐の力よりも弱いはずだ。それでも無造作に木刀を振り下ろすシュラを凌ぎきれずに、押されていく兄の姿を見るのはなんだか奇妙だった。
 からん、と乾いた甲高い音がして、木刀が跳ね飛ばされる。容赦なく打ち下ろされた勢いで手が痺れたのか。腕を押さえた燐が悔しそうな、それでも面白がったような顔をした。
「よっしゃぁ!お前メシおごれよ!」
 あの人、またやってんのか…。
 嬉しそうに笑うシュラに、雪男は溜め息を吐いた。
 
 
 視線を感じて、キーボードを打つ手をふと止める。
「どうしたの?兄さん」
 兄の方を見れば、机にひじを突いて、ひどくだらしない格好で雪男を見ている。頭と肩に掛けてクロが乗って、退屈気にぱたりぱたりと揺れる兄のしっぽを捕まえようと身構えている。右手に持ったペンは、もう握っていると言うより手に引っかかっているだけのような状態だ。しかし、こちらを見る燐のまなざしだけはひどく真剣だった。
「んー、クセがな」
「癖?」
「…親父に…、なんでもねー」
 言いかけて、誤魔化すように笑ってやめてしまう。血の繋がりだけが親子ではない。少なくとも自分達にとってはそうだ。目には見えなくとも、藤本獅郎と自分たちの絆が揺らぐことはない。判っている。それでも、時にこうして目に見える何かを探してしまうこともある。
「兄さんだって、似てるよ」
 燐が赤くなる。
「背中から見た立ち方とか。シュラさんと立ち会ってるときの表情とか」
「そっか…」
 素っ気ない言葉でも、嬉しい気持ちが隠せていない。
「お前だって似てるぞ。説教の仕方とか」
「そんなとこかよ」
 二人して笑う。
「早く追いつかねーとな」
 燐は危うく聞き落としそうなほど小さくぼそりと呟いて、途端にイヤそうな顔をして目の前に置いてあるテキストを見た。追いつくためには、イヤでも勉強はしなければならない。気合が成果に結びついてくれれば良いのだが、なかなかそうも行かない。
「兄さんは騎士《ナイト》だけ取るの?」
「んー…、まだ全然考えてないけどな」
 ぱらりと気のない素振りでテキストのページを捲る。
「竜騎士《ドラグーン》は取ってみてーけどな。ドカドカ撃ったらスッキリしそーだし」
 親父も持ってたんだろ?と笑いながら言う。
「短絡的《トリガー・ハッピー》…」
 そんな兄に銃を持たせるのは非常に危険な気がする。
「トリがハッピ?なんでハッピ着んだよ?」
 きょとんとした顔がなおさら憎たらしい。
「ドカドカ撃つだけが竜騎士じゃないの」
「お前いつも撃ってんじゃん。親父もそうだったんだろ?」
「失礼な。僕はそんなに撃ってないよ」
 眼鏡を持ち上げて直す。まぁ、神父さんもどっちかって言うと、撃つ時は気持ちが良いくらいドカドカ撃つ人だった。弾の消費量から言えば、僕もその辺似てなくも…。じゃぁ僕も兄さんと同じで短絡的…、って、イヤイヤイヤ。僕は必要最低限の弾しか使ってない。
「なんで、当たんねーかなぁ」
 握った拳から人差し指と親指を伸ばして銃の形にすると、窓の外に向かって腕を伸ばす。バーン、と口真似と共に反動がついたように前腕を曲げた。
「…それなら動体視力をもう少し鍛えた方が良いと思うよ」
 運動神経は悪くない。兄だったら魍魎《コールタール》や虫豸《チューチ》のような小さくて数の多い悪魔が出てきても、狙うのは得意だと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。ついこの間雪男が行った銃火器の基礎講義で、一般的に祓魔師が使う拳銃、アサルトライフルなどを説明して試射させた。
「この前の授業じゃ、動かない的を狙って撃つのはまあまあだったけどね。訓練マシンは今のところ剣でも、銃でも壊滅的だったよね」
 雪男の指摘に、燐が不満げに唇を突き出す。
「大体、兄さんは炎に頼りすぎなんだよね」
 慣れてないせいもあるだろうが、的の数が増えて、小さくなると途端に成績が落ちるのだ。
「炎使えるようになれっつったり、炎使うなっつったり、どっちなんだよ」
 燐が行儀悪く足を机に乗せる。そのまま椅子を傾けると後ろの脚だけで支えて、ゆらゆらと揺らす。しっぽが苛立たしげに床を叩いた。
「どっちかじゃなくて、状況を見ろってことだよ」
「じょ…、状況…?」
 戸惑う兄の姿は本当にもどかしい。
「だからさ。何度も言ってるけど、炎は連続して使うと途切れる時がくるのか、とか。どの程度の悪魔にまで使えるのか、とか、判ってる?炎に限りがあるんなら、いざって時まで取っとかなきゃダメだろ?じゃぁ、そのいざって時まで何で戦うのさ?」
 雪男の説教に、燐は不承不承ながらも耳を傾けている。自分がまだまだ至らない、と言うのがよく判っているのだろう。
「炎が好きなだけ使えるんなら、剣をきちんと覚えて、炎も制御できるようになって、両方を合わせたらより強力な攻撃が出来るかも知れない。そう言うところをちゃんと考えて欲しいんだよ。どっちも中途半端じゃ、どうにもならない。兄さんがいつまでたってもそんなんじゃ、神父さんだって心配だろうね」
 言った途端にしまったと思った。養父を引き合いに出す必要はなかったし、燐も何とか彼に応えたいと思っているはずだ。燐がムッツリと黙り込んで、がたりと音を立てて椅子を戻した。
「兄さん…、その…」
「…わーってるよ」
 ぼそりと呟く。
「あー、ったく。ホント兄貴はショボすぎんな」
 ははっ、と笑って寝床にぼすんと身体を投げ出す。
「親父は最強の聖騎士《パラディン》。お前はどんどん先へ行っちまうのに、俺は先に進んでるのかもわかんねーや」
「…兄さん…」
 雪男は躊躇いがちに、寝っ転がる燐の隣に腰掛けた。
「…ホントのとこ、親父は俺のことどーしよーと思ってたんだろうな」
 生前彼はそのことについて触れたことはない。だから本当のところは判らない。藤本獅郎とメフィスト・フェレス卿が組んで、抹殺命令が出ていた兄弟二人を匿って生かしたことは判っている。その目的は燐を『魔神《サタン》に対抗する武器とするため』だと、メフィストが懲戒尋問で言ったそうだ。
 だが、雪男はその言葉に違和感を感じる。もしかしたら、養父も最初はその案に乗ったのかも知れない。だが、少なくとも自分たちに対する態度は、そんな目的を微塵も感じさせなかった。
 ――父さんと一緒に戦わないか?闇に怯えて生きるより、強くなって人や兄さんを守りたくないか…?
 獅郎が雪男に言った言葉だ。明確な理由も根拠もない。自分の希望がそう思わせるのかもしれない。だが、その言葉の方が獅郎の本心から出たのだと思えた。悪魔の子だからと殺したり、自分たちに都合のいい道具にしようなどと、きっと考えても居なかったはずだ。
「少なくとも殺す気はなかったでしょ」
「そーだろーな。それなら最初に殺してるだろ。アイツ、いーかげんで生臭坊主だったけど、ちゃんと…」
 凄く小声で『父さんだったもんな』と呟く。そんなに父さんと呼ぶのが恥ずかしいのかよ。意地っ張り。『神父《とう》さん』と呼んでしまう自分も、あんまり変わらないけど。
「そうだね」
 二人して黙り込む。小さい頃の思い出が甦る。兄弟げんかして二人で怒られている所。二人していきなり大泣きし始めて、両腕に抱っこされたこともあった。兄も同じように養父の記憶を思い浮かべているだろう。厳しい顔で怒ったこともあるが、いつも優しくて豪快に笑っていた。
 ちゃんと父さんが言いたかったこと、判ってると思う。僕も兄さんも。でなきゃ、父さん目指したいなんて思わない。
「…ごめん。さっき言い過ぎた」
「ばーか、謝んな」
 へっ、と笑った燐が脇腹を軽く殴る。雪男もお返しに脇腹を殴った。
「兄さんも頑張らないとね。父さん目指すんでしょ」
 言い終わらない内に、さっきよりも強い力で脇腹を殴られた。
「な…、なにするんだ!」
「さっきのお返しだっつの。これでチャラな」
 燐が勢い良く起き上がりながら、にやりと笑う。
 チャラ?なんか違わない?雪男は納得できない思いで、溜め息を吐く。
「なぁ、ロケット・ランチャーみてーなのはねーの?」
 肩に担いで引き金を引く真似をする。そんなキラキラした目で見られても…。
「ないよ。ロケット・ランチャーなんて、弾打ち出すのにどれだけ火薬が居ると思うのさ。それに見合う大きさの聖銀弾作るのも大変だよ。それに特殊弾だとかだと、打ち出す勢いに耐えられる弾にしなくちゃならないし。しかもアレは発射装置だから相当に重いし、一体誰がそんなモノを現場まで運ぶのさ」
 ちぇー、と燐は口を尖らせる。
「なんだ、デカイの一発ありゃー、大物も簡単に斃せて、スッキリするだろーと思ったのによ」
 グレーネードランチャーとか、火炎放射器とかさ、などと言いながら、ニヤリとする燐の姿に獅郎の姿が重なって、彼の言葉が甦る。
「こうデッカイ銃作って、ドカーンとぶちかませば簡単でいーじゃねーか、なぁ?」
 トリガー・ハッピーめ…。
 僕が目指してるのは絶対そこじゃない、と雪男は一つ溜め息を吐いた。
 
 

–end
せんり