無機の王と円卓騎士のバラッド_1

 
 PCが壊れてしまい、データも取り出せずに残っているもの(保存していたネタデータ)をもとに再生しましたが、いまだ整理が終わらない状態でちょっと泣きそうになっています。
 てか旧PCを引っ越しさせたら構成が変わってしまっていろいろと分からない(衝撃でかいっす…)。
 こちらもこのデータが最新だとは思うのですが…しかしなんか違うような気もします…書いたはずコメント消えてるし取ったはずの文が残っているし…(復活の呪文は完璧ではなかったもよう)。
 
 そんなわけで油断せずにお読み下さいませ。
  
 
  

【PDF版】※ただいま準備中です。

 
 
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 無機の王と円卓騎士のバラッド
 
   
 
【1 僕らは短期留学生と会う】
 

 嫌な名前だな、と聞いたときに思った。
 伝説の王の名でもある、その国においてごくありふれた、よくある男性の名前なのだろうけれど親しみを込めて口にはできない。雪男は胸にそう感じたが、隣に立つ燐はあからさまに顔を顰めて拒否するような素振りをみせた。
「兄さん」
「あのえっらそーな奴と同じかよ」
 同じ名前だからといって、容姿や人格まで同じであるはずがない(と、信じたい)。燐の襟を正し、捩れたネクタイを直してやってからタブレットに移したパーソナルデータの続きを読んだ。世界記録を持つスプリンターでありながら二年前の秋以降、記録会や競技会に出ることはなく、とはいえメディアがほっておくわけでもなく現在に至る。やたら長い名前はいわゆる貴族というやつで、尊称を付けて呼ばなくてはならないのだろうかと雪男もちょっと辟易しそうにはなっている。けどおくびにも出さない。
「もうすぐ到着するからちゃんとして。一応学校の代表なんだし」
 へーへーと燐は襟に触れて、上着を引っ張りながら口を尖らせる。やはり気に入らないのだ、任務の一つであるとはいえ、どうして自分までがと不満に思う気持ちが透けて見えていた。
「不貞腐れない」
「腐ってねーよ」
 これだから。燐が自分のぶんもというような、頑ななまでの態度だから引っ込めるしかなくなってしまう。
———どしっ
 小学校低学年くらいの少年が左横から燐の足にぶつかってきた、燐が気分だけというように『いてっ』と口に出す。子供用の小型のゲーム機を手にその画面に気を取られていたらしい。すいません、とびっくりしたような顔で燐達を見て謝りはしたが、目はどことなく落ち着きがないようで、それどころじゃない、という風にすぐに背中を向けてしまった。
「おい」
 少年はなんだよこれ、と一人言ちている。彼の没頭する世界に何かしらの異変が生じたらしい。燐は、無視されたことに溜め息を吐くと、もう一度、おい、と今度はやや低く、芝居がかった声で呼びかけた。
「そこのパイプヒーロー」
 ぴくりと少年の肩が震えた。兄は何気なく子供達の意識を捕らえるのが上手い(なにしろ精神年齢が近いから)。
「お前のライフ、ゲームに取り込んじまうぞ」
「『予言者』!」
 少年ははっと燐を振り向き、指を突き立てた。
「……」そんなことあってたまるか。
 雪男は少年相手にする燐の小芝居に取り合わないことにして、時間とエントランスゲートを確認する。
「そんで? アーサー二号はどこいんだ?」まさか迷ってんじゃねえだろな?
 モンスターとして勇者と戦いもせず、高笑いだけをして少年を冒険の世界に送り出し、ほんとあのゲーム人気あんな、と雪男に追いついて感心したように言っている。やらない子は子供じゃないみたいな暗黙のルールがあるのかもと思えるほど小中学生たちを虜にしているゲームは確かにあって、雪男もキャラクターやアイテムの噂をよく耳にする。一過性のものだろうが、その熱はいまのところ衰える様子はなかった。パイプヒーローとは主人公となるキャラクターで、勇者だ。これがキングを見付け出し、選定することから旅は始まる。そしてレベルだかを上げるとスクリプトヒーロー、物語を進むスクリプト、つまりは脚本を作り出す要となっていく。戦い方は単純らしいがオンラインとの連結でどうのこうのと設定は細かかったりする。うち、予言者は突然現れる謎めいたキャラクター。話題作なので多少は知っているが燐はプレイしたことがあるようだ。しかし雪男の記憶では昨日か一昨日にバグがどうとかネットニュースで流れていた気がしたが。
「まだじゃないかな。到着予定の時刻に合わせはしたけど、定刻には着かないと思うし」ていうか二号って。
「米研ぐ時間あったな…」
 ものすごく物臭な物言いだ。
「そもそも何で来るんだ?」
「知らない。来るなりの事情か理由かはあるんだろうけど必要ないし」
 そこまで聞いて燐はニヤリと嗤う。雪男が燐と同じ不愉快さを感じているのを見て満足したいのだろう、そうでなければ自分の弟ではないとか考えていそうだ。
「訊く気もねえってか?」
「任務。縦しんばそれが兄さん絡みだろうが半分諦めてる」第一、シュラやメフィスト相手ではまともな答えが返ってくるかも怪しいものだ。
「よし…?」
「〝もし兄さんに関わることだとしても〟」
 言い換える。燐は歩行速度を緩めると眉を顰め、小さく舌打ちする。雪男は斜め後ろを振り返った、眼鏡を軽く押し上げて相手の頭からつま先までを眺め見る。
「こんな候補生ごときでないな」うん。
 無言で左脛を蹴られた。
 週末のターミナルはどこかへ行く人、帰る人、見送る人、色々な目的を持った人で賑わっている。団体や家族連れが多く見られ、別れを惜しんでいるカップルも柱の陰に見えないこともなかった。造りはショッピングモールに似ていなくもない、待合所はベンチとテーブルが用意され、レストランとは別に簡単な軽食もとることが出来た。並べられた土産物の中にさりげなくメッフィーランドのグッズコーナーまである。二人で外出なんて思えばなかった、土産物を冷やかす燐の横顔はどことなく楽しそうでもあり、任務にかこつけて兄さんとまあそれなりに時間を潰すことが出来るなとちらと考えたりもした。
「もてなす任務なんだよ」
 便の発着を映し出すモニター画面を見上げる。陸路から水路から、あるいは空路から。フェレス卿が正十字学園町に敷いた交通機関は実は機能的で多彩だったりする。尤もその目的は正十字騎士團の活動とも繋がってのことなのだろうけど、干潮を利用した水門は古くからのものを再利用して造営した名物スポットでもあった、とどのつまりは派手好きなのだ。
「あー。観光みたいなもんか、二号様をランドとかに案内すんのかよ」
 燐は実演販売されているみたらし団子の前で立ち止まって渋い顔をした。財布と相談でもしているのか、ていうか、呼称決定か。
「…これだけだからね」
 釣り銭を受け取り、買った粒あんの乗った草餅と二本ずつ手渡す。久しぶりに外で二人きりなんだから燐の仏頂面なんて見ていたくない(場合によってはそれにも弱いんだけども)、いい顔が見たい(当たり前だ)。手の中を見てから相手は信じられないような目を向けてくる。まだ時間もあるし、食事もちゃんととってなかったし、と言うと気が利く弟だ、とにっと笑った。
「あっちにほうじ茶の機械あったから取ってくる」
 近くのテーブルに置いて雪男の手を引っ張る。笹の皮を模した容器に並んだ団子が四本、みたらし団子からはまだほのかに湯気がたっていた。
「いや、そこまでは…」
 良かったんだけど燐はご機嫌で行ってしまう、息を吐いて座った。連絡用の携帯電話を取り出そうとして、その行き先の正反対の方に小さく駆け抜ける何かの気配を感じ、反射的に振り向いた。
「……」悪魔?
 いや、子供か?
 ボタンを押して画面を開く。メールと電話、團からの緊急アラーム。潔いほどに機能がそぎ落とされている通信端末だ、瘴気の影響を受けにくい波を利用しているらしい。母親らしき三十代くらいの女性が足早に横を過ぎていく。しょうちゃん、待ちなさい。
「ご通行中の皆様にご案内いたします。東日本交通では…」
「ゲーム止めなさいって言ってるでしょ、お祖父ちゃん来るくらいも待てないの?」
「囓るんじゃなくて削るんだよ、そこは」
「中央ターミナル限定、数量はあとわずかです!」
「…記念事業として、明日十時より東口広場にてミニコンサートを開催する予定です」
 どれくらい遅れるだとか、團からの連絡はない、ただ理事長室に来ることだけは念を押すようにして残されていた。ざわざわとさざめく喧噪の中に様々な音が響きを持って聞こえてくる。著名なヴァイオリニストの演奏、便の到着、物産展、乗り換え、交通状況、飛んでくる声が違う方向からのようだ、語尾が変に歪んだようにもなっていた、おかしい、なんだろう。建物の構造的にそう響くようになっているのか?
「雪男?」
 食っちまおーぜ、と紙コップを置いて燐が明るい声を出す。周囲の物音や声が膨れあがって萎んで、まるで波にたゆたっている。燐には聞こえないのか?
「…魍魎《コールタール》」
 足下をふよふよと浮いている。これは普通、確認するように見てから団子を口に入れた。
「今日何食いたい?」
「魚であれば何でもいいよ」
 空調とか大型機械のモーター音がそう聞こえるのかも知れない。それとも周囲に何らかの出没報告なんてあったろうか、雪男はタブレットで検索する。
「魚魚言うけどな、物価は地味に上がってて、結構やり尽くしてんだぞ」オレが飽きた。
「干物でいいんだけど」
 燐の声に、雑音が混じる。がちゃがちゃしたものでもない、音漏れだとかではない、小さなささやかな存在がさわさわと音を立てて増幅させているような、耳の内側をどこか引っ掻くような。
「バカヤロ、干物だからって安い思うな」
「……」
 耳を澄ますな、聞こうとするなと思うほど脳に反響する。
「雪男。草団子の方、お前が食いたかったんだろ?」見るの止めて食えよ。
「兄さんは聞こえない?」
 燐は口に含んでいたほうじ茶を飲み込んでから黙る。頬杖を突いてぶらぶらと竹串を振りながら真っ直ぐに雪男を見返す。
「なにが?」
 異音じみたものは自分にだけらしい。だったらきっと幻聴だとか耳鳴りの一種なんだろう。
「何でもない。僕の気のせいだから」食べて良いよ、これ。
 首を捻り、燐は差し出されるままに最後の一本にかじり付く。顔が納得しておらず、タブレットの画面を見ることで視線をさけた。
「なんか、明日とか催しあるみみてーだな」祭りか?
「ここの照明は眩しくない?」
「眩しいわけねーだろ。てか何だよ、音? お前何か変な声とか聞こえたのか?」
 もちゃもちゃと咀嚼しながらも変調なら言えと食い下がる。燐が任務の最中に川に転落し、團に僅かの間だが連れて行かれたのは数日前のことだ、そういうこともあって敢えて祓魔現場ではなく、来賓の出迎えなんてことをさせられているんだろうと思う。きっと自分は変に気が立って意識しすぎているのだ。團が兄を拘束するようなことをしたり、意味不明な任務を押しつけられたり、外部からも迷惑なちょっかいを出されたりと、ただでさえ状況に頭を抱えたくなる日々だというのに、起こりうる事象には壁や限界などないとばかりに雪男を翻弄する。…いや、余裕がないなんてことは自分でも判っている。
「……」
 自分が祓魔師になっても團で宙ぶらりんの状態なのだと思い知るたびに足下が崩れ落ちるような感覚に陥った、燐を立場からどんな敵からも守ると決めたことで固まっていて揺らぐことなどないと思っていたのに、呆気ないほどに脆い。
「雪男、おま…」
———ヴ、ヴ…
 メールだ。出動要請かも知れない、開くとフェレス卿からの妙にそぐわない絵文字満載の文面が踊るように…画面で踊っていた。
「なんだと…?」
 思わず声に出る。
 迎えに行った来賓は早めの便ですでに到着しており、ターミナル内にいるうちに連れとはぐれてしまったようであるので探して貰いたいと、みたらしだの何だのとやっていた自分がアホらしくなるような、携帯電話を踏みにじって潰してやりたいと思える内容が書いてあった。しかも意味のない追伸と、一人の電話番号が載っている。そういうの早く教えろよ、ほんとに何やらせたいんだよ、あの悪魔!
「何かあったのか?」
 急き込むように燐が問うてくる。無言で見せると神妙な顔つきになった。
「つーか、なんで魔笛屋カップ麺限定味…」
 そこじゃない。
 

 悪天候が予想されたので予定よりも早くに国を出たのだ、と丁寧な日本語でその男は話した。会ってみれば年齢は三十代の半ばか後半くらいの紳士で、左目に眼帯をしている。控えめな話し方でありながらも慌てているのか手振り身振りは激しかった。はぐれてしまったのは彼の主、つまり主従の関係らしい。銀髪にも近いような金髪は頭皮の方がやや色が濃くなっていて短く、細身ではあるが体躯もしっかりしていたからボディガードに見えなくもなかった。瞳の色は赤が勝った紫でこんな色の宝石があったなと思う、アルビノかとも考えたが人種と国籍は見た目からだとまるで知れない。
 とりあえず燐と手分けて探す、東西に別れることにした。雪男は主の服装や聞いた容貌をインプットし、覚えられなかった燐は紳士と一緒だ。
「到着して一時間足らずか」
 ヘタすれば移動している。現金は所持していなくともカードがあればどこへでも行けてしまう。
 雪男が向かった東口は駐車場か、地下に降りての鉄道路線ルートに当たる。行き先表示と運行状況を報せるモニターを見上げた。案内図を見直す。元々ターミナルも上階へは展望室と職員用のフロアでしかなく、出入りが自由なのは地下の層しかないので人影の少ないガラスの向こうの通りを見渡した後、階段を下りた。螺旋状のスロープもあるが併走しているのはエスカレーターで、ほぼトランクやらの荷物に占領されている。ちらちらと覚しい人物を捜した。
「……」
 そういえば格好や年齢は聞いたけど、背の高さまでは聞かなかった。体型は普通です、と言っていたが大柄とか小柄とかあるだろう、スタンダードを擦り合わせることを敢えて行わなかったのだ、おのれ貴族、と考えてしまう。パスポートと財布を所持するのみ、ケータイもかよ、と燐が呆れていた(持たなくても十五年間へっちゃらだったくせに)。頭髪はブラウン、瞳の色はエメラルド、写真画像の類は持ちあわせていないというのでネットで検索してみたがヒットしなかった、人違いでもらしき人物に声を掛けるしかないだろう。それとも肖像権とかあるんだろうか。写真嫌いなのでと紳士は頑張って伝えてはくれたが、こんな感じと作り上げた想像図と照合させる行為はやりにくく、はっきり言って困る。
 たっての希望で来たなら良いけど、来るつもりもなくて連れられた方なら逃げられた場合目も当てられない。事件なんて尚更だ。
 とにかく同年代だろうと覚しき英国少年を捜さなければならない、彼はそのまま正十字学園の門をくぐるのを承知していたので本国で通う学校の制服を着用しているという。雪男は手すりに手を置いて怪しまれない程度の慎重さで降りてくる人の中からブラウンの頭髪を捕らえようとする。これから旅行なのか先刻から中学生のまとまりがちらちら目に入るので、いっそう気を遣う羽目になっている。階段の上の方にもセーラー服姿の少女達が立っていた。
 父親が幼稚園くらいの子供を抱き上げている親子連れと、端末画面に夢中のサラリーマン、中学生、仲睦まじい男女、カートを引いた外国人も多く、一人を見付けると他を見失ってしまう。おっと、これは違う。濃さから明るさの範囲を考慮しても茶系という頭髪は改めて見ると行き交う人に多くないか?
———どんっ
 何やら鈍い音がした。雪男は視線を転じる。
「っ!」
 前方を過ぎる制服姿に目を奪われていたけど、視界に入れなかったわけじゃない。エスカレーターの降り口から親子連れが子供に合わせたゆっくりめな歩行速度で歩き出すのを背後のサラリーマンがまるで気付いておらず、…そしてつんのめった? いや横様に軽く飛んだと言った方が正しい。
「え?」あ。
 え、蹴った。この子蹴ったよ?
「おい、ちょ…」
 驚いた顔のサラリーマンに背後の少年は真っ向から文句らしいものを言う。父親に手を引かれながら先頭を歩く男の子はきょとんとした顔をしていて、よく見れば腹部のせり出している後者の母親は怪訝そうな顔つきになっていた。気付いて雪男はああ、とほっとして胸をなで下ろす。エスカレーターはカートと人をみっちとした間隔で運んでいた、うっかりすればサラリーマンが無遠慮に母親を押し出し、下手すればバランスを崩し、男の子も危うく転倒したかも知れないのだ。
 大人げなくもサラリーマンは少年を睨み、続けば手が出そうでもあり、雪男は慌てて階段を下りる。カップルや後続のひとが何事だという顔をして過ぎるのが却って羞恥を煽ったのだろう、やがて何も言わず端末を持ったままくるりと踵を返した。そしてやはり端末画面に目を落とす。
「……」
 雪男は振り向いて、その姿を見送る。
 彼は他者に対し無関心なままで、画面を見詰めることを止めたりしないのだろう、自分がどう痛い目に遭おうとも、世界と分断されるのはきっとここではないのだ。
 携帯電話やタブレット端末に夢中になる学生や社会人が増えている。中でも不動の人気は高得点を競うパズルゲームで、二ヶ月ほど前に発表されたゲームは小型ゲーム機とも連動、人気は年齢層を問わず爆発的に広まっている。さきほど燐にぶつかってきた少年も間違いなくそのユーザーで、燐との会話からしてそうだし、ストラップが登場するキャラクターだった。ゲーム機仕様になると展開する世界がより高度で複雑になっていくらしい、鏤められた謎とヒント、年齢を問わず絡め取る所以だ。並んだ広告の一つには紛れているし、見かけないこともないくらいだ。
 ただの便利な道具だったものが生活には切り離せないコミュニティーツールとなり、人がどこでも向き合うのは掌の画面になっている。拡張現実、ソーシャルネットワークサービスもそう、電波でつながる情報社会は膨張し続ける。雪男にはゲームにいそしむ時間も熱意もないが、自分もデジタルツールは多用している方だと思う、手に入れた便利さがいいのか悪いのか、時折考えてしまう。
「どこでもこういう輩は鬱陶しいものだな」ただでさえ狭いというのに。
 横で声がして雪男は目を向ける。
「あ」
 この子、クォーターかな。ずいぶんと勇気があって、まるで兄さんみたいだった。
「その服、知ってるぞ。正十字騎士團だ、丁度良かった。どうも国から悪ガキを連れてきてしまったらしい、早速荷物を持って行かれてしまって困っていたのだ」
「え?」
「妖精《ニンフ》だよ。最近、あいつらに構ってやれなかったからな」
「…えっと…」そんな友達みたいな。
 と、いうか、少年らしい溌剌とした声ではあるけれど、口調がなんというか、中学生らしくない。しかもこのブレザーとネクタイは初めて見る制服で、色白で顔つきは整っているが、良家のお坊ちゃんのニオイが漂い、命令と依頼とお願いは彼の頭の中では恐らく同義の扱いだ。何かの用があってお越しくださって、そんな友好的に言われても、正十字騎士團は住民の皆さんのお助け係ではないわけで。
「妖精?」
 見えないお友達? でなければ悪魔だ。
「ああ」
 先刻から手応えのない反応ばかりで訝しく感じたのか、相手にじいっと見詰められた。
「……僕の、日本語は正しくない?」
 と、英語でぼそりと弱ったな、と呟く。
「とんでもない」
 発音がなんというか、ちょっと西側寄りに聞こえるけれども。
「正十字騎士團日本支部の祓魔師ではないのんか? 支部長から迎えを寄越すと聞いていたのだからてっきり…」
「失礼しました!」
 さあっと血の気が引く音がした。
 アーサー氏、ほんと全然違う!
 背筋を伸ばし、敬礼はしないが、頭に描いた像を即座に破り捨てる。濃い方の茶ですか、目はエメラルドだけど、青く見えなくもない。思う以上の童顔、やっぱり背丈やらを細かく聞いておくべきだった。名前が同一だからとどこか現聖騎士《パラディン》と重ね合わせてしまっていたのは本当に良くない。
「奥村です。その、同行していた方からは詳しい様子など聞けなかったので…」
 だろうな、と相手はからりと笑う。
「ちょっと可哀想なんだ、僕は」
「……は?」
「不変の要塞とでも言っていいな。与えられた階位はそうだし、付きの者すら変わることがないときてる」
 雪男は首を捻る。生まれながらにして貴族だとか、そういう位置にある人間の不自由さを指しているのか、そもそも上流階級というものがあることは理解していても、まったく関わりのない人生だけに、想像も出来ないから彼が何を言わんとしているのかさっぱり分からない。
「アーサー様!」
 紳士と燐がトランクやらを詰んだ大型カートを押しながらやってくる。
「兄さん」
「荷物が勝手に移動するからよー。みんなびびって引いて見てて、したらこいつが運んでた小さい悪魔どもを殴って」
「祓ったの?」
「いや。ぶら下がって遊んでる」
 確かに、燐が運ぶ荷物の中で小鬼に似た悪魔がきゃーきゃー遊んでいる。妖精は悪戯好き、度を超すことがしばしばで、邪悪なものは質が悪い。…はずなのだが。
 燐の目線が雪男とアーサー少年を渡り、紳士に戻る。
「……」
 頭に浮かんだ疑問を口にしないでくれ兄さん、頼むから。
「『あーさーさま』…」ああ。
 紳士に心配されているアーサー少年は黙って燐を見ている。視線が交わり、二人でこくりと頷き合うような会釈が交わされた。
「無事に会えてよかったな」
 敢えてさまざまを聞かないのは賢明な判断ではなく、余りにも兄が描いたイメージ画像と結びつかない『アーサー』氏の容姿のお陰だ、絶対。正十字騎士團でも最高位の実力者である金髪碧眼の紳士は燐の中では唾を吐く部類で、名前を口にするのも厭うくらいだ、だから、栗色に近い頭髪のスプリンター英国少年はかなりな好印象で迎えられていると言ってもいい。雪男にも害のない良家の少年に見えるし、目つきも挙措もそれこそ紳士的。横柄だとか不敵さもなく、寧ろ打ち解けたさまで、敵意だってうかがわせない(そんな彼の足蹴を目撃したけれど)。
「フェレス卿の元へお連れするまでが今日の任務だよ」
「なんか子猫丸みてーだ」
 聞けよ。
「悪魔は祓魔対象ですが、使い魔の類ですか?」
 兄を視界から排除してアーサー氏に向き直る。少年は紳士と目を合わせた、どちらとも質問の意図を量りかねるという様子だ。
「いや、家にいるペットみたいなものだな」
「ペット…」
 無自覚に目が燐にいく。見られて兄は何だよと構えるようなポーズを取った。もういいからそのカートよろしく。
「日本では『家鳴り』というのだろう? 古い家に居着く守り神だ」
「そうなのか?」
 単なる建材の伸縮の音、木造ならではの現象が『家鳴り』である。南十字の修道院はそりゃもう家鳴りがしたもので、燐だって知っているだろうにどうして初めて知ったような反応をするんだ。
「いや、家守ではなく…」しかもあれは蜥蜴の仲間で。
 説明すると二人はなるほどとという顔、日本語のアクセントからしておやと思ったけれど、彼らに日本文化の理解と日本語習得において、どこか眉唾情報を仕込んでくれたユニークな人物があったとみえる。燐に荷物を押しつけて駐車場に向かった。團でなく理事長が車を手配している、来賓待遇なのだからそうだろうとは覚悟していたが高級車が車寄せで往来の注目を浴びていた。
「ちょっと、兄さん、雑に扱わない」備品じゃないんだから。
「持ち上げたくらいだろ?」
 燐は煩うように言って荷物をトランクに並べていく。その持ち上げ方や動かし方がなってないというのだ。ひょいと持ち上げて中身に気遣うこともなく乗り物の腹に滑り込ませる。えいほと担いでいいくらいの自分たちの荷物とは違う。しかも、足下を妖精にまとわりつかれている。そりゃ囓られるよりましだけれど、銀髪紳士のようにぴしりと調子に乗りすぎる下級悪魔を睨み一つで大人しくさせるくらいはして欲しい、祓魔師志望者として。雪男が願ったところで決してそんな方向に進んでくれないのが燐なのも想定できてはいるのだがそれでも溜息は漏れる。
「貴様の異端は、彼か」
 開けた後部座席に乗り込もうとする少年が小声で話しかけてきた。
「〝いたん〟?」
 聞き間違えかと思って即座に変換語彙が取り出せなかった、『異端』。口角を僅かにあげる、その年の少年らしくない意味深長な微笑。
「僕の目は誤魔化せない。色が違うからな」
「失礼」
 主人の後に従い進む紳士は主の投げかけた言葉などなかったかのようにあくまでも物静かなままだ。背後で荷物全部積んだぞと燐が告げた。振り向いて兄を見る、いつもと同じ姿で、炎も尾も見えない、ついでにいえば瞳孔も虹彩も変化していなかった。
「雪男?」
 彼は何者だ? どんな目的でここに来た?
 どくんと鼓動が打ち、警戒音が鳴る。忘れていた耳鳴りがここにきてまた耳を貫いた。候補生ごとき、未熟であるからこそ、いつだって試されている——
「あ!」
 車内に足をかけるとふいに燐が声を上げ、何か深刻なミッションを思い出したような口調で続ける。
「ターミナル限定の魔笛屋のカップ麺…」
「『かっぷめん』?」
 アーサーはまずそのキーワードに反応する。自分の辞書からその意味を取り出そうとしているらしい、日本支部長のどうでもいい食生活には欠かせないかもしれないが彼の人生には必要でもない言葉だ。
「うん。いいからそれ」
 斬り捨てる。小さく口を尖らせる燐を見、客人はくすりと笑う。
「楽しい滞在になりそうだな」
 訂正しよう。アーサーという名はどうやら一癖も二癖もある人物が冠するの名前なのかも知れない。
 
 
 
 

【続く】
141009 なおと

 
 
 
 
 

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 続きますが、スミマセン。
 去年の今頃くらいから本用に作っていたのですが自分の中で話が決まらないというか、どうも手が進まずにおりました。少しずつかなと思っていた…ら、PCが壊れて書き溜めていたものが消えました。自分も白くなりました。あ、青くか。
 こちらで続けて、まとめられたらいいなと思っています。
 
 頭から考えた話がこぼれ落ちたり、夢と消えないように精進したいと、ハイ。
 本誌の出雲ちゃんは思ったより小さくまとまったなって思いました。イルミナティの大枠の中でも割と引っ張りそうかなって考えていたので。しかも落下するべたまを発見! べたまはべたまでした、流石! バースデーラブゾンビ!