Blind parade

 本誌京都編終了記念です。若干ネタバレなのでコミックス派の方はご注意下さい。
 雪男のグラつきっぷりは相当だったのでこのまま何もしないのも勿体ないような気がして…。だったらいいなあということを書き出してみました。
 傍から見て笑っちゃうような二人がすきです。微笑ましく見られる兄弟、いいですねえ。どっちがどれだけ参っちゃってるかわからないくらいのCPが好みなのでそんな感じでGO。雪男の性格はやや捏造されかかってます、あらあら。
 

【PDF版】Blind parade

 
 
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 観光を終え、旅館で解散したとき、物言いたそうな顔で雪男が見ていた。クロはしえみに連れて行かれ、勝呂達は自室へ、宝を先頭にぞろぞろと塾生達は廊下を歩いていく。明日の集合時間に遅れないようにとそう言う弟の顔は優等生な学生ではなく、祓魔師で講師というものだった。
「なんだよ?」オレ、ちゃんとやれただろ?
「…結果的にはね」
 先に歩いて与えられた部屋に戻ろうとするのを追った、当たり前だけど雪男と燐は休みを取る場所がまるで違う位置にある。
「観光できて京都タワーで写真も撮れて、万々歳だよ」
 それでも声に含みがあるような気がして燐はむっとする。まだ不満があるのか。
「継続する努力を続けてくれ」
「雪男」
「なに」
「まだ何かあんのかよ?」
 雪男はないよと素っ気ない。眼鏡のブリッジを押し上げるようにして、こちらを振り向きもしなかった。
「嘘吐け、お前怒ってんじゃねーか。オレわかんねーんだから、すぐ言え」
 のろりと振り返る、雪男はたまに粘着質というか陰湿な怒り方をする。燐には分からない類の憤りを抱えているときだ、自分と相手と両方に怒り、それを両天秤に掛けてどちらの怒りがより強くていいのかとまんじりと鬩ぎ、決着がつくのを待っているようで、何も言わないが機嫌が物凄く悪い。つつくと八つ当たりという形で燐にぶち当たる。
「…兄さんは、何も考えなかった。不浄王討伐は正しい、あのときは目の前の敵を薙ぎ祓うことに誰もが必死だった」
「オレが牢壊して出たことか? そ、そりゃ…」
 勝呂達にああして助けられてやれることがある以上、無我夢中だった。助けられたのだ、助けなきゃとみんなで晴れ間を見たいと思っていた。グラついて自分の炎に呑まれそうにもなったが、最後はそれだったように思う。
 雪男は大きく息を吐く。十分理解しているんだとばかりに。
「兄さんがそうだから、僕が慎重にならざるを得ないんじゃないか…」兄さんは悪気がなくて悪いんだから。
「ゆ、雪男…?」悪かったなと言えばいいのか。
 サタンの息子だからという言葉でさんざん今日はやられてきた、それをお前がこの以上の追い打ちをかけてくれるな。
「だけど監視とか見張るとか、…兄弟だからって意味あるのかな」
 きゅっと眉間に皺が寄る、嫌なものでも思い出しているのか、苦痛というよりもひたすらな拒絶と怯えが混ざっているようにも見えた。燐は手を伸ばして弟の頭を軽く叩く。
「何言ってんだ」
 雪男は何も言わず、触るなという風に手を持ち上げる。
「お前の方が頭良すぎて意味わかんねぇよ」
「……」
 雪男の脳内迷路なんて判らない、だけど燐にだって許し難いことがある。見慣れない弟の顔なんか見たくないとこれだ。一緒に迷えないから悔しがるとか拗ねるとか、腹を立てるとか、燐が知る限りの表情になるならそっちになるまで待つまでだ。そのままくしゃくしゃに髪を掻き回すと相手は煩がって、帰るまで大人しくしててよ、と負け惜しみみたいに言って背を向ける。
「…のヤロウ…」雪男が彷徨っていいのはきっとそこじゃない、たぶん。
 背中に頑なさが見える、燐の代わりとばかりに考えても意味がないことを考えて、雪男はどうしてあんなに気難しいのだろうと思ってしまう。空転してんじゃないのか、それとも頭沸いたか?
「お前なあ…」
「のわっ!」
 雪男に触れていた手をぶらぶら振り、眺めながら歩く。誰もいないと思っていた廊下にシュラが現れた、手に正十字印のアルコール缶を持っている。
「アタシが言えることでもないけど、もっと雪男の身になってやれよ」
「なんでだよ」
 立ち止まる。
「たぶん、あいつはここにいる誰よりお前を心配して、守りたいって思ってるんだ」
 シュラは柱に寄り掛かるとプルトップを開け、ぐびっと一口飲む、まるでジュースでも飲むみたいだ。
「守る?」
 見張るの間違いじゃないだろうか、ぷはあっとシュラがオヤジみたいな声を出すのを見詰めた。二口目の豪快な飲み方といい、まんまオヤジだ。
「もはやありゃ頑固っつーよりも信仰」
「しんこう?」どこが。
 シュラは燐の心底分からないという顔がおかしいのかにゃははと笑う、ダメだこいつら。
「?」
 分かんねーけどダメじゃねえ。
 
 
「…あ」ハヨーゴザイマス。
 起き抜けの目を擦りながら食事の間に向かう途中で、前屈み気味に歩くシュラとすれ違う。朝から蝉が囂しく鳴いて、坪庭から入りこむ光も穏やかではあるが、白が眩しい。シュラはそんな朝の清しさとは対極のどんよりとした顔だ。
「よー」返しもテンションが低い。そのままゾンビのような足取りで止まることなく進んでいく。
「シュラさん!」
「おービビリ…吐きそうなんだけど…」
 雪男が廊下の向こうから早く行けと怒鳴る。それにしても暑い京都で暑い格好だ、図体もでかいしコートを足すとなんだか黒々しいのが逆に胡散臭い。そんな黒尽くしの奥村先生は燐に気付くとびしっと言う。
「ほら、兄さんも明陀の人たち手伝って!」
「え、だってオレやることねーし」
 観光も終わって後は帰るだけである、飯を食い、荷物まとめたら集合、と燐の頭はそういう段取りになっている。
「あるよ、ありまくりだよ…」
 朝食かと目が問うので頷く。なんとかの間には膳が用意されており、数人が寝ぼけ眼で朝食を摂っているが並んでいる数は半分くらい減っていた。燐は時計を探す、ないので手近の雪男の腕を引っ張って見れば遅くもない。
「みんな任務なのか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
 段ボールを持った勝呂が雪男の代わりに答えながら燐の横に立った。
「いつだって手が足らんのや、サタンの息子かて免れへん」
「ちょっ…」関係ない、それ。
 片付け終わらんのやて、と同じく段ボールを抱え勝呂に続く子猫丸が教えてくれる。
「おはようさん、奥村くん」
「おはよー。お前ら早ぇなあ…」
 言ってはたと気付く、きっと子猫丸は出立前の両親の墓前に挨拶のためで、勝呂は何てことない、いつもの習慣だ。
「回収用の搬出済ませたら帰るて」
「そう。だから早く」
 雪男はこっくりと頷くと勝呂達に使用した滅菌パックの扱いには気を付けてと残し、すたすたと行ってしまった。燐に対して挨拶もなければまったく愛想もない。塾生のこぞって口にする『サタンの~』という言葉についてもまるで定冠詞だとかほざくし、なんでフォローなしなんだと食ってかかったところで本当のことだろう?と言い返されるに決まっている。…から、燐は何も言えない、言ってない。
「…志摩は?」
 クサクサした気分で首を掻く、彼も燐と同じくらいに起きたはずだ、ゴールならビリで同着というところなのに見回しても広間にはいなかった。
「臨時家族会議」
「朝から?」
 蛇の一家と志摩の一家でいい話が湧いて出たということは燐もちらりと聞いたが、臨時の会議なんてなんだか口振りから物々しい感じがする。どたんばたんの後は話し合いなのか、京都は思うよりも奥が深い。
「金造さんが連れて行かはったんよ、今しか時間あらへんから」
 子猫丸はおっとりと笑う。昨日は見事な采配でさくさくと京都を案内してくれた、ハイテクモノに強いのでランキングが上がるかも知れない。
「あとおかんが何や探しとるで」
「あ。ふりかけ」
 宝がもぐもぐと庭に面した場所で朝食を摂っている、この頃気付いたことだが、彼は気に入ったものほどよく食う。膳を見れば一目瞭然なのだ。
「よー腹話術」真ん中ゴールでいてくれるのにほっとする。
「うるせえ!」
「あんた、いつまで寝てんのよ」
 口の悪い人形ばかりか盆を持って入ってきた出雲まで尖った目を向けてくる。京都にやってきて塾生の言葉にしないものが見えてきたような気がする、というより、自分が自分の居場所に慣れたのかも知れない。いままでかりそめの地面を踏んでグラグラしていた、それが炎に出ていたように思う。
「ふりかけ?」
「ふりかけの作り方頼んだんだよ」
 慣れたというか、やっと落ち着けたのかも。欠伸をしてから膳の前に座る。食うもん食ったら働かねば、そういえばクロはどこに行ったのだろう。
「葉っぱの油炒めのコツに、えと、昆布締めのうまいやり方教えて貰った。シジミの佃煮ってのもすげえよな」
 子猫丸はへえ、と珍しそうに言い、勝呂は呆れたような顔で早よせい、とだけ言い置いて行く。
「燐、おはよう」
―――りん!
 しえみの腕にあるザルを心配するように歩いていたクロが燐に駆け寄る、燐よりもずっと早く起きてひと遊びしてきたような明るい表情をしている。
「おーす」
 やっぱこういうのいいなと燐は思いながら味噌汁を啜る。出汁の利いた赤だしだ、出来れば持ち帰りたいような。
 
 
 京都から戻って最初の週末、燐が墓参りに行きたいと言い出した。いわゆる仏教の盂蘭盆会のつもりかと雪男はじっと兄を観察してみたが視線から逃れるように言った言葉は「あれから全然行ってねえから」とそれだけだった。
 南十字男子修道院に着いたのは昼前だった、西の空に沸き立つような夏雲が見え、これからの気温の上昇が察せられた。すぐに帰るつもりだったが久しぶりなんだから食ってけと言われ、じゃあと燐が副菜を作ることになった、昼食のメニューはそうめんとおごって牛肉の冷しゃぶだ。タレも兄担当、何を足そうかと嬉しそうに考える燐を雪男は手持ち無沙汰に見る。
「神父《とう》さんに話があるなら別に僕が行かなくても…」
「お前だって行ってねえだろ」
 秋に来れるか分かんねーし、オレ、と花とカップ酒を十字架の前に置く。シュラの言葉を信じるならその可能性はまずないことになる、フェレス卿がどんな手を使ってでも処分を覆し、兄に新たな枷が付けられるのだろう。
「……」
 燐を守ることは彼の自由を奪うこと、仕方ないと思ってしまう自分を嫌悪する。
「…兄さん?」
 午前中だとは思えない。蝉時雨とうだるような熱気の中、微風に花が揺れる。クロは燐に何かを言い残し、どこかに行ってしまった、暑いのだろう、よく判る。いまは水に濡れているが石に置いたままでは花も何もかも溶けてなくなってしまいそうな気がした。燐は瞑目を終えても動こうとしない、雪男は横を見た。
「ジ…父さん」
 兄の額に玉の汗が浮かぶ。
「とりあえず、雪男が欲しいです」
「は?」
 軽く思考が止まる。空耳か?
「あ、いや、ください」
「え?」
 背後でぶっと噴き出す声が聞こえる、長友と和泉だ。空耳でもない、修道士たちの気配は消えていなかったから、それとなく日陰で様子を見ていたのだろう。
「こーいうの、懺悔とかじゃねーとダメなのかな。だけど、たとえこの先、俺達が離れて、別々に生きてくことになっても雪男がいるってことでオレはやっていけると思うから」
「……」
 何とも言えない恥ずかしい思いでそっと振り返る。後は聞かないので続きをごゆっくりと言いたげに笑いを堪えた長友が合図のように手を振った。ぞろぞろと観客は去っていく、気遣いに有り難いと言えばいいのか、いや、でも、真夏の太陽と相俟って全身が蒸されそうでつらい。
「兄弟でプロポーズみたいだけど、誓いの『ともに』ってのをずっと持っていたい」
 汗ダラダラで選手宣誓をする高校球児みたいに何を言っているのか、と脳天に手刀でも入れたいが気分的に入れられない。燐は真面目だ。
「彼女…とか嫁さんになるひとには悪いとは思うんだけど」
 オレだけじゃ多分無理だ、と燐は言いにくそうに呟く。こめかみに汗が滲んで、燐の横顔は熱に浮かされているかのようで、雪男は息も吐けない。
「親父が生かしてくれて、塾生のみんなとか、そーいうの雪男がいなきゃ、オレだけじゃ手に入れられないもんばっか、貰ったから」
「兄弟なのに?」
 燐は暫く考えてから、墓に向かってうん、と頷いた。
「双子の弟をなんだと思ってるの? 兄さん」
 何って、と燐は雪男を向いた。肝心な部分を深く分かっているようでいて時々ぱかっと抜けている兄は本当に兄にしておくには惜しいというか、残念に尽きる。
「落ちない染みじゃないんだよ? 僕らはもっと深い遺伝子レベルで繋がってるんだ、仲違いしたって離れたって家族は変わらない。やるやらないレベルじゃない、それこそ『ともに』が刻み込まれてるんだから」
「人間じゃなくなったんだぞ。仕方なく…」
「バカ兄が!」
 そんなこと考えていたのか。
 逃げないとか言っておいてやっと自分の立ち位置を自覚したと少しは真面目になるかと思っていた。誰かの掌の上なら、自分の目が行き届かなくても燐は平気だろうと、どこか居心地の悪い安堵感に足をつけていられた。いざとなったら自分が情を裁ち切り、処刑人にならなければいけない、京都の町を歩いていてその一人ぶんの重さをほんの少し分け与えられたような気がした、そんなのまやかしだ、より鈍く重いものになった。
「…ほんとバカ」
―――燐を他の誰かに取られると思ったから。
「誰かに掛け替えが利くとでも思ってるの? 面倒も何もかも生まれたときから引き受けてる! それに悪魔はただのオプション! 兄さんは僕には兄で生徒!」
「おぷ…?」
「…オプションにしては人知の範疇を超えすぎて有り難いどころか、危険そのものなんだけど」
 雪男は吐き捨てる、影は短く、べったりと濃い。
「これ以上バカなこと言ったら怒るよ」
「怒ってんじゃねーか」
「逆上して水ぶっかけないだけましだ!」
 足下には水を湛えたままの水桶がある、すぐ乾くのも分かってはいたが、花を添えるし、日本人として焦がされる石や土に水打ちくらいはしたい。
「え、かけた方が涼しいじゃん」
「そういうんじゃねえよ」
 柄杓を取り、雑に燐に引っかける。
「ちょ、変な掛け方すんなバカ!」
 燐は雪男の手から柄杓を引ったくると派手な音を立てさせて水を浴びせ返す。
「なっ…バカはどっちだ!」
 ばしゃっ。
「熱冷ましやがれクソメガネ」
 ばしゃっ。
「兄のイカれたプロポーズを聞いてやれるくらいには僕は冷静だ」
 燐は小さく舌打ちするが、雪男を正視してふうん、とも言う。ざばっと上からかけてやった。
「もっと弟らしくしろ」
 お返しはそれこそ平等にざばあ、と眼鏡が濡れる。
「そっくり返すよ」
 ばしゃっ。
「かわいくねえ!」
 ばしゃっ。
「かわいくある意味がない」
 掛けて、掛けられながらも楽しそうだ、証拠に尻尾がびたんびたんと上下した。雪男は眼鏡の滴を払うと、だって悔しいじゃないかと聞こえないように呟いた。柄杓を奪い合い、ばしゃりとかかってかけ返し、数回繰り返して水がなくなり、二人は水浸しになる。とととと戻ってきたクロがぽかんと見上げてからどうしたというようににゃあと鳴いた。風吹くと気持ちいーぞ、と燐が笑う。
 滴を払うよう頭を振る、きらきらと飛沫が跳ねてクロが難を逃れるように跳ねる、それを見て拗ねたか燐はお前のせいだ、と雪男を見る。
「なんでさ」
「買い物これで行かなきゃだし」
 蝉の声に混じって蜩の声も聞こえた、昼にもならないのに気が早い。ああ、でも夏も終わるのだ、これから秋になって冬になって、ちっとも自由でない自由を謳歌しながらきっと自分たちは生きていくのだ。
 柄杓から手を離し、雪男も愉快になってきて墓を見て、空を見上げる。何やってんだ、二人ともという呆れたような声が教会から飛んでくる。
 どーにかしなきゃ入れてやんねーぞ、という揶揄いじみた声もして燐はむうっと口を尖らせたままシャツを絞っている。雪男、お前も。何かをやり過ぎて、取り繕おうとするのが燐で、雪男はむしろ開き直った、そうでなければ屁理屈という我を張った。
「……」バカだと思ったけどほんとは嬉しかったなんて。
 燐の手が伸びてきてわしゃわしゃと前髪を扱く。小さい頃から過ぎるほどの強さを持っているのを徹底的にコントロールされた手だ。案外な繊細さは料理の腕に生かされている。
―――探るような、気を引くようなこういうの、勝たれている感じがいつもする。
「つか、ほんと素直じゃねえよ」違うところで妙に素直になるのに。
 生憎と天の邪鬼なもので。
 
 
 

なおと 120423