黒バス_40

 
※赤黒です。
※火神も当然みたいに参加です(ちょこちょこ帰ってくる設定ゆえ)。
※基本はやっぱり赤司さんが頑張る方で。なにしろ〝ツナグ〟方は黒子っちが頑張ったからねえ。
 
 
 

【PDF版】<<※作製は未定です>>

 
 
 
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※記載内の無断転載、無断コピー、データ転用、改変、再配布等はご遠慮下さい、お願いします。
 
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秋になって僕らは
 
 
 
 
「何だか借り物ゲームのようだな」
 それは学生にはよくある、ゲームソフトだったり、音楽CDやDVDだったり、あるいは書籍の類だったりした。赤司に言われて黒子はああ、と手を打つ。
「そうですね」
 残暑が抜けきっていないような十月である。
 休みを利用してストバスでもしないか、とそう一斉メールを送ってきたのは黄瀬だ、ついでのように誰かこの映画のDVDを持っていないか、あれば貸して欲しいとあった。
 黒子はそのメールを見たとき、みんなに見せつけたいものでもあるのかと考えた。でも魂胆のあるなしにしろ、乗らない理由がない。同じ事を考えたらしい緑間がどうしてかと問えば答えはまた一斉に『見返したい人間がいるから』とのこと。これは珍しいことだ、むしろ黄瀬が訴えたいのは後者だったと知れ、律儀に『そんなDVDはない』と切り捨てた緑間の返事はいっそ清々しいくらいで、そこまでは黒子も知っている。以来、どうなっているのかは知らないが、遅れて紫原が黄瀬に連絡したらしいのを赤司は桃井から聞いたと話した。そもそもDVDが何の役に立つのかは不明だが、映像の中には〝見返したい〟ヒントがあるらしい。
「それにしても黄瀬君がああなのも珍しいです」
「ていうかもぎ取られたし。あれ返す気あんのー?」
 仏心なんて出さなければ良かったとばかりに紫原はフライドポテトを囓る。果たしてDVDは紫原の手元にあったわけだ、偶然なのかはともかく。隣の赤司は涼やかな顔で返さないのならば取りに行けばいいだろう、と応えていた。
「めんどい」
 紫原はむっと口を突き出してから黒子を見る。
「てか黒ちん、取り返しといて」
「どうして」
「オレの学校遠いし」
「そうですけど…」
 とはいえ、黒子を介さず二人で遣り取りすれば良いだけのことだ、解せない思いでいるとフォローするかのように桃井が両手を合わせて会話の中に入ってくる。
「むっくんの学校も何かやるんだよね? チャリティーだったかバザーだったか」
「……」
 紫原は手を止め、それ以上は言わないでくれとばかりに眉を顰めてみせた。黒子はそうなのかと改めて視線を隣にやる、紫原は自分の学校の行事について何も言わなかったから知らなかった。流石は桃井である。
「嫌なんですか?」
「バスケ部は人間ジャングルジムなんだよ、もー…」
 つまり、あの屈強の壁とも称される彼らには子供達が登る。誰が企画したのだろう、子供達と遊ぶくらいならば黒子も吝かではないが、登られるとなると同情を禁じ得ない。
「着ぐるみのがまし〜」
「頑張って下さい、黄瀬君のことは引き受けました」
 それしか言えないではないか、紫原はうんーとポテトをつまみ上げた。
 まず発案者の黄瀬がDVDを求めた。それを皮切りにして、ならば、と緑間がパラソルを探していると送ってきた。便乗するかのようにして紫原が期間限定のスナック菓子の情報を求めもした。そして参加していないような青峰の代理として桃井がそこに加わっている。遣り取りはまさしく赤司の言うように〝借り物ゲーム〟だ、本日、晴天に恵まれた空の下、恙無くストバスは終わって、マジバの店内でジャージ姿が揃っている。黄瀬は帰り、四人掛けの席には赤司、紫原、桃井、そして黒子がいる。その通路を隔てて同じ四人掛けの席に陣取ってハンバーガーの食い合いをしているのが青峰と火神である。火神はこれが都合良く姿を現す、確かに誠凛に在籍中も何度かアメリカに行ったりしていたから、彼にとっては今度は逆のパターンなのだろうが、こちらとしても初めは訝り、心配もしたのだが、本人がヘーキだと言い張るのでカントクやチームメイトも含め、追及するのを諦めている。
「それで桃井、こちらも手間だっただろうが…」
 赤司は切りが良いところで口を開く。彼一人、今回のストバスは遅れてやって来た。忙しい身だ、無理してきたのは分かる、なのにいつだって悠々としているのが赤司である。桃井は心得たとばかりに頷いた。
「手間じゃないよ、大丈夫」
 バスケの練習もあるが、この時期は体育祭やら学園祭に芸術鑑賞会など文化行事は目白押しだ、学生の本分を忘れてはいけない。
「でもほんと赤司君のが一番びっくりだと思うよ」
 と、桃井は気まずいのと気恥ずかしさが入り交じったような顔を浮かべると大型の紙袋を二つ、机に載せた。中は彼女が探し出した女装用の衣裳である。外から見てもダウンコートやらが二着くらいは入っているのではないかと思われるほどふっくらしていた。ちらりと見えるふんわりレースにリボン、それで黒子達はそれが衣裳であってもどのようなデザインや装飾があるのだとかは聞いていない。
「済まないな。終わったらすぐにクリーニングして戻すから」
「あー。いいのいいの。ただ私の好みになっちゃってるけど」
 手を振った桃井は黒子の横でにこにこしている。
 衣裳は彼女、つまりは女性の視点からセレクトされた品々である、要するにコーディネートだ。赤司は基本、手を抜かない。なので、学校の文化祭なる行事で女装をすることになっても『学校中の男子生徒を悩殺すべく全力を尽くす』つもりらしい。彼の学校は毎年、伝統的な行事や企画が目白押しな華々しくも賑やかな文化祭となるそうだが、今年度はやむを得ない事情で慎ましいものになってしまうらしい。
「クラスの催しもステージ発表ばかりだ、少しでも盛り上げたい」
「いつでしたっけ?」
「あと三週間…だな」
 そして黒子の学校は終わっている。三週間後の自分を容易く想像できる、当たり前に練習だ。
「緑間君と同じ日程なんですね、赤司君の力の入ったコスプレが見られないのは残念です」
「オレのは所詮、内輪受けというやつに過ぎないから」
 表情も変えず謙虚なのか何なのかも受け取りがたい返答である。女子目線を頼みにしてまでの行動力に感服する一方で黒子の好奇心も煽り立てられるというものである。黒子としては避けたい女装を赤司は『完璧に仕上げてやるので楽しみにするがいい』とばかりに受け入れるのいうのだから恐れ入る。えらい。
「バスケ部の?」
 紫原が驚いたような目を向ける。
「ノーコメントにしておこう。桃井には協力して貰うから話したんだが、…うん、まあ他の校外向けには演奏を頼まれているくらいで質素なものだよ。来賓の案内役もしなければならないし、クラスに顔を出す暇もない」
「え。何? 違うの?」
 桃井が身体を乗り出して問う。
「一般公開は二日目だけなんだ、一日目は校内のみで。だから規模も小さい」
「なんか気が滅入りそー…」
 赤司は仕方ないと言いたげに肩を少し竦めただけだ。
「うん、だろうから後夜祭は無理を通して貰った」
 腕を組み、自信に満ち、赤司という人物を物語る。押し切ったのだろう。人前に立つことに慣れて、率いる立場を自覚している彼はいつだって風格と気構えが違っている。
「ほんと赤司は疲れることヘーキでするよな」
「大ちゃん」
 聞いていたらしく青峰が詰まらなそうに言うのを桃井が窘めた。
「息抜きみたいなものだ、見ない振りをする方が違うところで疲弊しそうになるから」
 赤司は言って冷めたコーヒーを飲むと黒子を見た。目が合ってどきりとする。彼にとっては物足りないくらいの味に違いないだろうがそれでも彼の口元は緩んでいる、好物のバニラシェイクを啜る自分みたいに。
 
 
 緑間は文化祭では部の模擬店とクラスでは劇をするらしい。人事を尽くすことをモットーにしているからその準備にも怠らない。
「おーい、これってどこ持ってきゃいいんだ?」
 肩に閉じたパラソルを背負った火神が言う。彼は赤司が黒子に会いに来る度によく見かけ、アメリカはどうしたと問わずにはいられないところをぐっと飲み込んでいる。黒子が言い出さない限りこちらも言わない方がいいだろうと思っているからではあるが、気を遣っているこっちがアホらしいと考えたりしないこともない。
「ここです、火神君。ベンチに」
 しかし、手伝ってくれるのは助かる。
「バルコニー席に見かけるようなものですよね、これ。これを三本も使うって、そんな立派な模擬店でもするんでしょうか…」
「オレは劇の方かと思ったんだが」
「演目は何でしたっけ?」
「改訂版『ゴドーを待ちながら』」
「待ち続けるあれですか」
 一九〇〇年代半ばに上演された海外の劇作家の戯曲である。言ってしまえば〝不条理〟な悲劇で、退屈に思われるだろうし、感銘を受ける高校生の方が今日び貴重なくらいだろう。
「まあ、中身のアレンジするんだろうがセットは椅子があればいいからな。パラソルもただ並んで立っていれば十分じゃないか?」
「確かに」
 黒子は分解されたパラソル付きテーブル一式を見回す、高尾運転のリヤカーチャリで運ぶとして二巡は必要だろう。
「そもそも、オレの家には何でもあるように思われるのもどうかと思うのだが」
 どこにそんなものがと赤司だって考えた、メールの遣り取りも黒子のように他人事で済ませられなかったのは名指しだったからだ。
 黒子は表情も変えず今更という風に赤司を見遣り、
「彼のチャームのアイテムには辞さないキミですから期待されるんですよ」
 と、これまた感情もなく言う。
「単なる占いだろう」
 写真だとか小物ぐらいなら何とかなるが、パラソルなどと唐突に言われる身になって貰いたい。
「王は民衆の期待に応えるものです」
 黒子はなんとも涼しげな顔だ。アドレスさえも知ろうとしなかった過去を乗り越え用があれば連絡を取り合う、そんな関係性を築けるようになって一番嬉しがっているのは彼だろうに。
「……」
 赤司を絶対的な権力を持つ玉座の主に見立て、敢えて段差を作る。
「あ。メールです」
 わざとなのかそうでないのかが赤司には量りがたく、パラソルを開閉し、破損などを確認しながら携帯電話を見る彼を見詰めてしまうのだ。
「赤司んちってアウトドアパーティーとかよくすんのか?」
「しないな。母親がこの下にいたのはよく覚えているが」
 分かり易く黒子は携帯電話を手にしたまま無言で火神を見上げ、火神は火神でしまったという顔になる。ちなみに昔のことだ、赤司自身、それで感情が細波立つようなセンチメンタリズムは持ち合わせていない。
「高尾君、坂のところで難儀しているみたいです。ボク手伝ってきます」
 火神は黒子の後ろ姿を見送りながらもごもごと詫びた。気にならないことを済まながられても困る。赤司は気にするなと応えた。パラソル三本とそれを備え付ける円形テーブルと椅子、探せばそんなものが家にはちゃんと眠っており、赤司とて倉庫で手にするまで忘れていた。パラソルの下で揺れる長い髪よりも、淡く跳ねるように見える彼の髪の方が、今の自分を疼かせる。
 鮮明で手に触れられるそれを、本能が選択する。
「火神が頻繁に日本に来るのは牽制だと思っていたんだが」
「は? ケンセイ?」
 椅子のがたつきを見ていた火神が顔を上げた。
「今回の緑間の件で結びついたよ」
「……」
 相手は警戒するような眼差しになる。
「中学の頃は青峰やら黄瀬が番人のようになっていた。当時のオレはそれが単にウマが合うだけの幼稚な仲間意識だとの認識で己の気持ちにすら気付きもしなかったんだが、二人は本能的に察していたんだろうな、改めて自覚すると分かるよ」
「…番人て何だよ? ゾーンか?」
 声は低い、赤司の言葉一つで飛びかかろうかとする準備でもしているようだ。
「そうカリカリするな、どうこうしようって話じゃない」
「今更洛山にスカウトか? どっちにしろアイツにどうこうしたらオレが許さねえよ」
「そうだな。スカウトでもない、所属チームは黒子が既に決めているんだからな。高校では火神が黒子の番人だ。現在、砕けるつもりもなく決めた相手を攻略しようと奮闘しているところなんだが、この友人である番人は当たり前のように立ちはだかってくれる」
「……あ?」
 火神は噛みつきそうな険悪さを消し、暫く呆けたように黙ってから、首を傾げた。
「決めた…? え? 立ちはだかるってオレのことか?」なんだよそれ?
「黒子を狙っている」
「は?」
 ぴんとこないらしい。
「まあ、オレとしても気付くのが遅いというのが手痛いところなのだが、要するに好きだということだ。そして何人にも譲る気はない」
「え? 黒子の意思は?」
「そこは彼の自由に決まっている。オレを選ぶよう努力はしているけどな、手に入れたら勿論大事にすると誓う」
 彼の笑顔が見たい。自分を共に歩む〝たった一人〟にして欲しい。つまりはそういう意味だと理解したらしい、火神はぐりんと機械じみた首の動きで赤司に目を向けるものの、言葉を忘れてしまったかのようで二の句がつげないでいる。
「…あ、そう」
 暫くして、ぽとりと落としたかのように呟く。もう少しは驚くかと思っていたが、あっさりしたものだった。
「それで本題なのだが、あちらのハイスクールでは確か学校外活動の単位があるはずだ」
 所属するスポーツクラブの結果や学業成績だけではなく、地域発展の文化交流やボランティアなど社会の慈善活動に加点される制度である。団体や教会、養護施設などが報告書を学校側に提出し、評価の対象になる。
「……」
 図星と言わんばかりにひくっと眉を蠢かす。
「聞き流してくれて構わない、オレが確認したいだけだからな」
 赤司は視界にリヤカーを引いた自転車が姿を現すのを待ちつつ続ける。
「火神の目的は学校外活動の単位としよう、日本文化の何かについてレポートを出せばそれでよしとされる」
 相手は暫く黙ってからまあな、と不貞腐れたように応える。
「それだけじゃないな?」
 腕を組み、敢えて火神を見ずに返すと、それこそ大袈裟な溜息を吐くのが聞こえた。
「赤司って面倒な奴だよな」
「褒め言葉と受け取ろう」
「…黒子には言うなよ? オレはあっちじゃまだ明らかに技術不足だ。練習してぇんだけど、やらしてくんねーんだよ。筋トレとかが嫌ってんじゃねえけどよ、ストリートも出来やしねえ。それに創立記念のレセプション参加だとか、アメフトの交流試合だとかで…」
 なるほど米国はバスケットボールもメジャーなスポーツだが、アメフトや野球も負けないくらいに熱い。日本の学校でも野球やサッカーに力を入れている高校があるように、あちらでも全生徒参加型の催しもあるだろう。火神の口ぶりからして盛り上げるためにもやや強制的な部分もあるかもしれない。それにハイスクールでは日本のような全国的な大会が存在しない、彼の焦れる気持ちも分からないではなかった。
「管理されると思うより窮屈で、それで学校外活動としてこちらに来るということだな?」
「ズバッと言ってくれるなよ。カントクもチーム錬に参加させてくれっし、キセキともバスケ出来るしよ。そういうの言っちまうと黒子はうるせーし…」
「……」
 黒子なら彼のために厳しいことを口にするのだろう、火神は甘えているのだとか。もちろん火神だって自覚している、こちらで乗り切る方法を模索しているところで、だからこそ言われたくない、とそういうことだ。
「それで喧嘩別れでもするならば、オレとしたら清々する」
「うわ、本音かよそれ。お前って…」
 心底嫌そうな顔だ、言って後悔したと思っているのだろう。火神が抱いている友情とで異なっているのはそこである、赤司はまるごとの彼を独占したいのである。
「うっわ、スゲー、マジである!」
 ぎしぎし言わせながらリヤカーを引いた自転車と軽快な高尾の声がした。
 とはいえ、黒子が大事にする友情を引き裂くつもりはない、と言うと火神は胡乱そうに赤司を見、むっつりと黙る。
 
 
 潔すぎる告白に火神はあらゆる疑問を吹き飛ばしてしまった。
「赤司君のクラスは何をするか決まっているんですか?」
「エセプロジェクションマッピングの美術展示のクイズをする」
「そんなこと出来るんですか?」
「ああ。エセだから〝らしきもの〟でしかないし、大掛かりなものでもないよ。プロジェクターは学校の備品を借りるから」
「準備の方が大変そうですね」
「うん。だが、楽しんでいる」
 赤司の返答に黒子はにっこりする。誠凛の方は既に終わっているが、紫原以外のキセキの人間が集まったそうだ、よりによって夢見の悪かった早朝にそのメールと画像が送られてきた。スマートフォンを投げかけて火神は手を止めた、腐っているからって、それは火神だけの問題で、別々の時間を歩いている彼らに非はない。ただ『お前も元気にやっているか』とそう問いかけているのだ。脳天気に笑う前チームメイト達には腹立たしくなったが、誰もが何の悩みもないわけじゃない。戦力を失った誠凛は呆気なく上位から陥落したと、調べた雑誌の記事にはそう書かれていて、俯くしかなかった。
 いてもたってもいられず、日本行きのチケットを取った。
 一回だけだと思ったが、赤司が指摘したシステムがハイスクールにあるのを知って、二度三度と来てしまった。ナッシュみたいにバカにして揶揄する奴もチームにいる、だけど火神は気にしない。
「……」
 うん、まあそれはそれだ。
 パラソルとその他は高尾達が運んでいる最中である。緑間は火神と黒子が手伝うと言ったのを断り、秀徳バスケ部のメンバーを呼び出した。そこで意地を張らなくてもとは思ったが神の思し召しならば抗うまい。緑間の好きにさせることにして、赤司と黒子と火神は茶を飲んでいるというわけだ、こののんびりした時間に火神は居心地の悪さを感じずにはいられない。ていうか、そもそも待ち合わせた場所も見渡す限りの緑しかない公園みたいだし、合図もないのに勝手にテーブルだとかティーセットが運ばれてきたのには正直引いた。赤司の家って。
「……」
 赤司って黒子がいいっつってんだよなあ。
 火神としては赤司はやっぱり危険人物だ。粗野でも乱暴でもない彼のどこが危険かと問われても詰まってしまうのだが、何というか、勘が彼らを二人きりにしない方がいいと忠告していた、それは拳の類ではない暴力的な何かを赤司には感じられてならなかったからだ。黒子にこんなことがあって、彼はもう落ち着きましたよと言われても、同じチームとしてバスケをしても欠片みたいなものが残っていて、拭いきれない。
「火神、足りるか?」
「おう」
 お上品なホットドッグに揚げたてみたいなポテトチップスさえある。質がいいから量に文句は言わない。
「楽器は個人で浚えばいいし、どちらかというと後夜祭の方が気を抜けない」
 後夜祭ではどんなことをするんですか、と黒子は問う。妙に熱心だ。誠凛では何かしらのサプライズが用意されており、今年は教職員達のパフォーマンスが披露されたそうな。
「主にステージパフォーマンスかな、最後に宝船を浮かせて、花火が上がる」
「花火?」
 どこのランドのセレモニーだ。
「不要になった展示物はもう燃やせないから代わりに打ち上げるようになった。宝船は雨天時に講堂だかで急遽行ったのが始まりだったそうだ。何しろ伝統だから妙なジンクスまで定着してな、聞くだけなら愉快だが、毎年何かしらの騒ぎが起こる」
「なんだか幻想的ですけど」
「上手くいけば」
 日本の打ち上げ花火の技術は有名だ、凝ったものが多いと火神も感心したものだ。
「後夜祭で花火となると色恋がどうとかありそうですしね」
 黒子が尤もらしく頷くと、赤司はそれを取り締まるのが役員の務めなんだよ、と息を吐いた。てんで憂いているようにも見えず、寧ろ楽勝そうだった。
「惚れた腫れたにはなるべく関わりたくないものなのだが…」
「馬に蹴られますから」
 カップを持ち上げて黒子は同情ともつかない声を出す。サンドイッチを食べながら火神は改めて二人を見た、どこからどう見ても普通のティーブレイクだろう、黒子と赤司はお行儀が良いものだが、火神だって大人しくしている。腹を満たすばかりでなく、このパン旨ぇなと味わうくらいにはちゃんとしているのだ。
「練習もあって大変だろうが、来れるかい?」
「え?」
 黒子はクッキーを手に赤司を見返し、食う。
「いや。黒子が楽しそうに聞くものだから」
「あのフリフリ衣裳で黒子を悩殺するつもりか?」
 冗談のつもりである、赤司はにこりともせず、ついっと聞き流してくれた。
「招待用のチケットがあれば入れるし、後夜祭も一般参加が認められている」
「チケット制なのかよ」
 縮小せねばならない赤司の学校の事情こそ知らないが、その厳重さに思わず呆れてしまう。だが、顎の下にゆっくりと指を組んでみせる赤司の目は熱が入っており、火神が余計な言葉を挟むのも控えられた。
「それが先刻、高尾君から学園祭用の金券を売りつけられたんですよね…」
 その熱を知ってか知らずか、黒子は飲み込んでからぼそりと嘆く。
「なんだその押し売り」
 赤司は目を瞬かせてからむっとしたように黒子に顔を寄せる。
「ボクを責めても」
 黒子は粉砂糖をまぶした丸い菓子を食べ、紅茶を啜る。
「…それってよー」
 模擬店のバニラシェイクにでも釣られたに違いない。あれはアイスを売るようなところでなら作れるものだし、黒子のために頼んでおくと言われれば悪い気はしないはずだ。火神も黒子に物を食わせるためにニセバイラシェイクを作ったことがある。
「大方好物を餌にでも言われたんだろ? 黒子ってチョロいよな」
「火神君」
 窘めるようではあるが、否定はしない。
「まあ秀徳なら時間も取れそうですし、開放時間も長いそうですから」
「……」
「何だかんだで誠凛にも来てくれましたし」
 と、弱ったようなはにかみは楽しかった時間を物語る、付け足すように、赤司君のコスプレとか本当に拝めないのが残念です、と口の端に白い食べかすをつけたまま黒子は屈託なく続けた。
「男子諸君の彷徨う恋路を狙うばかりの女装とか、画像お願いします」
 なんか抉ってないか? もはや黙っている赤司が不憫でならない。そっと視線を向けると赤司は表情こそ平生さを保ってはいたが、ぴくりともせずびりびりと身体から得体知れないものを放っていた。
「えっと…」
 赤司が無駄にエネルギーを放出しているんだけど、いいのか黒子。ていうか、オレが本能で感じた暴力的なやつってこれなの? つまりこいつらほっとくと赤司に黒子が食われかねないっていう危機感を抱いていたのか?
「あー、黒子…」
「大変でしょうけど、キミが楽しそうで何だかボクも嬉しくなってしまいます。赤司君が色々と頑張っているんだからきっと今年の文化祭は大成功ですよ」
 赤司の様子に気付いていない黒子は、いつも通りに振る舞う。正直で、前向きで、仲間思いだ。
「……ああ」
 赤司は、そんな黒子の普通さに毒気を抜かれたようになっており、改めるみたいに深呼吸をする。
「上手くいくように」
「祈ってます」
 ふっと笑う、赤司はそっと手を伸ばし、指でその口元についた食べかすを取ってやる。
「あ」
 それからとぼけたように呟く黒子の前でぺろりと舐め取る。
「甘いな」
「はあ」
 火神は思わずおい、と立ち上がろうとして、背後からの凄まじいほどの軋音に気を取られる。それこそ眠っていた大型車両でも無理矢理に引き摺り起こすような音だった。当然、赤司も黒子もそうだ、目を見開いて音のした方を向く。
「え、な…?」
 ギャアともギイとも擬え難い音だ、耳の奥を引っ掻くように響く。耐えきれず火神は耳を塞いだ。
「何なんですか、この重低音。赤司君の御屋敷の方じゃ…」
 赤司はというと、チィッと火神にも分かるような舌打ちをして黒子の腕を掴む。
「黒子」
「は?」
「訳あって親に紹介する。この場を切り抜けるためにも全てオレに合わせてイエスと答えてくれ」
「……」
———ガチャンッ!
 と、軋音の轟きのフィナーレは空に抜けるようなこれまた重厚な一音だ。タクトを揮われたオーケストラがぴたっと演奏を終えた後みたいに元に戻る。
「…あ?」
「余興の一つだと思ってくれ、頼む。あの人が本当に見に来るとは思わなかった」
 黒子はきょとんと赤司を見ている、火神は何があったんだと思いつつ背後を見、黒子達に目を遣るが、赤司は早口ながらも滑らかな口調で続けた。あの舌打ちとか、この真剣さとか何なのだ?
「…赤司君何かしたんですか?」
「反抗期中の息子だから色々と」
 しれっと悪びれもないから嘯いているに違いない、となるとあの音の主は赤司の父親か。ヘリだとか専用ジェットという風でもなかったが、登場としてはいかにも赤司の親らしい。
「……」
 絶賛反抗期中の息子がお行儀良くティーブレイクなんてするものなのだろうか。だが、火神も人の子だ、孝行だけではない、子だけに見える粗や苦み、穏やかならざる心情を抱えているものだし、父親に対しての気持ちだってなんとなく察せられる。きっと黒子だってそうだ。
「いいですよ、キミの頼みなんて珍しいですし」
 だから請け負う。
「悪いが火神、緑間達が来たら残りを乗せてやってくれ」
 決まったとばかりに赤司は黒子の手を引き、まったく見えない屋敷の方へ行こうとする。火神は椅子に座り直し、手を振る。好きにしたらいい、こちらは飲んで食って緑間達を待つだけの簡単なお仕事だ。
「赤司君、お父さんに芝居を打つつもりですか?」
「まあな。不条理に待っているんだから行かなければ悲劇的な結末になる」
 ていうか、話についていけない。
「理屈ですね」
「先に終えた黒子が取り残されたような顔をするから舞台に引き上げるまでだよ」
「屁理屈です」
 火神からすれば意味不明な会話を弾ませながら二人は歩いて行く、気付いたように赤司は再び黒子の唇を指で擦り、黒子は黒子で嫌がる素振りもなく、顔を指差して何かを言っていた。
「まんざらでもねえのかよ…」
 呟く。
 がたがたと音がして、通路側の木立の向こうから二巡目の荷物を取りに来た高尾と緑間の声がする。
「うおーい、なんか高級車に追われてきたんだけどさー」
 
 
 
 
 

181013 なおと

 
 
 
 

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ハロウィーンよりも学園祭をとりました。
ごめんよ、ストバスに二号を出したがったのだけど出せなかったよ…。
更にタイトルはいい加減です。