黒バス_30

 
 
*赤司と黒子と紫原と火神と氷室がいます。
*陽泉の二人は好きみたいです、絡ませたくなる。
*あとかがみんとくろこっちも仲間!って感じでいて欲しいんですよね。
*バレンタインの話は出ているけどチョコは出ません。
*乙女達がきゃっきゃするのを見ているのが男だから(ということにしている)。

 
 
 
 

【PDF版】<<※作製は未定です>>

 
 
 
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キミたちに足りない甘さ
 
 
 
 ボク、雪とか雨とか、天候を利用したトリックとか好きなんですよね、と黒子が言う。黒子はちょうどいま、この季節に合ったミステリー小説ばかりを読んでいるらしい。
「えー」
 紫原は渋い顔をして唸る。
「そういうレベルじゃないから」
 メールで写真を送っても、紫原がどう頑張って伝えたとしても実際に見なければぴんと来ないだろう、自分も実際に経験するまで雪の捨て場が必要という降雪量についててんで理解していなかった。
「ひと死ぬレベル、マジで」
 相手はそうなんですか、とやっぱり分かっていないように応える。焦れてしまう、雪に阻まれて思いたっても気軽に外に出られない、そして目当ての菓子を入手出来ないのは紫原にとってそれなりのストレスになるのだ。
 黒子と話すのは彼の誕生日以来だ、ちょうど髪を切ったくらいのころで、そんなに時間は経っていない。けれどもまた髪の毛を切れと荒木監督からは厳しく言われている。こめかみに掛かる髪を払ってから紫原は窓の外を見た。冬になってから当たり前のように降るのは雪だ、うんざりしている。これがあとどれだけ続くのか。
「…バレンタイン向けの商品だから十四日までなんだよね」
 届く電波の先にいる黒子はとはいえ全国分は無理でしょう、と苦笑して返す。
「四国の瀬戸内レモンチョコレートフレーバーと九州の宮崎マンゴーチョコフレーバーは東京駅のとこで売るっていうからさー」
 黒子はどこで情報を得ているのか、補足のように、ゴーヤチョコフレーバーとかたこ焼きチョコフレーバーなんて罰ゲームですかね、と続け、どうして北海道はミルク味噌フレーバーになったのか、と小さく嘆いた。ミルクならバニラときてもいいと言わんばかりだ、それは紫原も思う。今年の『まいう棒』は二月のバレンタイン用のラインナップに地域性を生かしたフレーバーを揃えるなど頑張ってはいるが、罰ゲームみたいに一部わざとハズしていたりしている。まるでマーケティングとか考えてないんじゃないのかと思ってしまうが、作る方は大真面目なのだろう。王道の苺チョコフレーバーは関西と関東、北陸は梅ホワイトチョコフレーバーだそうだ、こちらもレアで実にそそるが黒子は想像するに複雑すぎる味にしかならない、と手厳しい意見だった。
「じゃあ、ボクはその瀬戸内レモンと宮崎マンゴーと苺でいいんですね?」
「うん」
 電線に積もった雪の塊が落ちる。凍るとあれも凶器だ、黒子に話したらそれもミステリー小説のトリックアイテムめいているとか言うのだろう。自然現象は良くも悪くも人の思惑にはお構いなしだが、道具にされるのもどうか。
「買ったらなるべく早く送るように…」
「黒ちんさー」
 遮って紫原は言った。
 雪かきはマメにだとか、水道管だけでなく水分があれば凍るのが当たり前だとか、歩き方を気を付けなければ転んでしまうのだとか些細だが面倒なことを彼にも教えたい。
 あとあとそれと。
「こっち一回、来なよ。そしたら雪のこと分かるから」
 
 
「…で、何がどうしてこうなった」
 天気は上々だが、きんと凍えた空気に身体が固まってしまう。火神は慎重に口を動かす、息でさえも白いのだから言葉となるとそれこそ白の塊だ。
「こういう雪は外出ていいやつじゃねえだろ? 話しても口から魂抜けているみたいだぞ」
「大丈夫だ。魂は口から出てこないし、物性としても不確かで論拠がない。十九世紀に測量された時点でおよそ一オンスの半分から四分の三程度とされたが、そもそもが断定的な数値ではなく、いまや細胞の死滅による生理学的な現象であると実証されているから、形骸化された観念にすぎないと思った方がいい」
 と、言っておきながら本人も口を閉じて黙らせる。呼気がそのまま顔に貼り付きそうだからだろう。
「……」
 そもそもそんな小難しい言葉で火神は説明されたいわけじゃない。
「こまちに乗って雪に学ぶツアーです」
 小粒ほどの白さを負けじと吐き出している黒子は手袋をした手に荷物をぶら下げ、いまさら何を言っているのかという顔だった。冬生まれめ。
「意味が分かんねーよ」
「いいじゃないですか、雪上でのトレーニングは下半身強化にもってこいだというし、氷室さんだって待ってますよ」
 噂をすればと言ったところだろうか、タイミングよく火神の携帯電話が着信を告げる。
「あと赤司君、緑間君みたいです」
「そうかな」
 迎えに向かっている氷室は少し遅れるからと店舗を指定し、待っていて欲しいと伝えてきた。雪のせいだろう、軽い舌打ちをして仕舞う。ポケットに入れていないと手もかじかんでしまう。
「じゃねえよ」
 これは八つ当たりではない、一応。
「何で赤司までいるんだってことだ」
「気にするな。オレも丸め込まれてしまったようなものだから」
 とか言いつつもまんざらでもなさそうで、ちょっと浮かれてるような様子が別人を思わせたがそれは火神だけに見えたからで、黒子の方は動くランドマークを探しているのか往来を見回している。
「火神君、いまのは氷室さんからですか?」
「あー。なんか遅れるみたいだから店の中で待ってろって」
「……」
 赤司は無言で腕を組む。
「寒いだろう、黒子。移動しよう、火神、店舗の場所は聞いているか?」
 氷室はエリアだけを指定している、カフェに甘味、落ち着いたところを伝えておいてくれとのこと。
「とりあえずトウホクの人は食わせるのが好きだから行けば何とかなるって」
「そうなんですか」
 インフォメーションで聞くと氷室が指定したところは飲食店が取り揃えてあった。全国展開されているコーヒーショップでは旅情も薄れる、折角だからと選んだのは落ち着いた趣の甘味処で、囲炉裏が切ってあった。シブイのと女子が好みそうな雰囲気とが同居している、お馴染みのマジバは近くにはないらしい、あらかじめそこは調べていると偉そうに黒子は言っていた。
 うどんを一つと汁粉を三つ注文する、漬け物がついてくるそうな。店内はあたたかで、餅をわざわざ囲炉裏の網の上で焼いているのが面白かった。
「弁当だけでは足りなかったのか?」
「なんとなく」
 火神は先に来たうどんを啜る。寒いと体力が奪われるような気がいつもする。黒子と赤司は行儀良く汁粉を食べていた。食べていてだが空気が、東京と違うと思う。妙に静かなのだ。店内はそれなりに他の客もいるし、静かにラジオだろうか歌声やら人の声が聞こえるのだが、ざわついた中にいる感じがしない。
「黒子のその荷物はやはり菓子なのかい?」
「あ、邪魔ですか。紫原くんから頼まれたんですけど」
「……」今かよ。
 ご丁寧に黒子は説明しだす。東京からずっと後生大事に抱えており、火神も買うのに付き合わされたものだ。計画性があるように見えて黒子はたまになく、これだって本当は氷室に渡す手土産を黒子も探してくれるという話だったのだが、気付けば火神の方が彼を探し回ったという有様だった。まあ目的の品は手に入ったのだが。
「うわ、マジ来てるわー」
 気怠い声が上から降ってきた。
 
 
 大量の雪を見ている。なるほど、これでは像にしても有り余る。
 雪掻き要員として全員が駆り出されるのも頷ける話だ、実家に戻っているという留学生の代わりに召喚されたのではないかと火神は手渡されたスコップを見て率直に考えた。学校側の地域交流の一環だそうだが、雪はここまでくると切実な問題でどうにかしないとダメなのは分かる。でもって、火神なりに慣れないことを黙々とやるのは大変だがなかなか雪掻きは楽しいというか、ハマる。
「腕の力だけでなく全身を使わないと痛めるぞ。あと、滑る」
「まさこちん、それ禁句じゃね?」
「…あまり足に力を入れすぎても転倒するから気を付けるように」
 美人監督は言い換えてから、紫原のように、と付け加えた。紫原は嫌な顔をしてみせた。
「アツシは走ろうとすると転ぶんだ」
 氷室が教えてくれた。
「ほんと、歩きにくいし、洒落になんないんだから…」
 今日は晴れているが、雪が降って、降りまくっているという。
 雪掻きをいくらやっても追いつかない、だから陽泉の選手は練習するための道を自ら拓いたりしなければならず、紫原でさえ遭難しないために雪を集めたりしているらしい、だからぶつくさ言いながらでも捌くのが上手い。
「かまくらも飽きたよ〜」
「秋田だけに」
「…黒ちん面白くない」
 火神が雪と格闘している間も紫原と黒子はふわふわ会話をしている。赤司は近くでそれを耳にしながら、無表情にてきぱきと雪を割っては彼らに振ったり、片付けており、氷室にしきりに感心されていた。
「悪いな、折角来たのに」
「いや。なんつーか、砂とも違うな、雪って」
「そりゃそうさ」
「全身の良い運動になるってのはほんとだな。庭ではどんな像作ってんだ?」
 火神達は、荷物を置いてすぐ雪掻きの道具を持たされた。紫原が生活する寮の近くにある教会とその併設の幼稚園の雪掻きのためである。火神達は幼稚園の入り口付近を任され、監督と他の部員では園庭から教会の入り口を担っていた。氷室によれば雪下ろしもするので雪に強い部員達が雪像やら園庭に回されているらしい。
「animals…じゃないかな」
 と、氷室は少し考えるような顔をする。
「…maybe…」
「タツヤも分からないようなもんか?」
 雪像は、芸術的センスに恵まれたチームで作るわけではないから、『らしきもの』というオブジェとなる。昨年ボランティアの方々と頑張ったヒット映画のキャラクターは見たことのない妖怪のような形になったので今年はどうなることか、と英語で伝えてきた。つい苦笑してしまう、残念な像になるのも仕方ない話だ、せめてチャレンジ精神は買うべきじゃないだろうか。
「氷室さん、終わりました」
 赤司が声を掛けてくる。汗も掻いた様子もみせず、涼しい顔をしている。気を抜くとこちらは転びそうなのに、なんか腹立たしく、羨ましい。黒子達の方を見遣って除雪の範囲を広げようかと訊いてくる。氷室は、ああ、と手を打つ。良いアイディアを思いついたとでも言うように。
「雪像はどうかな」
「え」
 チャレンジすんのか。赤司も。
「……」
 火神が見ると赤司は表情が薄いながらも作ったことはないが、きっとやれば出来るだろうと言いたげな顔をしている。園庭の方でどさっと重たい物が落ちる音がした。思わず振り向くと、屋根の白く覆われた部分がこそげ落ちている、黒子がおおと口を開けていた。火神と同じだ。火神達に気付くとすごいですね、と口を動かしてみせる。
「黒子、感心しないでもっと早く手を動かしてくれ」
「火神君より早いですよ」言ってくれる。
「……オレは雪に慣れてないだけだ」
 事実、火神は下半身のバランスを取るのに苦労していたりする。コツだそうだが、雪上に上手く乗れず、足を滑らせていたりする。ええい、冬生まれめ(偏見)。
「火神はまだ重心の取り方が掴めていないようだな」
「そんなん慣れだよ〜」
 言いながら紫原はポケットからスナック菓子を取り出す、おやつの時間の始まりだ。氷室が渋い顔をする。
「アツシ」
「むろちんも食べる〜?」
「もはや何でもアリですね、まいう棒」
 窘めもせず黒子が言うが、その声は呆れているようだった。
「ありがとね〜」
 わっしわっしと手袋をしたままの手で黒子の頭を撫でまくる。包装からして、黒子が買ってきたもののようだ。赤司は許しているのか、そもそも関心がないのか黙っている。
「黒ちん、ホットチョコレートの作り方知ってんの?」
「はあ。ココアなら」
 何を言い出すのか。氷室は溜息を吐いて、あっちを見てくる、と園庭の方に向かっていく。火神も注意しながら足を置くようにして雪上に立ち、雪の中にスコップの先を投げ遣る。さくりといい音がした。
「お礼に地獄のように甘いマシュマロホットチョコの作り方教えてあげるー」
「地獄って」
「赤ちんには地獄の責め苦みたいなもんだと思うし」
「そこで何故オレが出てくる」
 すかさず挿入される赤司の問いをさらりと流し、紫原は続ける。
「黒ちんはバニラシェイクでもいーんだろうけどさ、あったかいバニラシェイクなんてないでしょ。代わりにでも知っといても無駄にはなんないよー」
 あったらあったで黒子はそればかりになってしまうだろう、黒子の好物へのこだわりっぷりが実は火神にもよく分からなかったりする。好物はあるけれど、なければ代用品で済ます。黒子はそこらへんは妥協しないようだ。
「いえ。そこはやっぱりバニラシェイクに失礼ですし、あれ以上の物は…」
「意味分かんないし」
 火神もだ。
「……」
 赤司はどうか、知らない。
 
 
 教会では休憩時にクッキーとミルクティーを振る舞われて、少しばかりは落ち着けたものだがつまむ程度で、健全なる男子高校生の腹の足しにはならない。
「寮に戻ったらさして待たずに夕食になるよ」
 諦め半分で氷室は紫原と火神に教えたのだが、二人は知らん顔で売店を目指す。
「黒子、甘酒があるようだよ」
「あたたまりそうですね」
 残りの二人まで同調する始末だ、氷室は黙って後をついていくことにする、目くじらを立てたりするつもりはないけれど、個性的に奔放なのが四人かと思うと引率者のような気分になる。
 売店で売られていたのが酒粕の甘酒であることに東京から来た三人は目を丸くしていた。
 秋田は米の産地でもあり、水が良質なため、酒も得意だ。氷室もこちらへ来て初めて飲んだが、身体が温まるし、味も濃厚なのに生姜に負けず、口当たりもやわらかいのがいい。赤司も初めてらしい、日本酒の匂いではと困ったように言っていたが、一口飲んで黙った。アルコールは飛んでいるし、甘酒なのに甘さもきつく感じられないからだろう。
 入り口の雪を除け、庭にかまくらと雪像を作りって雪掻きは終わった。
 殆ど一日仕事だった。荷物をバンに乗せて監督は先に戻り、現地解散で、氷室達は寮まで歩いて行く。途中で行ける古民家があるので立ち寄ることにする。この豪雪にもびくともしない威風堂々とした建物はそこそこの観光スポットだ。久しぶりに見る夕陽が眩しかった。
 紫原は赤司と黒子を連れて同じ敷地にある史跡を見に行っている。火神はというとここへ来るまで二回転び、甘酒を手にベンチで休んでいる有様だった。除雪後のうっすらと雪が残っているところは確かに滑りやすいが、火神の場合はもはや才能だ。
「雪とかもう…」
 懲り懲りだと言いたいのだろう、明日はソリにスノーモービルや雪上エンジョイ体験をさせるつもりなのだが。
「アツシは多分だけど、見せたかったんだと思うよ」
「……」
 火神は身体を捻って椿の雪を掬う。まだ堅い蕾ばかりというのに雪の中で赤く咲く花は健気にみえる。
「彼にとっては有り得ない雪だとか、この景色とか」
「…そっか」
 小さな雪玉を作って投げ遣る。それは自販機の横をすり抜けて音もなく着地した。
「オレも今年で見納めだ」
「あれ、そうだっけ?」
 どこか言い方が白々しくも聞こえる。
「三年だし、オレももう卒業するんだけど」
「あー…」
 うん、と小さく頷く。
「だな、そうだよなー」
「sad? Why are you depressed?」
 火神は甘酒を啜ると白い息を吐き散らした。
「…何か先輩は引退しちまうの分かんだけど、タツヤはなんっか六月までいる感じがしてさ」
 それは間違いではない、氷室は大学進学は日本ではないけれど、しばらくは日本にいようと思っている。
「アツシはいつまでいる気だとか言うけど、頑張っているみたいなんだ。タイガとは対照的だな」
 言うと、うーん、と歯切れ悪く応えてぼりぼりと頭を掻く。言葉を探しているようだ。
「つーか」
 本人にも似合わないと分かっているのだろう、顔がぶすくれているようだった。
「今まで考えたことなかった。オレ、後輩初めてだったし、あいつら見て、そんで先輩たちがいなくなるんだって考えるとバスケはやれっけど、何が残せんのかなあって思うようになった」
「……」
「って、ウィンターカップが終わって黒子とフリとかに責められて気付いたんだけど」
 いままで上に対し、刃向かうばかりだったのが後輩指導について自覚したということか。エースを背負っているくせに引っ張るべき存在がこれだと黒子もさぞ苦言を呈したくなるし、喝を入れたくもなるだろう。思わず噴き出しそうになるのを堪えるべく、カップで口元を抑えて軽く咳で誤魔化した。
「…んだよ」
「何も言ってないじゃないか」
「ブッフーって聞こえた」
「それはひどいな。タイガの聞き間違いだよ」
「んなわけねえ」
 火神は機嫌を損ねたように膝に頬杖を突いてぷいっと顔を横に向けた。
「……アツシも、きっとそうだ」
 そうかよ、とまた投げ遣るように返ってくる。氷室は三月になれば卒業する、進学先は決まっているし、退寮の日に向けて徐々に荷物を減らしているところだ。紫原はそれを見ては邪魔だの何だのとうだうだ言っているが、自分達が送るのだということを何でもないような顔で慣れさせようとしている風に見えなくもなく、だからこそここのところ彼には甘くなっているのかとふと思い返したりする。
「残り僅かだって気付かなきゃオレ達は動けないようにセットされているのかもな」
 火神は頭を上げて氷室を見る。
「……」
 腑に落ちたような顔。というか、むしろ喜色は見えないにしろ、やや沈みがちだった目に光が宿り、天啓でも受けたくらいかも知れない。
「まあ入学するまで時間もあるからあちこち回ろうとは思ってるけど」
 そして、道は続くのだ。巡礼者を導くかのように。
「これ、甘いんだか辛いんだかわっかんねーな…」
 呟くように火神が言う、ここ来なきゃ絶対に飲まねえ。
 
 
 火神君、ちょっと悩んでたみたいなんですよね、と黒子は言った。昨日降り積もった雪を新しく踏み固めるのが楽しい。除雪されているところとそうでないところがあって、こちらは手つかずになっている。単に何もないから何もしないのだと紫原は言ったがさらさらと粉雪が風に流され、雪をいただいた景色も情緒がある。とんでもない雪の量ではあるけれど、ほぼ真っ平らで、そんな雪原にぽっかりと黒くある穴は池らしい。雪を払われた立て札はこちらから見ると裏側だった。
「へー」
 紫原は相槌は打つが、てんで興味がなさそうだ。
 池はすぐにも落ちそうな茜色を鈍く弾いている、心なしかこぽこぽと音が聞こえてくる。赤司が回流式かと問うていた。
「んー…、知らね」春になったら魚とかいるけど。
 残念なガイドだ。不案内さに怒りもせず、穏やかな顔で赤司は池を見、黒子を向いた。
「それで火神を?」
「くろちん、お節介」
 その通りだが、言わせて貰う。
「責任を感じたんですよ」
 火神は一匹狼を気取る悪いクセがある。悪びれる青峰と似ていると思うが、わざとらしさがないぶん、火神の方がガードは堅く、黒子もついムキになってしまったのだ。彼の、投げ出しているような態度は気に入らなかったが後輩についてだとか、今後については本人が自覚すべきことであって、黒子はきっと強く言わない方が良かった。あれでは押しつけだ。どうしてもっと上手く言えなかったんだろう、黒子にとっては小さな棘みたいに残っている。
「黒子のせいで火神が沈んでいると?」
 そうには見えないけどな、と赤司は静かに言う。
「食う?」
 紫原がスナック菓子を差し出してくる。二人とも無関心そうな顔で、気遣っているのが分かった。というか、触れもせず、よほどのことを言い合ったとすら考えているのかも知れなかった。
「大したことではないんですが急所を突いてしまったみたいで。あそこまで引きずるとはボクも思いませんでした」
 へー、と、そうか、が重なる。
「それで気が晴れるかは火神君次第ですが」
「連れて来といて、突き放してんのー?」
「相変わらずだな」
 二人の口からもわもわと白く濃い息が吐き出された。同じタイミングで甘酒を飲んだのだろう、耐熱容器に入れられたにしろ暫く全員が飲めない熱さだった。
「ボクに出来るところまではしました」あとは氷室さんにお任せします。
 ぱさりと背後で雪の落ちる音がした。こぽこぽと規則的に繰り返される水音は、雪に覆われようとも誰に忘れ去られそうでも関わりなく、ただ懸命に回流を促している。
「そんなわけで」
 溜め込んだ呼気はすぐに大気に溶けてしまう。
「紫原君、この景色を見せてくれて有難うございます」
「……」
 紫原はむっと口を引き結んでから、ちげーし、とそっぽを向く。照れ隠しなのか、空になったカップを握り締めてさくさくさくといい音を聞かせながら柵に沿って先に歩いて行ってしまう。その足下で道案内のように南天が植えてあるのが可愛らしかった。
「ほんとに、悩みなんてどうでもよくなるレベルの雪です。想像以上でした」
 雪に慣れない二人はゆっくりとそれを追う。
「確かに」
 丸め込まれて正解だった、とのんびりと話す赤司の横顔に胸がほこほこする。
「赤司君もどうぞ」
「うん?」
「ボクの残りですが」
 まだ温かみのあるカップを赤司のカップに寄せた。相手はしばらく黙ってから、それを取り替える。温まるとかそれ以前に冷めにくいうえに、甘い、赤司には飲むのもひと苦労だろう。付き合いで買ってはみたが止めておくべきだったと内心で後悔しているのはなんとなく察せられていた。
「助かる。実は舌を火傷してしまって、味がよく分からない」
「ですよね」
 ほっとしたように白状する、赤司を落とすのは手強そうで容易い。中学時代の部活の友人なんて通過性の付き合いでもいいかも知れないが、自分には帝光時代のメンバー達は国際機関においての常任理事国並みの意識はある。同じ会議のテーブルにつくことはないにしろ、現在もそれぞれの場所で高みを目指し、鎬を削り合っているのだから彼らも皆無であることはないだろう、そんな黒子がいそいそと雪に相応しい本を探してしまうくらいなのだから、赤司が紫原が送信してくる写真を見て何も思わないはずはないし、今日のことも黒子が何を言うまでもなかった。
 耳を澄ますと静けさの中に足音に混じってこぽこぽと水の音が聞こえる。
「些少ばかりの甘さを受け取ってください」
 いいや、と赤司は小さく笑って否定する。
「黒子が先に飲んでいるんだからオレには倍は甘いよ」
 照れもせず、冗談にも聞こえなかった。
 
 
 
 

160213 なおと

  
 
 
 
 
 
 
 

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酒粕の甘酒は好物だったりします。
…まあ、火神っちとか赤司さんは苦手かな、と。
でもチョコ以外の『甘いもの』を与えたかったので、赤司さんのぬるいと見せかけての直球の攻撃です。

三月開業の北海道新幹線記念というのではないのですが、冬に寒いところへ、
というのは雪に慣れていない人間にとってはいいなあって思うことの一つです。
雪見温泉とかサイコー(それか)。
スキー場とも違う感じがね、しんしんと降って、音を吸収するような。
しかし、この冬は急に寒くなったり西日本の豪雪とか二月のあったか陽気とか異常すぎる。

 
 

※魂の件は『魂の重さは何グラム?』(新潮文庫)から取りました。私は電気実験のところがほおおおおお〜って思いました。