黒バス_19

 
 
 
*赤黒です。
*拍手にありましたものです(現テキストは黒バス17・18・19)。
*単なるバレンタインくらいに思いついたネタが何がどうしてこうなった…。
*そんなわけで長い冬はこれでおしまい。
 
  
 

【PDF版】<<※作製は未定です>>

 
 
 
<お願い>
※記載内の無断転載、無断コピー、データ転用、改変、再配布等はご遠慮下さい、お願いします。
 
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Audience
Excuse
Flowery-04
 
 
 
 一月の黒子の誕生日にみんなで集まれたことに桃井さつきは満足していた。多くの女子がそうであるように、キラキラしたものは身につけたかったり、目写真に撮っては心に仕舞っておきたいものである。彼らはキラキラしていた、ボールを追い、コートを走り回り、鮮やかな軌跡を描く。とても幸せだった、見ていられることが嬉しかった。
 次はどんなことをしよう、何を見られるだろう、ついでに夏の大会前のデータなんかも取れたらいいな、と抜け目ないことも考えつつ不穏な情報に接する。それは紫原経由でもたらされたものだ。
———赤司と黒子が喧嘩している。
 なにそれベンチで集まって和やかに本の話とかしてたのに! と紫原に訴えても詮のないことで、遠い秋田で紫原はそんなこと言われても知らないしー、と心外だとばかりに応えてくれた。
「何か行き違いでもあったのかなあ…」
『赤ちんが怒らせたみたいだよー』
「木吉さんが渡米してナーバスになってるところを赤司君が…」
『んなタマじゃないっしょ、黒ちんは』てかとべいって?
 それはどんなお菓子なのかとでも続きそうだった。そもそも東京、秋田間で菓子とコスメについての遣り取りをしている最中でぽたっと落ちた話だ、桃井は即座に届けるメッセージを通話に切り替えたのだった。
『こら』
 そんな紫原の後方で氷室の窘める声がした、アツシ、こぼしてるよ。氷室辰也だ。見た目穏やかなこの人は腕っ節で事を解決するようなところもあるそうだけど、普段は面倒見がとても良い。んー、とまるで気のない返事を返しながら紫原は続ける。いかにも億劫そうな物言いをするけれど面倒だとか言いながらも付き合いが良かったりするのはキセキのメンバーに関することだからだろう、幼馴染みを始めとして誰も素直じゃない。中学の三年間は彼らが今の彼らであるためにはきっと必要な時間で、共有している記憶は甘かろうが苦かろうが打ち棄てたりしていいものではないはずだった。それぞれで分かっているのに変に格好付けたり、妙に子供っぽかったりするし、男の子の友情というのはそういうものかも知れないとも思うところもある。まったく、本当に素直じゃない。けれどもそれは私だけが外側だから、というのも桃井は知っている。あの枠の中には入れない。だからこそ、それぞれ進んだ道で重ねて、積み上げての一年は自分にはよりキラキラして見える。みんなカッコイイし、中でもテツくんが一番ステキだけど。
『それで、そっちほんとあるのー?』
「あ、うん、あったよ。関東地区限定味。この辺は取り扱うコンビニも少ないからたくさんは無理だけど」
『ほんとー? じゃあ三十本とは言わないから、十本』
 さらりとねだっている。それも普通に。両手ぶんの指の数というのは譲歩みたいだ。
「…赤司君の名誉にしては格安だね」
『そんなもんだって』
 言外に気にならないのかと含めてみても相手はあっさりしている。気付いたように『あ。お金送ろうか?』。
 そろそろ切りたい髪を弄りながら首を横に振った。
「いらない。大ちゃんに何かおごって貰うし」
『えー…』
 微妙に低めのトーンで返されてしまう。緑間や黒子、それこそ赤司はきっちり支払うだろうけどどこか甘えたがりな紫原のリアクションとしては珍しい。回り巡って青峰から追撃を食らいかねないとでも考えたのだろうか、桃井にはそんな気はなかった、彼にとってはついでの話題でもこちらにとっては重大な情報だ、棒状のスナック菓子三十本をかき集めることだって出来よう価値なのである。
「だって、みんなちゃんとお返しくれたのに大ちゃんだけくれなかったんだもん」
 こういうのを取って付けた言い訳、という。
『あー…』
 声は同情のこもった色合いに変わる。分かって貰えたようだ。
「むっくんもありがとね」
 向こうは別に、と素っ気ない。こっちは寧ろ氷室がてんで判ってなくて面白かったし、と照れ隠しのように続ける。
 一月の終わりに黒子テツヤ氏の誕生日を祝い、みんなで集まった。桃井はその時の写真をバレンタインデーが近いこともあり、女子らしくチョコレートを添えて送ったのだ。えへん。でもみんなにもあげたからなんて言い訳もつけずにテツくんに渡したかったです。
「……」
 彼は、まず曖昧な顔をして、はにかむようにお礼を言ってくれた。思い出しても顔が笑ってしまう、お返しだってきちんとくれて、残念だったのは二人きりではなかったという点で、でもやっぱり嬉しくって、…顔が緩む。
『殴り合って、寝転がって笑っておしまい、とかウザくてヤだけど、二人は絶対にやんないよね』
「えっ暴力は反対だよ?」
 そんな青春ドラマみたいなのはあればあるでそうなのかって考えちゃうかも知れないけど。でもそんなの、想像しただけでどきどきしちゃう。乙女ですから。
『まーお互いに兄弟いないから、仲直りの仕方とかわかんないんだろうなー』
「大ちゃんもいないよ?」
 紫原は少し黙ると、似たようなのはいるじゃん、とすごく大きな違いみたいに言う。
『そういうのかったるいけど、わりと大事ー』
 アツシ、と再び諫める声、注意してはいるけれどやや諦めて許すようにも感じられる。それを受け取っているのかいないのか、紫原はぼそっと呟くように、だから面倒なんだろうなー、と軽い咀嚼音を聞かせた。
 
 
 
「マジか」
 この男に付き合ってしまったばかりにとんでもないことになった、とアピールをしたわけでもないけど、駅のモニターを見上げて発した高尾の言葉は少なからず緑間のメンタルを直撃したものだったらしい。
「…ふん」
 横で同じようにモニターを見ていた男はまず不愉快そうにテーピングをした手で眼鏡を押し上げる。何だろうねこの前段階としての間とリアクションは、と思う。もはや儀式だ。
「振り替え輸送くらいするに決まっている、地下鉄かで迂回すればいいだろう」
「いやそれ迂回過ぎなくない?」
 直行で帰れる電車は運転を止めている、その影響で関わる路線も一方向の折り返し運転となり、南北を半円を描くように走る地下鉄がもりもり走っているが、駅は歩いて十分ほど離れていた。どうにかアクセスの良い隣駅まで行って私鉄やらに乗り換えると最寄りまで三路線を乗り継ぐことになる(これもうまくいけばの話だ)。考えに丸みがないというか、とことん独自性を貫く性格だったりするのに一方で柔軟性はゼロというのが彼だったりする。
「いっそバスで…」
「げっ!」
 聞いたことのある声に揃って振り向く。
「……」
 真新しく設置された頭上のモニターから下って相手の視線も緑間と高尾に注がれた。
「あ」
 彼ら二人と同様に足止めを食らったのは誠凛高校の火神大我だった。何かを発しようとしたところに運転の再開までおおよそ一時間の予定というアナウンスが流れ、誰が言ったわけでもないが仲良く時間を潰すことになった。何事も急がねばならない社会人と違って学生の一時間は待てるような焦れるような曖昧な時間である。改札に近いファストフードのチェーン店はそんな再開待ちだろう人達に占領されており、続けざまの遅延の情報など交通機関が閉ざされた駅の周囲はスマートフォンやタブレットと見合う姿とで埋め尽くされているようだった。三人はバス通りから一本入った路地にあるファミレスに入った。火神は一人ぶん空いている隣のシートに荷物を置くと、ここは電車が止まると不便だとぼやいた。
「それバッシュ?」
 高尾の問いに火神は頷く。
「黒子が前に言ってて来たんだけど、狭い店だった」迷うし。
「でもそこ、種類多くない? ネットで品切れでも在庫とかあったりするし」
「知ってんのか?」
 高尾は笑って手を振る、いやいや、あそこ古いし、もう殆どの選手が常連だから、と。火神はそうなのかと驚いた顔をする、だったら誰かと会ってもいいのにな、とどこか惜しそうに呟いた。ここにいるんだけどと思うがコメントはしなかった、常連とはいえ相当ツブさないかぎりは通わないし、バッシュも安くはない、だから街中で会う確率としては高いだろうが珍しいと相手はそこを考えていないらしい。それに高尾もどうかと訊いてみたものの、割といい加減な誘いであったから付き合いのいい火神は意外に思えた。
「……」
 それでもって仏頂面の左横はオーダーのときしか声を発していなかったりするのだが。何故自分がこのような場所で敵チームの選手と向き合わねばならないのだと言いたげではあるが、かといってオレは帰ると言い出す気もないようなところが笑えた(笑わないけど)。
「この辺り知らねーし、飯食えて良かったわ」
 なるほど分かりやすい。
「誠凛は今日練習あんの?」
「おー」
 バッシュの件で彼は抜けたかしたのだろう、あの女子監督相手(どんなオッサンにも動じないのが只者ジャナイ感ハンパない)に良い度胸なような気もするが、緑間は物言いたげに眼鏡を押し上げた。必要な物は予め確認しておけと言いたいのだろう。
「そっちは休みか」
「秀徳は部活だけやっていればいいという学校ではない」
「真ちゃん、電車の事故は火神のせいじゃないよ?」
 この態度は察するにジレンマだ。だが敢えて言う、どうしてこう波風立てる必要がないところで尖るのか。静かに遅延に苛立ってくれるんだってのは分かるし、思い通りに事が運ばないと誰だって困るけれど、緑間は海のような寛大さがあったり、妙に我が儘な子供っぽさがあったりする。確かに彼がここに来ると言わなければ足止めを食らうことも、火神と会うこともなかった。そりゃそうだけど、高尾は気にしていない。
「当たり前だ」
 と、緑間はコーヒーを啜る。代わりに高尾は詫びた。
「いや、今日は真ちゃん、朝からイロイロあって。人事を尽くしといてアンラッキーが続いてるってんだから、どこまでその運続くのかって思うよな」
「高尾」
 もはや痛くも痒くもない。火神はへえ、と緑間にやや気の毒そうな目を向ける。
「そういや、緑間、黒子と赤司が喧嘩してるみたいなんだけど、中学のメンツの間でなんかあったのか?」
「どうしてオレに振るのだよ」
「ケンカ?」ぴんとくる。
 あ、なんか繋がった。直感でなく確信だ、緑間は今日も今日もで占いに従いアイテムを手に約束されているであろう一日を送ろうとして朝からつまづいたのだ。メールで。そう、彼は携帯を見たとき、むっと小さく呻いた。以来、ひと足遅れの完売だったり、事故の遅延だったりと均衡を失ったかのような具合で、どうも様子がおかしいからどうしたのかと聞いてもケチがついただけだと短く言って逆に睨みつけた。妹絡みかと思ったがそちらではなくこちらだったらしい、送信元は黄瀬か桃井かだろう。中学時代に『キセキ』なんて言われた五人はガチガチに意識し合っているせいもあってこんなことが伝播する。
「お前、赤司と仲良かったんだろ?」
「普通だ」
 答えるのも嫌そうな顔でしかも即答。
「副キャプテンだったっつーからつるんではいたろうけど真ちゃん、かなり鈍いぜー」
 黙って高尾を見てから緑間は、赤司と黒子が喧嘩だと、と承服しないような顔で言う。諍いにも彼の承諾が必要であるかのような様子だが、返事はにべもない一言だ。
「知らん」いやいや。
 高尾は茶々を入れるように返す。真ちゃん冷たいー。
「意見の食い違いならばオレ達が口を挟むこともないだろう、元からそうして学校も別れたのだしな」
「食い違いとか方向性とか知んないけど、バスケでならバスケでケリつけりゃいいって話じゃね?」
「あいつ、そーいう奴だしな」
 と、三人で見合ったところで丁度お待たせしました、とにこやかに料理が運ばれてきた。とはいえ、火神の遅い昼食だ、肉とパスタと米ってお前の主食は何なんだと思いながら高尾はなんとなくフェア中のパフェを食う、緑間に視線を向けつつ。
「……。何が言いたい」
「ケンカの原因はバスケ以外じゃないかってこと」
 緑間は首を横に振り、きっぱりと言い放った。
「尚更首を突っ込むことではない」
「黒子の方はなんか不機嫌そうだった」何なんだあいつ。
 火神がもりもり肉を食いながら話す、食いつきがいい。
「へー。なんかよっぽどって感じだな」
 熱意やら許容の範囲はともかく、面構えからして常に不機嫌になりがちな隣と違って、黒子の怒りの沸点というのは高めっぽい、砂糖の代わりにタバスコというイタズラ以上とかで発動するものなんだろうと勝手に高尾は考えている。でなければ人をじっくり観察することなんて出来ないはずだ。
「あいつって、その、何つったっけ? シゲって奴のことといい、相手によって妙にうじうじするとこあるんだよな。たまに横で暗ぇっつーかで結構迫力あって心臓に悪かったりすんだけど」
「何それ?」
 過去か、鬱屈しそうな話じゃなくて中学っぽく面白そうな。そうだといい。
「知らん」
 高尾の声でその内面を読み取ったのか緑間はこれまたすげない。
「緑間でも?」
 火神は首を傾げる。
「その『でも』とは何なのだ。黒子のことなどオレは大して…」
「そーいや、前にキセキの連中で集まってストバスやったことあったじゃん、そん時はどうだったわけ?」
「高尾、話を聞くのだよ」
 聞いてるから、としっかりと頷いてみせてから改めて横を見た。コーヒーはよほど苦いらしい、緑間は口をへの字に結んでから告白するように
「黄瀬の神経の図太さに呆れて、紫原のエンゲル係数が高そうであるのを赤司と話しはした」
 と、言った。それだけかという顔を火神とでして、聴衆は不満ですと無言で訴えてみた。
「どうでもいい情報だな」
 そうだな、そして同じようにどうでもいいことだけど、火神食うの早いな。
「黒子は、本を探してると言っていた」
「…本?」
 火神は何か思い当たったのか、眉をぴくりと動かす。
「じゃああの本だったりすんのか」
「黒子は本も好きだから、それで何かあったのかも知れない」
「本で?」
 それしきのことかと顔に出てしまう。高尾は読書家ではない、なので安直なようにも思える。とても信じ難く、はっきり言えばあれをしたとか、これをしなかったとか、もうちょっと違う理由の方が納得できるのでより起伏のある、楽しめそうな方にすげ替えたいくらいになってしまう。本?
「本ごときだが、本だからってこともあるのだよ。ビブリオバトルと言うくらいだからな、意見や解釈の相違でぶつかることなど当たり前だろう」
 でもチェンジ出来ない。
 高尾が期待外れだと腕を組むのを、火神は氷をがりがり噛みながら言う。
「降旗が、丁度良いかもって」
 小柄なウェイトレスが水を注ぎ足してくれる、緑間はちらりとその好ましい容姿の女性を一瞥してから手元にグラスを引き寄せた。
「フリハタ」
 高尾は繰り返してから、ああ、と誠凛の控えのメンバーである選手を思い浮かべる。同学年で、ちょこちょこ試合にも出ている。緑間はしばらく沈黙してから目を見開いて眼鏡を押し上げる。そこで頑張る緑間が高尾には楽しいというか、何というか健気というか、やっぱり笑える。
「…ふり……ああ、『チワワ』か」
「犬?」
 火神が分からない顔をする。誠凛で犬といえば違うのがいるせいだろう、それにしてもそういう覚え方はどうなんだ。可愛らしい小型犬を頭から払うように手を振って促した。
「で、どういいワケ?」
「黒子はたまに人の話聞きながらぼーっとしてて、ケンカしてもグズグズと二ヶ月とか何もしないのもあいつと赤司にはいいんじゃないかって」
 本でケンカしてそれでグズグズやってるのが二人にいいって、なかなかコメントしづらい。
「チワワの勘なのかそれは」
「なんでチワワ?」
「青峰が名付けていた。そのフリハタは犬派なんだろう?」
 いやそれ絶対に違うし。生真面目さといい、今日の傑作だ。
 
 
 
 誠凛高校に寄ったのは物の弾みだとか、ついででは決してないのだが、チームメイトに唆されたという点は否めない。
「……」
 赤司は深呼吸するようにしてから全く自分に似合わないことだと自嘲する。己の振る舞いというものは長じるに連れてこなれ、洗練されていくものと信じていた。それがこれだ、右往左往して、あまつ、己の世界の色彩はうっそりと暗くなっている。
 脳内シミュレートをしよう、彼はいつだって行動原理に独自の哲学を伴い、垣根という垣根を超えてしまうところがあるからいわゆる『コモンセンス』の範疇もひと通りではない。言い換えれば赤司の予想を超えることが多い。
 腕を組み、壁に寄り掛かって黙考する。この先を曲がれば正面に高校の正門、背中のこの壁がどこの誰の所有であるかなどは問題ではない。
———「改めてくれますか」
 まず彼はそんな風に強気な言葉から始めるだろう。あの静かな怒りようと素っ気なさからして。
 赤司は、理由を聞かなければ反省も改善も出来ない、と応えて相手の言葉を待つ。想像するところでは黒子は辛い、冷え切った目を向けるかさもなくば無表情、それこそ知らない誰かを見るような態度で淡々と言う。
———「あらゆる面で考え尽くだったことと、初めから手に入れているみたいに苦労を踏み潰そうとする無神経さです」
 計算尽くであることは認める、己の感情を知っての上での予測なので恐らく本人以上に物言いはずけずけと容赦もない。…と思う恐らく。
———「自覚していて、また、することを許されるとキミは勘違いしています」
 自分を虐めたいわけではないが、痛烈だ。
———「そんな誰かの気持ちを蔑ろにして、利用するなんてボクには冒涜するに等しく思えますよ」
———「恋愛感情が、複雑で、難解であることを知らないはずないのに」
 言いそうなことを考えているだけなのだが、思い浮かべるほどに彼という輪郭がくっきりして見えてきてしまう。想像し得る攻撃、重ねるだけぐさぐさと突き刺さる。
———「キミは敢えて蓋をする」
 そう、他人の好意を利用した行為を卑怯だと非難し、利用された者の気持ちを何だと思っているのだと責める。自分に用があるというのなら堂々と言って来いと彼の主張は尤もだ、『どんな口実でも会いたかったから』は黙殺され、赤司は頷くしかない。
 極めつけがこれだ。
———「望み通りでしょうが、キミは満足なぶん、ボクは嫌悪をもよおします」
「……」
 視線が下がった。いくら何でもダメージが大きすぎて次が思い浮かばなかった。
 脳内でもう一人が黒子テツヤの仮面を捨て去り、ほくそ笑む。高みの見物か、いや、手並み拝見とそんな風情で気に食わない。どっちにしろ痛手を被ってるのは違いないというのに。
「…桜」
 かさかさと鳴る音に見上げると枝に若葉をつけた葉桜が風に揺れている。寒い冬を越え、桜の開花の後は、あらゆる花々が咲き誇る、室内にいると季節の変化に疎くなったりする。ここにもあるんだなと一人言ちた。
 まず、悪くないと、思った。
 無関心の対象で関係なかったものが、意識の片隅に置かれた。殆ど気紛れだった、不足していた部分を補う補助剤を探していたところだったので、これはどうだろうくらいの考えでしかなかったのだ。だから代用なんていくらでもあろうはずで、彼はその一片に過ぎなかった。赤司は何も賭けてもいないし、物になるのかも五分と見極めてもいた。その見極めが甘かったことに寧ろ己の眼力を誇ったくらいで、だから、凡庸の群れに埋没していた逸材を発掘出来たという成果としか見てはいなかったように思う。
 自分が見出した成果がこちらを見詰める。
 あどけなさが残る表情、決して恵まれているとは言えない体つき、ジンクスのようにリストバンドを引き上げる仕草、純粋ななかにふいに見せる怜悧な視線、丁寧に語る口調、声。目を向けるのは副部長として、部長として、彼を見出した者としての責任、他の部員達も同じだ。ある者は切り捨て、ある者は拾う、役割を全うしているだけのことで、他意などあろうはずもない。
 長所を殺さない努力をした、弛まず食らい続けた。
 次にはいいな、と感じた。
 小さな好感は自分の与り知らないところで大きく育っていった、それはまるで転がるごと質量を増やす雪だるまのようだった。気付いたら手の付けられない大きさで赤司は凄いものだと感心してしまった。そんなのが身の内に発生するなど考えもしなかったものだから彼を見付けられて良かったと安堵すら覚えたとき、取り返しがつかないと悟った。
 もうどうしようもない、同性だとかそんなことも取るに足らない、何もかもが手遅れで、なるほど『病』だと今現在もつくづく痛感している。
 このオレが、病などに振り回されて。
「……」
 雑念を払うべく頭を振る。この曲がり角一つ折れれば開かれた校門が見えるのだが、赤司は行きかねている。曇り空に落ちた影も薄くて、これでは待ち伏せどころか中途半端さが不審者扱いされかねない。出てくる生徒もぱらぱらとまとまりもなく、どうも時間にしては少ないようで聞こえてくる音もささやかだ。組んだ腕を解いて校門を向く、情けないほどの逡巡ぶりも人生初だなと自嘲してみたりする。だが待つまでもなく軽い足音が小刻みに近付いてきており、赤司は時間を確認し、覚悟を決めた。
 足音の持ち主だろう制服姿がやってきた。
「…っ!?」
 出会い頭に見た赤司に耳にイヤホンを差し入れようとした手が止まっており、ものの数秒で状況を認識したらしく、相手の顔は引きつった。
「…ああ」確か。
 試合で見合えた控えの選手だ、何も声を発さないが、どうしてここにいるのだという疑問を隠さず表に出している。何を言おうかと赤司が考える間に向こうから切り出してきた。
「く、ろこ?」
 相変わらず覇気らしきものが感じられない。公道の路上で穏やかでもない空気がぶつかり合ってもどうかと思うが。
「黒子なら待ってればき、来ると思うけど」
 二言目には敵意も何もなかった。思い出すように加えられた言葉にこちらの方が反応してしまう。
「でもあいつ頑固だから、もしかしたら通過するかも知れない。話し合いたいなら斜めの位置が良いと思う」
「……」
「対角の位置はぶつかり合わないんだって」
 じゃ、とそそくさとまるで逃げるかのように横を過ぎようとする。慎重そうな発言からして今の自分たちの様子を把握されているようだった。赤司は思わずその姿を見送ってしまう。
「有難う」
 声が届いたのか、相手は揺らす程度に手を振ってみせた。
 視線が壁から足下へ落ち、校舎を望む。ここが彼の通う学校で、今現在の居場所だ。黒子を理解しているチームメイトがいて、自分が知り得ない情報が詰まっている。
 動くことも出来ずにまだ真新しさの感じられる校舎を見上げていると、角から見間違うはずもない髪色が現れ出た。鞄から何かを取り出しながらこちらの気配に気付いて視線を向ける。
「……あ」
 視線が合い、ぴたりと歩行を止めたと思うと角に引っ込んでしまう。
「何か誠凛に用ですか?」
 文庫本を手にした(だろう)黒子は姿を見せないまま問うてくる。
「あれ?」
 気配もなく声が聞こえる。
「伊月先輩」
「どうしたんだ? 忘れ物か?」
 相手は黒子に気付き、しかも彼に揃って足を止めたらしい。タイミングが良いのか悪いのか、赤司は空を仰いだ。
「面談中は校舎入れないから諦められるようなものなら諦めた方がいいぞ」
 そうなのか。と、赤司は思う。通りがかった先輩なる人物のお陰で情報を得られる、誠凛高校は今日は面談の日らしい。保護者らしき人影は見当たらないから生徒と教師との二者で、新学期の生徒指導といった学業や進路についての話をするのだろう、通る生徒も疎らなわけである。バスケ部も創部三年目だとのことだから、この学校はこの春にようやっと全学年が揃ったことになる。新しいぶん手探りということも多く、帝光とも洛山とも異なるシステムの中に黒子はいるのだろう。異なる環境は彼をどこまで引き上げるのだろうか、劣化させようものなら連れて行くのも辞さないと密かに考えているから生ぬるくしないで欲しいものだ。
「ジム使えるまで時間あるから日向達とファミレスで会うことになってるけど、お前も来る?」
 しかも平日だから通常の授業があり、放課後は体育館で練習するものとばかり思っていたがジムとは、不毛な待ちぼうけをするところだった。察するに今は面談とジムでのトレーニング前の中途半端な時間らしい、そっと胸をなで下ろす。
「いえ、今月は苦しいので」
「あ。そういや小遣い前借りしたとか言ってたな」
 思い出すように言ってから、お前のぶんくらいなら貸せると思うけど、と先輩らしく爽やかなことを続ける。言うじゃないかと思いつつ、前借りとはあれか、とも苦笑が漏れそうになる。
「ありがとうございます。でも、これ以上借金というのは…」
「お前らしいというか」
 まったくだ、つい頷いてしまう。
「飯は食っとけよ、じゃな」
 無理強いはしないというように潔く言って、人影が曲がり角から現れる。
「……」
 やはり気配はなかった、というよりも動作は静かだった。視線がぶつかる。その人物は真っ直ぐにこちらを見てから、無言で向こうを振り返る。
「…黒子?」
「あ。まあ、そんなところです」
 どんなところだそれは。
 
 
「お前と向き合えないのはつらい、同じ事を繰り返したくない」
 静かに伊月先輩の背中は遠ざかり、赤司はこれ以上邪魔をされてたまるかとばかりに言った。こんな風にしてこれからも誠凛の生徒達が通る中の晒し者になるのは御免だったし、影に徹して赤司に一人舞台を演じて貰おうとしても彼に引っ張り出されるような気がしてならないし、気も引ける。やっぱり同じ空気を吸っていながら顔を見ないというのはいかがなものかと黒子も思う。けれど意地っ張りなのは生まれついての性分だし、曲げがたい。なのに、罪悪を感じてしまう。知っている、自分はもうずっと彼に冒されているのだ。
 針だろうか、自分は刺された? それとも射貫かれた?
「ボクもです」
 そうじゃない、彼は何もしていない。正論だけで生きているような、ただ強い人なのだ。一人きりでも彼なら平気なのは知っている。けれど、自分は横を通り過ぎることが出来なかった。
「ボクは特定の人に対してはうじうじしやすいようです」
 まったく不可思議な毒だ。仲直りの方法をここまで考えるなんて思わなかった。
 音もなく風が吹く、毫も揺るがない気配の隣に寄った。
「二ヶ月もキミについて考えすぎて、いささか疲れました」
 もう花粉だとか騒いでいるくらいで、防寒具なんて必要もなくて、なのに彼はどことなく寒そうで、黒子はそんなはずはないのにどうしてだろうと思う。
「こんなの初めてですよ」
 赤司は、壁を背にさわさわと若葉を揺らす桜を見ている。黒子も同じように見上げた。
「赤司君はボクの中に入りこみ過ぎてて困ることばかりです」
「……」
 触れる肩先に右手が浮きそうになって、やはり詫びるべきかと思う。ことんと相手の頭が倒れてきた。反射的に首筋が引きつってしまう、ぐっと張り、すぐさま凭れるだけ支えてやると押し返すように力を寄せた。
「赤司君?」
「同感だよ」
 赤司から伝わる熱は、あたたかかった。
 なんて厄介な毒なんだろう。相手は抑え込むのに必死になる自分を知りもしない、この毒は黒子の感情の抑制を危うくするばかりか、自身を分からなくもする。なのに一方でくすぐったくて、楽しくもあるのだからいけない。
「ところで赤司君」
「うん」
「ボクは腹ぺこです」
 赤司はばっと頭を持ち上げると了解したと黒子の手を引く。どちらともなく二人で笑ってしまった。
 
 
 
「二年前…」
 背中に電気が走り、赤司はカップを落としそうになってしまう。
 いつものバーガーショップに入って落ち着くどころではない。ランチを過ぎても気忙しい店内は、静けさとは無縁の空間で誰彼も自分たちか携帯電話に向き合っている。赤司はぼやけた味の紅茶を飲み込む。我知らず浮き沈みが激しくなってしまう厄介な病はそもそもこじらせていた。そこからか、いや、間違いなくそこからなのだから仕方がない。正面に座る黒子はバーガーを囓りながらこほんと咳をする赤司を見詰めていた。
「ボクが窓口とどうしてそんな事を言ったんですか?」
「あ、その。…思いつきで」
 誰のとは言わない。
「だいたいわかります。いろいろあった頃でボクは赤司くんともなんとなく距離があるようになっていたし、気付かないふりをしてましたけど、誰の目もなければ部としても機能しなかったと思います」
 理解は最大の武器だと思う、黒子はそういう点で教育者向きだ。だからなのか、どうしてか甘えたくなってしまう、『甘え』など自分とはほど遠いものであると思っていたがなるほど『負け』を体感し、自認してみるものだ。
「……」
———否、違うような気がする。
「ボクは自分の落としどころを見付けたいんですが」たぶん。
「落としどころ…」
 赤司は束の間黙り、そうして自分の中で決着をつけたいのだと解釈する。黒子は協力を求めるような眼差しだけれど、頼もしいというか、思考の整理の方法が感覚的でもなく男らしい。どう決着をつけるのか気が気でないが、赤司にとって悪くない方だと信じる。外見も物腰もまるで正反対そうに見えるのに。
「『会いたい』とかおべんちゃらは結構です。ボクも本当のことを言うので本心を言って下さい」
 〝本当のこと〟?
「…黒子が誰かに貰うのも、オレ以外に渡すのを見るのも嫌だった」
 子供じみた感情だ、言って気付いた。
 気に入っている玩具を誰にも触らせまいと隠そうとする幼稚園児と同じだ。自分の中では当然であったことが、あまりにも幼くて急に恥ずかしくなる。
「単純に阻止したかった…」その方策が、虹村の放言だったというわけだ。
「本当に?」
「ああ。…うん、そうだったんだ…」
「自分で言っておいてそうだったのかという顔見せるのはどうかと思いますよ」しかもレアです、それ。
「だから、オレは、そういうのは感知出来ないタチというか、器用ではないし」
 器用にならなくていいですよ、とぼそりと聞こえ、正視できなかった視線を上げた。
「え」
「キミが損得で動いてしまうのはもう染みついたクセなんでしょうね」
「黒子?」そこは聞き捨てならない。
「言い過ぎました」
 さらっと言う。
「ただ、損得抜きで赤司君が衝動で動いてしまうようなものがあれば、そういうのがないのは嫌だと、…ボクは、自分勝手ですが考えているんです」
 くしゃりと黒子の手の中で乾いた音がして、同時に何かが自分の中で破れる。
「……」
 彼の声は単調で、静かで、寧ろ感情は見えないのに、ひりついた神経をあたたかな手で撫でられたような感触を覚えた。
「オレは、自分が戻ってから、お前に近付くほど自信が失くなっていく気がするよ」
 黒子はまるで聞き流すみたいにバニラシェイクを啜ると何も返さないままごそごそと鞄の中を探る、聞き慣れない言葉を聞いてはいるがそれは自分のためのものではないとでも言いたげだった。
「黒…」
 触れたい、許しを乞いたい。
 やがて一冊の本を机上に差し出すようにぬっと突き出してくる。
「ボクが本当に探しているのは違う本です。二巻だけが見付からなくて」
「……」
「自分に課したことなので誰彼に話すつもりもなかったんです」
 あれも読みたい本であったのは本当なんですけど、とまるで将来なりたかったもののリストの一つであったかのように言う。ふわっと浮かべた表情にも嘘がなかったのは赤司もよく覚えている。
「『将棋』?」
 古風な布製のカバーが外されて分かり易くタイトル字がデザインされた表紙が飛び込む。四隅は丸みを帯びたくらいになっていて既に紙は光沢を失い、全体的にやや黄ばんでいた。明らかに古本で、赤司はまず首を捻る。
「お前は」
 相手のゆびさきが本を撫でた。時には慈しむような手つきが誰とも違うと思った。
「こんなのでも喜ぶのか?」
 彼に大事にされる本は物として果報だと。
「名著と言われています。でも、駒の動かし方さえ知らないボクが、三冊もある将棋の本なんて読めるかどうかも分かりませんけど」
 ここにあるのは名人が記した将棋を知り、強くなるための書物、勝つための指南書。
「それでも揃えたくて探し回るのはキミには滑稽ですか」
 滑稽なはずなどない。心が震えるくらいだ、見せられるものなら取り出して見せてやりたい。
「見、ても?」
 声が掠れそうになりそうでわざとゆっくりと問う。答える代わりに相手は躊躇うこともなくそっと押し出してくる、赤司が決して雑には扱わないことを見越しての対応だった。掌に置いただけで軋るような音がする。まるで持ち主ではないからと不興であると異を唱えるかのようだった、小癪な。赤司はくるりと返して全体を見る。簡単に壊れそうもないことを確認してから、綴じ目をしっかりと支えるようにして頁を開いた。
「……」
 目次に目を通しただけで分かる、これは棋書の中でも良質だ。但し、黒子に理解できるかは心許ない。
「たとえ、対局して勝負にならなくても、赤司君の好きな世界を知ろうとする努力はしたいですよ」
 心底悔しそうな声に聞こえて、それが赤司には喩えようもなく嬉しくて、絶対防御としてある距離感と無骨にはだかるテーブルとトレーその他がもどかしくてならない。絵解きでもないので見ていても将棋の基本を知らなければ理解など出来ようもない書籍だ、移動中や教室で僅かずつでも頁を進ませようとしている姿が頭に浮かんで、駈け寄りたくなる。決めたことも彼は秘していた、赤司に歩み寄るための努力を見せようとしなかった。それを暴いてしまった、なのに嬉しい。
「本当に、『歩』からだな」ありがとう。
 一歩を踏み出せば、角を曲がれば黒子だった、だが、その行動を身の内にすむもう一人の存在が固く阻む。
 どの面下げて彼に会うというのだ、分を弁えろ、と。その存在は己の迂闊さが相手を怒らせてしまったことを重々理解していたのだった。
「オレは、色々なことを知らないな」
 〝勝利こそ絶対〟である、という言葉は破綻した。
「だから負けた」
「赤司君…」
「不愉快なのに愉快なのはお前のせいだな」
 つい笑うと相手はむっとしたように口を結び、考えるように黙り込む。滑ってはいないと思うが軽口にもならなかったらしい。
「…勝負で勝つことは重要ですよ。でも、人それぞれだとは思いますが、負けたり挫折すればそれなりに学習するし、成長も大きい気がします」あんまり沢山負けたくないですけどね、と負けず嫌いは言う。その通りだろう、負かされたくないから奮闘するのだ。強者にとって勝利はぶら下がっているもので、手を伸ばすだけでいいと思っていた。だが勝ってもオプションは手に入らないし、勝ちに麻痺すると驕り、失うものの大きさにも気付けないほど愚鈍になる。
「キミには想像力を豊かにして貰うしかないのですが、負け方も豊富です」
 敗者の王というものが存在するとしたらそれはそれで打たれ強いことに関しては随一なのだろう、逞しく、しやなかで、そして図太く粘りがある。勝つことだけに執着した者は果たして敵うのだろうか、〝絶対〟は効力を持たない。勝負に勝ってもという言葉を連想させる。
「黒子は知らないか」
「はい?」
「中学になって奨励会員という少年と一局指すことになった。時間も取れなかったし中断せざるを得なくなったけれど、あのままいけばオレは年下相手にこてんぱんにのされていたな」げに恐ろしきは無知というわけだ。
「のされればよかったのに」
「黒子?」
 また正直さを隠しもしない。
「冗談ですよ。負けるキミはあまり想像できませんし、むしろそんなだったらバスケの方を向かなかったかも知れません」
 好物のバニラシェイクを手に何とも涼やかな顔だが見たかった未来ではあるけれど、それでは出会うことも戦うことも出来ずに嫌だとやや歪めるような表情が声の裏に見えるようだった。
「キミを将棋に取られなくてよかったです」
 心底ホッとしたように言ってくれるな。簡単に浮き上がってしまう。
「囲碁は相手があまりいないから打ちはしなかったけど、将棋は負け知らずだった。今にして思えば棋力を見抜かれてそれなりの加減をされていたのだろうな」
「赤司君も子供扱いされていたのは、ちょっと見てみたいですね」
 猛獣の兆しを立派に見せるその仔に触れたいとでもいうような興味津々の眼差しを向ける。それこそ疑いを知らないような無垢さとそれ故の果敢さが服着て歩いてただろうにと思わずにいられない。
「無様にやられてたらあんな風に拗れたりしなかったよ」
「それはどうでしょう?」
 黒子はくすくすと笑う、まったく悪い気がしないから弱ってしまう。
「でも今なら取り返してみせます」キミを将棋から。
 起こりえなかった過去で、これは仮想だ。なのに彼の言葉の無根拠な自信が気持ちいい。
「試合が待ち遠しいな。楽しみだ」
 とは言ったものの、この為体ではてんで締まらない。
「それから、…許してくれないか」
 許すも何も、と相手はいまさらです、と応えて頭を下げる。
「ごちそうさまでした」
———『お疲れ様でした』
 そう言ってサラリーマンがレストランの座席から立ち上がる映画のワンシーンがどうしてか重なる。彼はあの話を知っているだろうか、知らないのなら面倒を問わず一緒に観て、じっくり感想を聞くとしよう。この青々しい季節に合う紅茶でも飲みながら。
「これだけど」
 これからも大事に読まれるであろう本を赤司は敬意を以て指し示す。
「分からないところはオレが説明する」
「う」
 気まずい顔だ、よほど進まないのだろう。なおさら敬遠されてしまう前に手を打たねば。
「どうしても手に入らなかったら一緒に探すのも手伝おう」
「……」
 さて退路から閉ざす。
「だから次は一緒に観たい映画があるんだが…」
 黒子テツヤはきょとんとした顔をし、光でも見るように眼を細めると赤司の提案にこくりと頷いてみせる。身の内に小さな花がようやく開く。
 
 
 

なおと 150503

 

 

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最後はタイトルがまんまになりました、わかりやすー。
作中に鑑賞されていた映画は『アフタースクール』です。
舞台が中学校で、中学校時代の同級生というのが根っこにあるのが実に彼らにぴったりだと思って観直しました。楽しかった!
知らない方は是非観て欲しい作品であります。