【黒バス】情操ジャンクション

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 さて、黒子達にとってはお馴染みのバーガーショップである。四人掛けの席には火神と黒子が並び、そしてその対面座席には頬を膨らませた紫原がいる。
「でさ、黒ちん」
「……」
 黒子はというと、好物のバニラシェイクを味わっており、相手の話を聞くという熱心さは微塵もないような態度であった。
「ちょっと黒ちん、きーてんのー?」
 紫原がフライドポテトをもぐもぐと口に入れながら不服げに問うのを涼しく応える。
「聞いてますよ。練習試合の帰りにバスの中で、紫原君は匂いだけで食べるのを我慢していたスナックを急停車でぶちまけてしまったんですよね」
「そー」
 投げ遣るように言って紫原は長い手足を投げ出す。彼は厚みこそないがでかくて長い、なのでいろいろとはみ出している。
「匂い嗅ぐくらいなら許すって言うから俺、ガマンしてたのにみんな怒るんだもんー」
「匂いって…それ、どういう味だったんですか?」
「『オリエンタルジャンバラヤ味』」
「なんだそれ?」
 火神は頭にそのメニューを思い浮かべようとして諦めた。ジャンバラヤは分かるが『オリエンタル』が分からない。どこの、何にその要素が?
 んとね、と紫原はぺろりと指の腹を舐めると姿勢を正す。火神はものすごく不審というか、チャレンジまみれの味に胡散臭さを感じているのだが、スナック菓子愛好家としては『よくぞ聞いてくれた』と言いたいのだろう、どこか気怠げながらもいい加減さはなかった。
「何か、つーん、みたいな? 甘酸っぱいカンジのとほら、強烈な匂いの葉っぱあるじゃん? パクチーっての」
「ジャンバラヤに?」
 それは火神の知っているものとどこか方向性が違っている気がする。あの料理の定番はパセリとかパプリカでトマト、そして唐辛子、肉、だったはずだ。そして、温泉卵付きは可だ。
「んで、醤油バター味のピーナッツがあんの」砕いたやつ。
「……」ソイソース。
 そこまでいくと新しいものでしかない気が。
 脱線を正すように黒子が遮る、「でもせっかく東京に来たんですから」
 紫原は途端にぶすくれた顔に戻った。
「いーよ、オレ、行かないし。赤ちんと顔会わせたくねーもん。火神ちんが行けば?」
「いや、オレはタツヤに…」
 氷室は探したいものがあるとのことで火神が付き合うことになっている。
「ポップコーンワールド、楽しみだって言ってたじゃないですか。それこそオリエンタルジャンバラヤ味に勝るとも劣らない味が勢揃いするんですよ?」
 黒子は苛立っているようでも困っているようでもない顔でカップを置く。火神は頭を掻いた、果たしてこれはちゃんとした話し合いになっているんだろうか。
 そもそもの発端は、このポップコーンワールドなるイベントだった。
 どこの学校でもそうだが、運動部は招いたり、招かれたりして、他校と練習試合を行う。大会の日程が迫ってくると連休を利用し、遠征するところもあり、紫原が所属する陽泉も関東の強豪校といくつかの練習試合を組んでいた。そして、一斉に行うと思われがちの大会予選は各都道府県によってばらつきがあり、東海以西の予選は東日本よりも遅くに予定されていた。…だからというわけでもないだろうが、王者らしく黙々とひたすら練習をしてそうな京都府洛山高校の赤司は、なにしてんだ、と火神に思わせるほどマメに東京にやって来ていた。ていうか、ほんとにいいのかそれで。手の内を決して見せない敵なので半分は勝手にやれば? とも思うが、赤司の上京の目的は間違いなく黒子で、火神としてはちょっと心配だった。ただでさえ意識し合う元帝光中のメンバーで、こと黒子に対しての赤司の『何もしない』は八割が嘘だとも思っていた(本能的に、野性の勘的な)。
「ポップコーンとは違うし」
 紫原は拗ねたように横を向く。
 初戦に合わせて遠征にやってきた陽泉と誠凜は練習試合を行わないが、火神と氷室、黒子と紫原はそれぞれ会う約束をしていた。彼らに与えられた僅かばかりの自由な時間はもちろん遊びやらに費やされるのであるが、紫原はアミューズメントパークで開催されるポップコーンワールドが楽しみで、絶対に行きたいからと黒子に入場用のチケットを頼んでいたのだった。黒子達はそれが雑誌やネットなどメディアでも取り上げられるほど大人気の催しであることを知らなかったから軽く考え、チケット入手の困難さが分からなかった。挑んだがチケットは即座に完売し、撃沈、そのことを赤司が知り、万難を排し、手配したというわけだった。
 でもって、紫原は赤司がどうこうしたからといった理由で駄々を捏ねているのではない。
「別に聞いてもらおうと思って電話したんじゃないし、何も説教することないじゃね? 赤ちん関係ねーのに」
「……」
 なんだこのでかいコドモは。
 赤司と紫原は件のポップコーンワールドについて電話で話をしたらしい、それがどう拗れてしまったのか、紫原がポップコーンワールドには行かないから、とわざわざ言いに誠凜までやって来たのだ。黒子は束の間黙り、首を傾げていたが、一人得心したように頷いては紫原の背中を叩き、火神を引き連れバニラシェイクの前というわけである。残された誠凜メンバーはものすごく不思議そうな顔をしていた。
「オレ、ちゃんとバスん中も掃除したし、謝ったし」
「……」
 ほぼ連帯責任で陽泉メンバーが行ったことは氷室からいまさっき聞いた。彼はまあそういうこともあってアツシには厳しくしてしまったんだけど、とにこやかに続けもした。紫原はオリエンタルジャンバラヤ味を広くもないバス空間に放ち、全員で掃除をし、そのぶん監督を始めメンバーからもこってり絞られたそうな(バスは試合相手の学校のものだった)。
「済んだことなのに、何で赤ちんは蒸し返して自覚がないとか言い出すワケ~?」
「……」
 火神は黙ってストローを啜る。理詰めで説教されたのか、赤司に。つい想像すると紫原に同情を覚えてしまう。
「前もそんなようなことがありましたね」
 びりびりと紫原が放電しそうな中、火神は放り投げたい気分になっていたが隣の黒子はマイペースを貫いている。
「成長してないってこと? 一番ヤワな黒ちんに言われたくないー」
「お互い様ですよ。根っこの部分は変わらないんですから、きっと」
「黒子、成長ナシってそりゃねーだろ…」
 横槍は無用とばかりに黒子が火神を見る。
「日々成長はしますよ、生物ですから」もう止まらない汽車で走り続けているようなものです。
 何を分かりきったことを言わせるのだという顔つきだ、くそ、黒子のここが腹立つ。
「けど、ボクがバニラシェイクを嫌いにならないように紫原君もお菓子を嫌いにならない」
「なるかも」
 紫原は不機嫌そうに頬杖をつき呟く。
「なるんですか?」
「……知らね」
 しかし、黒子に切り返されてもそっぽを向くだけだった。
「嫌なら無理強いはしませんが、ボクは紫原君と赤司君とでポップコーンワールドに行けたらいいなって思います。なんだか懐かしいじゃないですか、つい二年前まで当たり前のようにスティックアイス分け合ったりしていたんですよ?」
「……」
「変われるものと変われないものがあって、赤司君は、まあ…叱ったのは中学の延長ですよね、彼、洛山でも部長ですし、どうしようもない習性みたいなところもありそうです」
 紫原はフライドポテトを口に送り続ける作業を止めて少し大人しくなり、火神は黙って氷を囓っていることにした。そもそも彼らについての情報が圧倒的に少ない火神が言えることなどほぼゼロで、氷室だって叱られた紫原が機嫌が悪そうな顔のまま出ていったことしか知らないのでいわゆる外野でしかない。
「そういう赤司君をポップコーンワールドという未知なる空間において初体験だらけのびっくり顔にしてやりたいってのが一番なんですけど」
「黒子?」
「…黒ちんて黒いっつーか、たまにそーだよね」
 紫原はケースに残った短いポテトを口に放る。二人の視線を受けても黒子はしれっとしている。
「行くならより楽しそうな方がいいじゃないですか」
「赤ちんの顔つきなんてそう変わらないでしょ」
「紫原君が推したポップコーンワールドですよ?」
 と、黒子が差し出したのは紫原がテーブルに突きつけたチケットだ、そもそも広くもない会場なため、入場制限がかかるという。
「……結局、黒ちんが一番張り切ってるだけなんじゃね?」
「期待はしてます」
 疑いなど持たないような黒子の言葉にもーさー、と紫原は観念したように呻いて天井を見上げた。
「オレが行かなくてショボかったらオレが悪いみたいじゃんー」
「……」
 火神は思わず黒子を見る。紫原扱うのうめーな、コイツ。
―――あ。
 そのときになってやっと彼が少しばかり緊張していたことを知る、首から腕の辺りまで、何気なさを装って黒子は頑張っていたのだ、と。
 だって、バニラシェイクは殆ど減っていなかった。
 
 
「…へえ」
 氷室は店頭に並んだ品を眺めながら返した。
「やっぱり、マーケットは活気があるね」
「タツヤ」
「ん? ああ、聞いているよ? 自家製のピクルスが無性に食べたくなるんだけど、寮生活だし、なかなか買い物も行けないからね」
「黒子からメールが来てる」
「このタイミングで」
 ふっと笑う。噂をすれば何とやらだ。
 振り向くと携帯電話を手に火神は首を捻っている。二人は買い物を済ませて上野のアメ横という商店街に来ている。達てというわけでもないが、氷室が訪れたかった店舗もあるし、気晴らしにぶらつくところとしてもうってつけだったからだ。火神から昨日の顛末を聞きながら歩いていたのだが、狭い路地に店がひしめき、売り声が飛び交い、賑やかだ。人だかりしている方を見ていると稍もして背後の火神が吹き出す。
「何だこれ…」
「何だい?」
 人の流れは緩いものだが邪魔にならないように脇に寄った。
「いざとなったら紫原を持って帰って欲しいってよ」
 火神が差し出す画面を覗くと一部だろうが菓子の箱ばかりが広がっている。それも色も形もとりどりで、その斜め前に明らかに紫原の手と分かるものが写っていた。
「…これ、ポップコーン?」すごいな。
 よくある熱で弾けた白い球状のそれというよりも、デコレーションされ、別の菓子のようだ。それぞれが飽きそうなくらいの量ではなく、女性や子供でも楽しめそうな飾り付けやサイズで、そのぶん、多くの種類を楽しめるようになっていた。味もシンプルなものからチャレンジしたものまであるのだろう、人気があるのも頷ける。
「仲良いんだか悪いんだか、わかんねーよな、あいつらって」
 火神は携帯電話を仕舞うとゆっくりと歩き出す。立ち止まったままでも手元だけに視線を落としていても危ない、鞄だらけの店舗を覗いたり、乾物を並べた店先で足を止めてみたりする。
「アツシはちょっと気分屋なところがあるけど根は捻くれてるわけでもないからね。特殊なあの匂いを我慢してもらいたかったけど」
「『オリエンタルジャンバラヤ』」
 知っているのか火神は応える、氷室は肩を竦めてみせた。
「…うん、なかなかアグレッシブな匂いだった…」
 密閉空間において空調が効いているとはいえ、汗臭いのと車内特有のケミカル臭にああいった尖った匂いは混ぜるべきではなかったのだ、思い出しても酔いそうになる。そして味は分からないままだ、そのせいもあってか紫原も素直に謝罪できないわだかまりを残していたのだろう、だがあれを笑って済ますことは出来ない。赤司はそれを察して彼に説教をしたのか。
「それにしても」
 まるでスイッチ一つで切り替わるようだ。
「赤司は二面性があるんだな、きっと」
「あ?」
 人伝てに話を聞くだに赤司という像は他者を圧し、周囲を支配する風格のあるそれがぼろぼろと剥落し、苦労好きの健気な人物というように変化してくる。誰かの行いにも無関心そうで、鋭い視線といい放つ空気といい、目の前にするととことん馴染みにくさを感じるのに奇妙なものだ。
「オレは大会くらいでしか赤司とは会わないけど、タイガは会ったりするのかい?」
 赤司に紫原や火神は突出したバスケのセンスとか才能とか氷室が足掻いても手に入れられなかったものを持っている、どれほど羨んだとしてもその差はどうにもならない、とはいえそれがバスケを諦める理由でないことも氷室には分かっている。そんな彼らが一目置く選手が黒子だ、自分ともまるで違うタイプの人間だけど、ストレートに言ってしまうと彼は普通で、際立っているのが目立たなさだった。それを武器にした点は評価するし、火神の相棒としても認めるが、氷室が興味深く思うのは黒子がマグネットのように彼らを引きつけることだった。なかでも赤司は定期的に会うことをライフワークにすらしているようにみえる。というか、内面感情は氷室には薄々とだが感じられていた。不確かなことなので言ってもいないのだけど。
「よく来てるってのは知ってる」黄瀬とか青峰とかのが会ってんじゃね?
 火神はいつの間にやら買ったのか、串刺しにされたフルーツを食べている。
「ふうん…」
 黒子の誕生日のためにわざわざ練習試合をセッティングしたり、平然と困難と言われるチケットを入手したりしている、それはそれで献身的だと氷室には思えるのだが、彼らは気にしていないようだ。火神や紫原にはもはや当たり前で、当の本人も話を聞く限り、そのあたりのことを深く考えてはいないのかもしれない。
「赤司も苦労するだろうな」
「なんで」
「gentlyではあるけれど理解には遠そうかなと」
 火神は串を持ったまま考えるように腕を組む。
「理解から遠いかどうかは知らねーけど、とりあえず黒子は紫原と赤司の反応を楽しみにしてたぜ?」
 氷室は苦く笑ってしまう。
「それはいいのか悪いのか」
 せめて報われればいいのだけど、神様はこと人の思惑については気紛れだ。
「いんじゃね?」
 考えもせず火神は応え、で、と口をもごもごさせながら続ける。
「昨日はそんで、紫原は黒子に押し負けた」
「……」
 とことんまで〝影〟である黒子には光の傲慢さは通用しない。
「もう言い争ったりしても殴り合いとかにはなんねーよ。あいつって、赤司が来んと結構必死なんだよな」
 氷室は火神の言葉にへえ、と思う。『あいつ』とは黒子のことだ、彼は涼しい顔をして必死になるのか、火神がそう見えるくらいだから事実に違いない。
「何かしら柵抱えてやって来るんだろうから、少しでもリラックスさせてやるんだと。オレはそうには見えねーっつってんだけど」聞かねーし。
「……ああ、そういう…」
 暫くして声が漏れた。そうか、なるほど。
「すれ違っているわけか」
「『すれ違い』?」
「たぶん、…っと」
―――ヴ、ヴヴ…。
 今度は氷室の携帯電話がポケットの中で震える。着信で、相手は紫原だった。いつも通りのただ気怠げな声でもんじゃ焼きを食べるから月島に集合とだけ告げる。
「え?」
『じゃーそーいうことだからー』
「ちょっ…待っ、アツシ、こっちは予定…」
 氷室には意味が分からない。いや、間違いなく紫原の気紛れなのだろうだが、こっちまで巻き込むとは。
「どうした?」
 電話を持ったまま言われたことを伝える。火神は驚くというよりも気の毒そうな顔になった。
「寿司どーすんだ? タツヤ」
「うん…、それは次かな」
 買い物がてらアメ横をぶらっと歩いて、通りの一角にある寿司屋へ、氷室の目的はそれだった。以前にアレックスを連れた観光で入ってみて、『ガリ』と呼ばれる和製のオリジナルピクルスに衝撃を受けた、あれから同じようなものはあれどどこか違う『ガリ』にしか会っていない、だから機会があればもう一度食べたいと思っていたのだ。
「断っても…」
 と、言い掛けたところで次は火神の方だ、煩わしげに電話を受ける。通話相手は黒子らしい。
「――ああ。それなんだけどよ、急に言われても、タツヤは…」
 氷室が黙って見ていると火神の表情は険しくなり、そして、困ったようになる。
「だぁ! 何話してーんだかわっかんねーよ! 一人にしろよ!」
 どうも話者が交互に入れ替わり、ああでもない、こうしようと三人で言いたいことを言っているらしい。そしてそれはまとまってもいないようだ。
「……」
 なんてややこしい。
「だから! どっちなんだよ!」
 すれ違う人がよける、爆ぜた栗でも避けるような仕草だった。苛ついたように空に火神は喚いている、落着させるのは黒子か赤司か、それとも火神か。もうそんなのは誰でもいい。
「…って、タツヤ?」
「いや…」
 笑いを収めて氷室は応える。
「So, shall we walk? By bus or subway? 月島へはどう行くのかな?」
 
 
 
 
 
 
160927 なおと
 
 
 
 
 氷室さんは一歩引いたとこから彼らを見、愉快がっていると思います。
 あたたかな眼差しで。
 そういう風に見れちゃうところが一歩大人で、陽泉の裏ボスなんだろうなと。
 
 関係ないけどガリの美味しいお寿司屋さんはテンション上がります。
 
 
 拍手、ありがとうございました!
 
 
--2016/10/04 掲載