さいきょうまおうのはなし。1

 とりあえず言いたいことを出そう、と思って書いたものです。開き直っていいと思うんだけど、雪ちゃんはあっち行ったりこっち行ったりして忙しい感情を持て余しているんだろうなあ…。あくまでも雪ちゃん寄りなので燐の気持ちとかはとことん排除。一方向でしかないんだから言わなきゃわかんねんだよっていい加減気付け、兄弟!(笑)
 ちょっと今更感があるのも放置していたからです…すみません。
 書いているうちに当初の話とはまったく違うものになってしまいました、そのため分割してます(なんとなく)。時系列はいい加減です、とりあえず夏服のころ。瑞々しい二の腕!奔放に翻るネクタイ!青春チラリズムの季節です(ヘンT…)。
 

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 最初は醜い嫉妬だと思って気付かないふりをしていた。自分は自分で兄は兄だと、努力したぶん、十分リードしていると思っていたし、僻むなんてバカげていると。思うさまねじ曲がって歪んでしまった感情がこれというならそれでもいい、兄さん以外どうでもいい。処分が決まり、失ってしまうと知り、世界が暗転して自覚した。
 ぼくらはどうしたって家族で、双子で、離れることなんて出来ないんだということを。
 
 
 獅郎神父《とうさん》の残したものが見付かったと修道院から連絡があったのは学校の授業が終わって塾に直行しようかどうしようかと考えていたときだった。古いけれど祓魔についての教本もあるからと取りに来いよ、と長友さんは気さくに言った。つまりそれはついでに顔も見せるようにということなのだろう、僕ら兄弟が育った場所で、育てられたと言っても過言ではないひとたちに会うのは当たり前の礼儀だ。
 この春、あのあたたかな場所から出たけれど、二度と戻らないつもりだったのか、いつかは戻ろうとしていたのか、将来について何を思い描いていたのか、感傷じみたものがあったのかも僕ははっきりとは覚えていない。ぼんやりとした不安と押し潰されそうな責任感を抱えながら隣に居る兄のことやら違うことで頭がいっぱいで、残していく思いなんてそれこそ気持ちの隅に置き忘れていた。
「僕は別に構わないんだけど」
 塾の講義を終えたら任務ということにはなっていないし、今日明日は残業する予定もない。
「兄さんが、それどころじゃなくて…」
 正直に告げると、相手は仕方ないなあと笑った。
『燐は相変わらずだなあ…。じゃあ、送るよ』
「いえ、行きます」
 送料がかかってしまうし、タイミング悪く受け取れなかったらそれこそ申し訳が立たない。兄さんもきっと行くと言うだろう、少しだけなら大丈夫だろうと踏んだ。勉強や課題から逃れたい一心で行くだけなのを張り切るに違いない。それに何より僕が監視すればいい、中学時代は言えないことも多くて、ふらっと定まりのない兄さんを見送って、手当てして、注意しては口喧嘩ばかりしていた。事情をてんで知りもしないから兄さんは神父さんをはじめ周囲を心配させ続けていた、恐れられることを含めて今だってあまりよく飲み込めていないのは明らかなことで、ハゲるだの何だとからかわれても過剰なくらいが兄さんには丁度良いと僕は思っている。それに、“兄さんはあらゆる意味で危険だから”で叱れるのは前よりも楽だ、そうだけど、と認める素直さが見えるぶんましで、聞き分けはないことが多いが、僕はその点について思うさま怒れる。去年までは覚醒しなかったせいもあるけれど、どうしてだと強く訊き返されたら同じ事をしか繰り返せなかった。みんなが同じように持つキケンと、兄さんが持つキケンは明らかに度合いが違っていたのだから、それを目の前に突きつけられたことで少しだけ、…少しだけ。
『お、そうか?』
 少しだけ気持ちが凪いだような気がしていた。
「明日は実力テスト前で早くに学校も終わるので少しくらいは…」
『テストって、燐、ほんと平気か…?』
 長友さんは心底心配だという声で言う。
「奥の手があるので」
 笑いながら返した、覿面な効果を発揮するあの手は出来れば兄さんが無事学校を卒業するまで使いたいと思っている。というか、願っている(しえみさんには申し訳ないけど)。
「放課後の、塾までの間にちょっと立ち寄るくらいかと思うんですが」
『構わないよ、夕方くらいになるか?』
 僕は兄さんは特別だけど、兄さんだからじゃないと主張できるようになった気がしていた。結局は妄想か、錯覚でしかなかったけれど、そう信じ込んでいた。
「たぶん」
『忙しいのに悪いな、ちょっと重くてな』
 長友さんの言葉は暫く耳に残っていた。
 それでも重たさはまったく変わらないんだ、と去年までの僕に教えてやりたい。ちっとも楽になんかならないし、見ないふりをしたって無駄なだけだって。
 
 
 校舎を出ようとして兄さんの後ろ姿に気付く。鞄に刀袋はそこそこ目印になりやすい。兄さんはこちらには気付かない様子で俯きがちにして何故か手にスーパーのビニール袋を提げていた。
 ぎくりとする。
 桜が、雨にしおれて、ただ冷たい水の底にいるような春の日。いま、記憶とダブった。
「に、いさん…?」
「おー雪男」
 今日は魚のフライと肉団子と白菜のスープな。
 言うに事欠いてメニューとは、兄さんのなんといおうか、不可思議なおかんらしさは愛嬌がありすぎて困るし、ほっとする。それよりも今日は特進は一時間ぶん長いけど、通常のクラスは終業が早かったはずだ、一体何をしていたんだ。
「えっと…」
 待つなんてどうしたのと言おうとして気付いた。薄日が差すというのに外は細かな雨が降っている、予報では夜からだったのが風の働きで早まったらしい。よく見れば兄さんも肩と髪がしっとりと濡れていた。
「雪男?」
 音や気配にすら気付けないほどの雨は案外に続く、僕は空を見上げながら呟く。
「降ったかー…」
 なー、と兄さんは調子を合わせる。
「向こうの空がキレーでさ、ちょっと見てた」
 南西の一部は雲間から光が差しており、空の色合いもくすんだ灰色でもなく、確かに特別なスポットでも設けているようだ。
「天国ってああいう先にあんのかな…」
「まさか」
 笑いはしないけど即座に斬り捨てる、物質界《アッシャー》と虚無界《ゲヘナ》だけで十分だ。それに虚無界の門《ゲヘナゲート》は天地無用もなくでたらめに出現して開くことが可能だと聞いている。
「お前、悪魔祓いやってて天使とかは真っ向から否定すんのな、俺はけっこー真剣だぞ。死んだらどこ行くかわかんねーし」
 兄さんは白けたように言った。俺が恥ずかしいひとみたいじゃねーか。
「だからこそだよ」
 僕は眼鏡を押し上げる、恥ずかしいこともあるかも知れないけど、どちらかといえば残念な方だ。
「兄さんが気楽すぎるんだ」
 それに僕だって兄さんがこの先どうなるか知らないし、考えたくもない。たまに素で兄さんは惨い。ぱたぱたと左後方の雨樋から滴が落ちる音がして、雨脚が強まり、景色もより白っぽくなる。ハンカチで雑に目に余る滴を払ってやる、兄さんはいてーよとだけ言った。
「それにね、兄さん」
「何だよ」
「消滅したらみんな等しく無くなるだけなんだ。身体が崩れて、砂や土や大気に還る。それで終わり」
 兄さんは何も言わず、どんとわざと湿った頭を胸にぶつけてきた。痛くないけど。
「行く場所なんてどこにもないよ」
 わかってる、と小さい声がした。項垂れた兄さんの髪の先からぽたりと滴が落ちた。
「…ここ」
 僕は兄さんの腹を指で軽く突く。兄さんは何をするんだといいたげな顔で怪訝そうに僕を見る。
「透けてたら他人のフリするとこだったよ、今日だって雨降るって言ったろ?」
「しっぽなんて誰も気にしねーよ。触ったり弄ったりすんの、お前ぐらいだ」
「なわけないだろ」引っぱたいたり巻きついたりするのはそっちだろ。
 尾は悪魔の特徴の一つだ。急所でもあり、隠すことが好ましいとされているけど、兄さんは隠している方が少なく、胴に巻いて隠してもあまり気を遣わない。上着もなく雨に濡れて変なのが腹に巻き付けてあるって誰だって不思議に思うに決まっている、前にしえみさんに変な悪戯してたし、まったく悪びれがなさすぎる。
「でもよ、雪男。ちゃんと聞けよ、アジも鳥ひきも楽に買えたんだぜ。雨の日サービスで海老とイカもすっげー安かったんだ!」
「…牛乳だけじゃなかったの?」しかも力んで言うのそれって。
 学校からスーパーはそこそこ近い場所にある、大きくはないけれど学校生活救済ストアとも言えて、行ってはいけないと知りつつひとっ走りと昼食用などに利用する生徒も多かった。鞄のなかに入れておいた折りたたみを開く。当たり前のように兄さんは横に入ってくる、まあ目的はこれなのだろうけど。呆れるのと、らしいというのとで攪拌され、トドメに肩に触れたぬくみとで感情がやや揺らぐ、そういえばまともに兄さんに触れてなかった。
「牛乳だけで雪男に鍵出させんなら他のも一緒の方がいいだろ。夕飯ゴーカだし」
「鍵?」
 聞き捨てならない単語出たな、おい。
「が、学校から、寮の…」
「認めない」
 僕は息を吐く。狡賢いことになら働く頭は配列か何かを間違えているだけで、己の失言に焦ったようにして視線をきょろきょろさせている兄さんはやっぱりダメだ。悪いけど神父さんの遺品については言わないで僕だけ引き取りに行くことにしよう。
「傘は貸してあげる。僕はこのまま塾に行くけど、兄さんは寮まで走っていって冷蔵庫にアジや牛乳をしまってから改めて塾に来るように」
「べ、べんきょーはどうすんだよ」
 頬にかかる滴を拭ってやるとより身体を寄せてくる。文句がましいながらも腹の辺りでもぞりと尾が動くのが制服越しに分かった。昨夜だって満足するようなことは出来なかったから、兄さんなりにアピールしようとか考えているのだろうか。…どうだろう。
「それくらいの時間、問題ないでしょ」
 明後日から二日間実施の実力テストのために塾で授業の前に少し勉強を見てやる約束をしていた。兄さんは卵は熱を与えれば固まることを知っているけど、タンパクは熱すれば凝固することを飲み込めていないというちぐはぐさがある。他の塾生の前で格好悪いと突っぱねたがいまさらな話で、だからこそ意味があるのだとばかりにいささか大袈裟に脅したら口を尖らせながらも従うと頷いたのだった。テストは基本的にはグレード別授業のクラス編成のためのものだけど、兄さんは適用外だ、それほどに悲しみを抱えた成績なのだから少しはと考えもしたことだった、が、頭悪そうな物言いを聞くだに何が変わるとも思えない。
「……」
「なに? それともそんな時間ですら惜しいっての?」良い心がけだ。
「いや、い、行きます」
 わざと耳の近くに言ってやる。
「それとも楽しみだった?」
「るせえ!」
 兄さんは弾かれたように身体を離し、走り出してしまう。傘も持たず、きっとずぶ濡れで教室にやって来るのだろう、そんなの絶対に当てつけじゃないと分かっているけど、僕の心をひりひりさせて、サクサクのフライと抜群の味のスープを僕の目の前に置くのだろう。分かってる。
「…ほんと、ずるいな…」
 聖書には、心を惑わせる存在として悪魔は登場する。
 悪魔《サタン》よ、退け。
 イエスは、そう命ずる。
 僕の兄さんから悪魔である部分を剥ぎ取りたくて、助けたくて祓魔師《エクソシスト》になったけど、兄さんは覚醒して、取り返しがつかない場所にまできてしまった。
 僕らはサタンの子だ、誰が認めようが認めまいが、事実で、変えられない。力を受け継いだのは兄さんで、サタンの落胤は一人で、兄さんだけが正十字騎士團でも超一級の危険対象と認識されてしまっている。双子である僕もこの先どうなるか分からないけれど、覚醒すべきタイミングは失ったように思える。条件は掌からぽろぽろとこぼれ落ち、なるとしたら死んでも望まないような悪魔落ちのケースで、精神が耐えられないだろう、憑依される器にしかならないだろう、だからそちら側になど行ってたまるかと兄さんを斜めに見ながら心のどこかで安心している。
 世界で一番大事で必要な存在が、よりによって魔王。
 まったく手強くて、厄介だから、むしろ兄さんは魔王でしょうがない。
 

 120819  なおと  

*続きがあったりします