黒バス_13

 
 
※赤黒です。
※去年の春先に某事件の被告の発言に怒り心頭に発し、あれこれ文句をぶちまけるよりも、と思って拍手に上げました。
※二期のエンドカードで赤黒ちゃんにちょっと潤っていたですね。かっちーんと来たわけですね。
※必ず勝て。とは思わなかったけれど、製作サイドに負けるな、屈するな、二次も引かないで、負けないでってずっとエールを思い続けていました。
 
 

【PDF版】<<※作製は未定です>>

 
 
 
<お願い>
※記載内の無断転載、無断コピー、データ転用、改変、再配布等はご遠慮下さい、お願いします。
  
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王様とブックノイズ  ——The King VS Books
 
 
 
 今日は黒子テツヤを見かけなかったな、と思いながら赤司征十郎は図書室に足を向ける。校内のどこかで会えればそれで事足りたのだが、会えるだろうと思うとまるで雲隠れでもされたように彼を見かけない。会わないとなるとどうでもよかったことも伝えられなったことが小さな痼りとなって質の悪い病巣みたいに体内に広がってしまう。だから、赤司は彼を探す。わざわざクラスメートに尋ねまでして、校内を回ってしまうのは彼のどこか引かない性格のせいなのかもしれなかった。これは部長としても義務でもある、と必要もないのに時計を見上げ言い訳まで考えていた。
 今日は施設点検があるから体育館が使えない、使えるのは校庭の一部——赤司も午後になって知らされたから、他の部員への通達はもっと遅くなるはずだ。緑間のようにさっさと帰ってしまう部員もいるだろうし、伝言は途中で途切れているかも知れない、と。
「……」
 果たして彼は居た。
 ふと緩んだ吐息が口から漏れる、分類番号の零番台を背にした窓側の端、彼本人よりも置かれている本の方が存在感がある。自然光を多く取り入れるのが目的のせいか開架式の図書室は他の教室よりも窓が広い。蔵書量のこともあってか一階部分に位置し、書庫だかカウンター奥にスペースがあるというL字型の構造になっている。
 業者から卸した実力テストが翌日に迫っていた。テスト前は部活動は禁止で、教員室も出入り厳禁となるのは通常の定期試験と同じだ。生徒が校内に残っていていいのは午後四時まで。事実、外を見ればちらほらと帰って行く生徒が見えたが、タイムリミットまで時間はあった。しかし黒子は構わない。右脇に二冊、旅行記とインドシナの現代史の本が置いてあり、手にしているのは貸し出し禁止の世界史の本だった。
「ここ、いいかい?」
 相手はふいに入ってきた風に気付いたみたいに僅かに顔を上げ、傾げるように小さく頭を揺らす。かろうじて肯首と受け取れるくらいで何か物を発する気も、誰かと知るつもりもないらしい。
 黒子に向き合って座り、ノートを開いた。
「……」
 ありふれた家庭に育ったごく普通の中学生。色んな意味で彼のような人間には遭遇したことがなかった。頼りない肩で、小さな頭だと思う。背は自分とさほど変わらないけれど、空気にも溶け込んでしまいそうな印象の薄さが危うげで、いつだって小さく見えた。恵まれた膂力や体力があるかといえば首を横に振るしかなく、努力で無いものを手にするというのでもない。そもそもあるかないかの違いは宿命的といっても過言ではなく、どうしようもないことだ。
———これはかなり集中している。
 黒目がちな目を活字に向けて、外の世界などないもののように深く沈んでいる。まるで対象物の呼吸すら見逃さない観察者のようだった。赤司は黒子の目線の先をちらりと見、ノートにペンを走らせた、気付いたときにでも伝えればいい。集中してもせいぜい五分かその程度、気が済むまでそうかからないだろう。
 本棚の間を移動する誰かの気配、くしゃみのような音が聞こえて、目を向ければ黒子は笑いを堪えている。読んでいるのは旅行記だ、楽しげな顔つきのままに視線が移動する。穏やかな目つきに微かに伝わる息遣い、思い出したように頁を飛ばしていって、顔つきはふいに厳粛になったりもした。
———案外に面相が変わるものだな。
 読もうとは思わないが、気にはなる。
 窓の外で足音がして、下校する生徒かと思えば欠伸をしながら歩いて行く青峰だった。
「……」
 図書室横は通路ではないが裏の通用門への近道だ、来るなと確信しつつ待つと、案の定桃井がその後を追うように走っていく。青峰は気怠そうに過ぎて行ったが聡い彼女は窓を隔てた室内にいる黒子と自分に気付くと手を上げて笑顔を作った。何をしているのかと訊きたそうな顔をする、ここはグループ学習や委員会の会議にも使用されるくらいだから厳格なまでの静寂さを求めることはなかった。一定の静けささえあればいい、だから気軽な調子で問おうとしたかったのだろう、唇がわずかに動いて目で黒子の背中と自分と隔たりの距離を測るのと、こちらがそっと指を立てて制するのはほぼ同時だった。
 窓の向こうの彼女は念でも送るかのように黒子をじっと見詰める。長い髪が揺れて、小さく首を振ったのがわかった。気付けば、目が合えば話が出来る、きっと動いて距離は狭まる。そんな願いは届かなかったらしい。黒子は最後まで好意ある女子の熱視線にぴくりともしなかった、残念ではあるがまあそういうことで、桃井は肩を竦ませるようにしてから手を振って走っていった。
「…どうかなあれは」
 思わず呟いた。良い悪いではなくて、本に夢中になるテツくんも好きだと彼女なら言うだろう。しかし。
 もうない二人の影を窓の外に眺め、黒子を見た。やっぱり本を読んでいる、理想的な図書室の利用者の姿に他ならない。悪いことではないとは思うけど、どの世界とも隔絶されたような場所にするりと入り込める姿には立ち尽くしてしまうしかなくなってしまう。どうということもないという顔で読書に耽る、本当に好きなんだなと言われても普通だときょとんとするだけだろう。だからこそ邪魔をしようとは思わなかったし、妨げるなど論外だった。影であることを為すため保持すべき緊張感が必要であるように、それこそ豊穣な知識の底に深く落ち込むような慎重さと閑寂さも彼にはきっと大事だ。
「……」
 黒子は抜きん出た素質はないけれど、かといって意味のないもの、というのでもなかった。
 彼の一部を掴んで損なうようなことはないとは思うけれど、誰にも触られたくない、特に無遠慮に壊しそうな紫原や青峰には。こんな姿を見せつけられるとついそんなことを思ってしまう。
「く…」
 かたりと動く気配がして顔を上げる。対面にいるチームメイトは椅子に座り直し、気持ち前傾姿勢になり、ぱらぱらとページをめくり、該当箇所らしいものを見付けるとほっと安堵したように息を吐いた。
 小さく頭が揺れて、乾いた紙の音がする。参照でもするのか視線が紙面を進んで戻った。
 ばさりと音がしたと思うと積んであった一番上の本が広げられた。
 焦るように指が頁をわたってゆき、一つのところで止まると次には凝り固まる。まるで突き当てた痼りに戸惑うみたいに。
「…っ」
———どうした? 黒子。
 どこかでエラーを起こし、機能を停止させた人形みたいに身体が固まってしまう。何かを凝視したまま瞬きすらしない。
 パスはあんなに早いのに、融解は遅いのか。たっぷりとも思える時間、息すら止めてしまったままなのか、俯いた顔色さえ白くなっていくように見えて、呼気はとつい手を伸ばしそうになる。
「黒子」
 ペンを止めて見ていると相手はこちらの呼びかけなど気付きもしない様子で忙しく本を取っては開き、照合するかのように双方を見比べたりする。観念したかのような吐息を一つ、引き寄せた現代史を黙読し始める。自分のことはやはり眼中にはないらしい。
———気付かないのか。
 無言で本を引き寄せて拳を唇に押し当てる。何かを痛がるような顔つきで真剣に活字を追う。
「……」
 姿勢を変えて、挟み込まれている紙片が落ちるのにも頓着しない、おいおいと軽く呆れはしたが気付かれないことは不快ではなかった、むしろどこか愉快だった。解く問題がなくなって諳んじた英文を繰り返すことだって有意義にすら感じられる。この教室だけでなく、学校中の静寂を全部やりたい。時間だって止まっても良いくらいにだ。
 緩い呼吸も目の動きも、ゆびさきが活字をなぞるのも眺めていて飽きない。
———待てる気がする。
 漠然とこみ上げてくる。
 何を待つというのか。黒子を? この自分が? …彼の何を? 何を悠長に待つんだ?
「…どうしてだ?」冗談じゃない。
 ノートを見る。やっていることが急に我慢ならなくなった、文字が、数式が歪んで雪崩のように視界と思考を取り囲んだ、意味が分からない。自分の時間を削ってまで何をしている? 彼に伝えるべき事はノートの端切れに書いて置けるくらいのものだったはずだ。
「え? あ…」
 赤司君、と初めて見るみたいに黒子は言う。唐突に集中は途切れたようだ、彼は本当に自分など目に入っていなかったことになる、一応、正面の席に座るとき僅かに目を動かしたが気持ちはそこにはなかったのだろう。消し去りたかったのに自分の方が影になるなんて、と苦笑がもれてしまった。
「どうかしたんですか? 何か、呼ばれたような気もしたんですが…」錯覚かと。
 弁えるどころか備わっているクセみたいに音量は押さえがちに、本を閉じることなく真っ直ぐに問うてくる。
「すみません、赤司君だとは思いませんでした。知り合いが正面にいるのに無視して失礼しました」
「いや、オレは勉強していただけだし…」
 相手は恐縮していながらも心はどこか上の空だ。視線は自分から手元へと移り、そして、そのどちらでもない点に浮いた。
「何を読んでいるんだい?」
 気になって眺めていた、ページをめくる音や微かな息遣いだって聞き逃すつもりなどなかった。だから彼が何を一心に読んでいるかも知っている。
「…カンボジアの話を授業で、聞いて」
 道理で世界史、という顔を作る。彼は自分を前に率直な言葉しか選ばない。
「探したんですが、ここは少ないみたいで」
「内戦のことを?」
 黒子は本に目を落としながら憚られる凶事でも告げるみたいに、言いにくそうに口にした。
「いえ。…というか、歴史的なこともなんですが、むしろ弾圧について」
「〝弾圧〟?」
 はいと、頷いて躊躇うように本を閉じる。
「弾圧というとクメール…」
「すみません。僕の中で未消化というか、処理しきれないことが多くて、内容についてはとても話せません」
 表情は涼しいものだが、無言のあれこれの表情が告げていたとおりに彼の頭の中のカンボジア現代史は衝撃的で、それ以上は何も言うつもりがないようだった。自分もその国については語れるほどのことを知っているわけでもないし、何の意見も持っていないからそれはそれで構わないのだが、ふいにシャッターをおろされたような気になったのも確かだ。
「赤司君は勉強するためにわざわざここへ?」
 のんびりと聞こえなくもない中音は話題を逸らすというきっぱりとした意思を伴って続けられる。
「…ああ」
 赤司はちらと本に視線に遣ってから応えた。喉がふいに詰まりそうになって、舌にざらついた感触が残る。
「黒子がいるだろうと思って」
 正直に応えると相手はぱちくりと瞬きをした。
「やっぱりすみません」
「いるなら消しゴムくらいは借りられると思っただけだよ」
「半分いりますか?」
 黒子は疎らになった本たちを引き寄せ、背表紙を撫でるようにして確かめてから脇に置き直す。鞄に手を伸ばしながら全部は困りますけど、とは続けないが、持って行かれたら大して表情も変えずに狼狽するのだろうなとは思う。さらりと礼を口にして悪びれもなく全部を持って行くのは黄瀬だろう、そうしたとき、言うんじゃありませんでした、と相手を仕方ないと許すのではなく、自分の失態にしてしまうのも想像も出来た。チームメイトそれぞれの距離と適した付き合い方、その在り方は間違ってはいない。
「…黄瀬ではないからな」
「え?」
 黄瀬だったら。青峰だったら。頬杖をついて頭に埒もない仮定が浮かぶのを振り払う。
「四時までだから」
 よじ、と口が動いて目線が壁にある掛け時計までつり上げられる。
「四時まで、間違えたときに借りられればいいんだ」
「……」
 テスト前は全校生徒に職員室の出入りが禁じられて、朝練のみで放課後は部活動はなし、でもバスケ部は特例措置として放課後の自主連が可能となっている。体育館の鍵は告げれば借りられるし、他の部活動から見れば不平等が『強者』を前にまかり通る。黒子は少しでも練習するためにコートに行くんじゃないかと思っていた、どこかへ立ち寄ることがあってもボールには触れるだろうと信じてもいた。だから赤司は黒子を探した。
「赤司君は知っていると思いますが、今日は体育館が使えないんです」
「…そうだったね」
「放課後、少しだけでもと思って行ったんですけど、考えてみれば今日とか、ほんの僅かの日くらいしか学校の体育館って整備点検が出来ないですよね。いつも使っているから」
 何人かの人か忙しげに防災用の調査とかまでしてましたと、神妙な顔つきになって黒子は言う。
「蛇口から赤水みたいなものが出たことありましたし…」
 二ヶ月ほど前だったか外の水道で洗い物をしていたマネージャーが気付いたことだ、不安がっているのを通りがかった黒子が気付き、取った行動は実験のような大放水だった。そのとき赤司は彼の大胆さを唖然と見守ったものだ、緑間は呆れ、青峰は笑い、黄瀬はなるほどと手を打ち、コーチは腕を組んだまま何も言えず教育というものを考えたくなると言いたげな顔になった。水道管の劣化によるものと原因が知れて、黒子は紫原にさんざん頭を撫でられて頭髪をもみくちゃにされては練習よりも疲弊していた。今回もそれを踏まえてのことなのだろう、設備がより良く整うのはいいが使えなくなったのは彼にしてみれば有り難くも藪蛇といえるかもしれない。
「休みも使うからこんなときでもないと点検もできない、だから僕もこんなときだから出来ることをしておこうかなと思って」
 体育館から閉め出された負け惜しみみたいだ。
 蛇口から迸る水は赤褐色が間歇的に出続けて、やがて透明になった。毎日使っているのに変ですよね、と黒子は意見を求めるように赤司を見た。その後、ゴタついたものの外野は外野とすぐにコートに足を向けて自分の行為に対しまるで興味を示さないのが何だか可笑しかったのを覚えている。
「…あ」
 こちらを見ているのは分かる、しかし赤司を視てはおらず、相手は自分を透かすようにして向こうを視ている、そして席を立つ。
「すみません。もっとありました、本」
 まるで見えない糸で操られているかのような動きだった。本棚の前に立ち、迷いのない手つきで二冊の本を抜き取る。いずれも巻数が付された厚みのある書籍だった。
 何てことない視線誘導、彼の立ち止まらない目の行方、この本の群れの中にいる限り彼は自分を見ないのか、そう思うと当然だと考える反面、どこか苛立ってもくる。
「赤司君は、常態が目立ちますね」
 黒子は席に戻るとちょっと笑って本を開き、当たり前のように没頭する。
 彼の意識を向けさせる場所をたった一つしか知らないのが許せなかった。
 
 
 あってはならない場所に雑誌が落ちている。
 幼なじみの桃井さつきは言いたいことだけをまくしたてたら気が済んだと行ってしまったし、誰もいないとなるとこれは由々しい問題で、青峰は拾うか無視するか実は考えている。いわゆる青年誌だ、巻頭に露出度の高いグラビア頁、しかもヒラヒラと手招きするように揺れている表紙には中綴じ付録という言葉が踊っていた。無視できないのはこのグラビアのアイドルがちょっと好みのタイプで中綴じはもっと興味のあるタレントだったからだ。気付いた瞬間の胸の高鳴りと来たらなかった。目の前に大人の階段が聳えた幻覚まで見えそうな気がしたくらいだ。
「青峰君?」
 あー。
 知った声に振り向く。どうして出てくるかなこのタイミングで。
「テツ…」
 バスケはめちゃくちゃ相性が良いやつだけど、こんなところは悉く合わない。寄ってきた黒子の頭を叩いた、腹いせではない、つもりだ。
「金ねーから、アイスおごれ」
 叩かれたうえに何て仕打ちだという顔で黒子は咎め見る。
「イヤですよ、僕だってありません」
「じゃー、タコ焼き。半分分けてやる」
 耳を掻きながら我ながら偉そうだ、制服でなければ柄が悪いのが絡んでいるとしか思われないんじゃないかという気がしなくもなかった。青峰は悪気がないのに悪いみたいに見られることが多い、もちろんチームメイトを痛めつけるつもりなんてないし、黒子だって甘くない、ずけずけと物を言うし、制裁みたいにやることはきっちりやる。
「何でですか」
「突然出るからだよ」
 と、角にあるタコ焼きの店舗を親指で差す。ラムネの暖簾を揺らしながら香ばしいソースの匂いが漂って、あれで誘われない方が嘘だといってもいい。
「やっぱり無理です」
 黒子は視線を動かしはしたが素っ気ない。つーか、そこの、植え込み近くに落ちている刺激的な雑誌に気付けよと言いたい。拾って欲しそうにあるってのにつまんねー奴だな。だけど部室でもエロな話に乗ってこないし、黄瀬の取り巻きを見ても顔色一つ変わらないんだからコイツにはまだ早いかと諦めて歩き出す。
「お前さー、図書室で赤司と何話してたんだよ?」
「本の話です」
 と、答えてから質問の意味を分かりかねるという顔を向ける。
「オレの目は誤魔化せねんだよ」
「…はあ」
 同意するでもなく、曖昧な顔だ。このあたりはおおよその行動パターンが読めているんだろう、その通りだ。
 帰るとき、裏門までの近道に当たる図書室に黒子と赤司がいたのには気付いていた。面倒だから何もしなかったけど、二人の組み合わせは異様に感じられもしたのだ、何かと気にされる赤司は仕方ないとしても、黒子はそれを平然と無視しているように見えた。あの赤司をまったくないものとして視界や意識の中から抹殺するなんて、鼻で嗤って許さないに決まっている。あの男は穏やかそうに見えて自意識が高いのだ、青峰はいわば同種だから分かる。バスケの技術とかを抜きにしても本能的に厄介さを感じられる。手に負えないんだから油断するなと言ってあるはずなのに。
「そんな警戒するみたいな顔しないでください」
「してねーよ」
 返す言葉の雑さに黒子は息を吐く。なんかあるとさつきが心配すんだよ、と付け足すとそうですか、と信じていないような口ぶりでぼそりと言う。
「授業で聞いて、ちょっと気になったことがあったんです。教科書には殆ど書いてなかったから図書室で調べてみたら、目の前に赤司くんがいて」
「……」
 まあ嘘ではない、黒子は事実をありのままに言っているのだろう。だが、その目の前の赤司が、だ。種があって勝手に咲きましたという具合に唐突に発生するわけがない。
「お前、赤司のやつ目の前に置いて待たせて何読んでたわけ?」
「赤司君はテスト勉強してただけですよ」
「違げーだろ、あいつが図書室でベンキョーなんてするかよ」
「本を読むためだけじゃなくて、自習用にも解放してるんだからすると思いますけど」
「…はっ」
 唾を吐くような返事になった、焦れったい。赤司が、わざわざ黒子の前にいることの意味など考えなくたって知れるものだ、呼び出して用を済ますような男が、だ、大人しくいるか? 『なんだこいつ?』くらい考えるだろう、青峰だったら腹を探るべく問い詰める。それをどうとも思わないなんてお前がおかしい。ていうか、わざとなのか。
 青峰のリアクションが不満だったのか黒子は僅かに眉を動かすと鞄の肩紐を抱え直すようにして黙り込んだ。
「んだよ? 言いたいことあったら言えよ」
 怒りでも堪えるように僕は、と低く声に出し、ぐっと詰まってしまう。
「テツ?」
 怒ることなのかよ? どこがだよ?
「僕は…人の死について考えました」
「あ?」
 ぽかんと口が開いて、チームメイトの横顔をまじまじと見てしまう。独自の理屈を持ち(きっとそんなところが青峰も気に入ってて、赤司も目が離せなくなったのだと思う)突拍子もない事を言い出す、そういう奴であることは承知していたつもりだった。が、明らかに通じてない。赤司と“人の死”だと…大層な話じゃねーかおい。
「人が人を殺してはいけない理由すらはっきりと言えないのに、…カンボジアの内戦であった出来事はとても嫌でした」
「かんぼじあ?」
 また物好きな。
 黒子はぽつりと弾圧があったんです、と言う。風が吹いて、暖簾が音を立てた。黙ってそちらに目を遣り、ほかほかソースの鰹節踊るたこ焼きが、途端に激不味プロテインをどっさりかけた上にハバネロとあんこホイップを追加した感じになってげんなりする。たこ焼きが悪いわけじゃないがもういらなくなった。
「…あいつ、何つった?」
 ついでに毒気も抜けて、息も漏れる。カンボジアだのダンアツなどもはや青峰の領域ではない話題だ。
「赤司君には言ってませんよ。あのときはひどい弾圧を知って僕の方がいっぱいいっぱいで、とても話す余裕なんてなかったし…」
「お前、図書室じゃ無敵なんだな」
 黒子はついと目を向けて何を言っているんだ、という顔をしてみせる。
「どちらかといえば無力ですよ、無力さをあっさり認めるのが嫌なだけです」
「あっそ」
「僕は、またアイスが必要なんじゃないかとか君のことで手一杯なのに」
「関係ねぇよ」さつきみてーに言うな。
 払うように手を振る。胸の内にくすぶってわだかまっているものの正体を青峰には言葉に出来なかったし、追ってきて引っぱたくような人間がいる限りバスケで決定的な絶望を抱えたいとも思わなかった。迫り来るものは確かにあった、半分以上をのみ込んでおきながらも、信じていない部分を残している。黒子が気にするのはそこで、バスケの相性がいいだけにそういうところが妙に鋭い。
「あんな…気持ちいい風に吹かれてるみたいな顔、するから」
 黒子にしては早口な、聞き逃しそうになる言葉がどこからともなく流れてくる夕焼け小焼けのメロディに唱和する。
「なんか言ったか?」
 何でもありません、と青峰を追い越すように先を歩いて行く。
 少しだったし、自分の目線よりも下の方で俯きがちだったから相手の顔は傾いた夕日のせいもあってよく見えなかった。無理矢理に引き締めているような口元だけがわかった、十分だ。困っているのに許してもいるようなのが甘い。
「……バカ野郎が」だから、油断するなと言ったのに。
 
 
 
 

140317 なおと

 
 
 

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↓このように怒っておりました。
 黒子事件におけるW被告が、反省の色全くないという報道がムカついてなんかもうどうしてくれようって思って、
その思いをスペースの空いた拍手の場所に。
 嫉妬心だけで不特定多数の楽しみを取り上げていいわけがない。
 悪意だけで損なっていい権利など持たないのだから、認められる余地などない。
 ムカムカムカーって思って、のんきな感じで進めようと考えていたけど仕上げてやる、と思いまして。
 エネルギーはやや雑ではありますが、このように変換されたわけです。

 
 

昨年のおめでたテキストもそうですが、移行させるのを忘れたままどうすべか、とタイミングにあああああ、
となってしまいます(上げておくことはweb用の鯖に保存することでもあると思うのです←マシンが壊れたときの教訓)。
 
いかにして徒に犯罪を誘発せず、趣味や楽しみを広げ、満喫するかということを考えさせられた事件であります。
それにしても、…我慢しない世の中になりましたね、ほんと…。(150119)