Devil of a crossroads

ああもう、本編が心配で心配で(苦笑)。
そんなワケで、二次ではせめて。少し平穏な感じと言うか、仲良くしてる感じにして見ました。
燐も雪男も、恐らくそんなことしないだろうと思うのですが、もし相手を失って、それでも取り戻せる手段があると知った時には、凄く揺れると思うのですね。と言うか、ちょびっとそんなことを考えて欲しくて書きました。
 
 

【PDF版】 [Devil of a crossroads]

 
<ご利用方法>
・PCで保存して各モバイル機器へ保存してください。
・モバイル機器によっては、上記リンクから直接保存が可能な場合があります。
<お願い>
※お使いのテキストリーダー、アプリなどで表示可能な形式ですが、一般書籍ではないことをご了承のうえ、お取り扱い下さいませ。
※モバイルでの閲覧を目的としておりますが、各々のデジタルツールでひっそりとお楽しみいただけたらさいわいです。(表示サイズは960×640ピクセルを想定しております)
※記載内の無断転載、無断コピー、データ転用、改変、再配布等はご遠慮下さい、お願いします。
 
———*———*———*———*———*———*———*———*———*———*———*———
 
 
 
 
 
あれこれとおまじないに必要なものを入れた小さな箱を、地面を掘り返した穴に埋めた。少し盛り上がった土を念を込めるように優しく叩く。
そして、神妙な顔でぱんぱん、と手を打ち合わせてしばらくじっと拝んだ。
こんなのはただの迷信。判ってる。それでも。クラスも違う、同じ学年の誰かじゃなくて、私だと知って欲しい。そのためには声を掛けるきっかけが要る。友達の励ましでも、怯んでしまう。そんな自分の背中を押してくれるかもしれない。
ぎゅ、と眉根を寄せて、ひときわ強く願う。
だから、お願いします。明日、おはようって声を掛ける勇気をください。
「終わった?」
目を開けたところで、付き添ってくれた友人が問うた。
「うん」
達成感と、少しの興奮が混じっているのが判る。ざ、と通り抜けた風が興奮の熱を奪っていく。
「通じるかな」
「通じるよ」
少女たちは顔を見合わせて微笑んだ。
 
***
 
腹にどかんと衝撃を受けて、燐は「うあ!」と叫びながら跳ね起きた。心臓がばくばくと早鐘のように鳴っている。しっぽもぶわっと膨らんで、針金でも入ったようにぴんと立っている。
「え、なに? 兄さん何ごと?」
雪男が眠気の混ざった、場違いにのんびりした声で尋ねる。遅くまで報告書だの、課題だの、講義の準備だのをしていて、居眠りでもしていたんだろう。
真夜中をとっくに過ぎた双子の部屋は明かりが落とされ、雪男の机で読書灯とパソコンのモニターだけが光を放っている。
「いや…、なんか腹にショーゲキが…」
一瞬で押し潰されそうな重さに襲われたとはいえ、実際に殴られたわけではないから、痛みもない。シャツを捲ってみても何の痕跡もなかった。それでも何事もないと確認するように、腹をさすった。
「クロ?」
雪男の言葉にぼんやりと部屋の中を照らす明かりで、燐は己の寝床のあちこちを見回す。クロが飛び乗ってきたのかと思ったのだ。だが、どうやら散歩に出掛けたまま、まだ帰ってきていないようだった。
「ちがうらしー」
落ち着いてきたが、まだ動悸が激しい。驚いてイヤな汗をかいている。
「帰ってきてないの?」
眼鏡を押し上げながら、拳で目をごしごしと擦る。少し甘えたような感じが、イキそうな時に自分を呼ぶ声にちょっと似ている。
不埒なことを考えて気を抜いたせいか、さっきとは違うイヤな気配がざわりと全身を包んで撫であげた。その感覚は一瞬で消えたが、遅れてガタガタと体が震え始める。今感じたのはなんだ? 思わず両手で自分の体を抱く。
「兄さん」
燐の様子にただ事じゃないと察した雪男が、燐の体を抱いた。そうすれば震えが止まると言わんばかりに、きつく体を寄せる。燐も弟の体にしがみついた。何が起こったのか判らないが、頭は醒めている。ただ体の震えだけが余韻のように止まらなかった。しっぽまでが雪男の腕に回ったのが判って、我ながらおかしい。肩先に顔を埋めて、胸一杯に雪男の匂いを吸い込んだ。
「大丈夫?」
どれくらいそのままでいたか判らない。十分くらいだろうか。いつの間にか震えが引いていた。呼吸が落ち着いてきたのが判ったのか、雪男が囁く。
「落ち着いてきた」
ふう、と息を吐いた。何かあったときに、自分を気にかけてくれる存在があって、心底良かったと思う。この体温があれば、自分は大丈夫だ。
「それなら良かった」
体の緊張を解いた雪男の低い声が首もとに落ちる。ただ体を寄せ合っているだけなのに、体の一部が欲望を主張し始める。つられるように、雪男が欲しいと呪文がぐるぐると頭の中で渦巻く。丁度いいことに雪男の首筋が目の前にあった。
「ちょっと」
不埒な行為に及び始めた燐を引き剥がそうと、雪男が体を捩る。それで諦めるほどキキワケよくねーぞ。押し退ける手をものともせず、舐めて、吸い上げて、優しく歯を立てる。首筋を上がって、頤をなぞり、頬に優しく触れた。
「もう」
雪男の溜め息を遮るように唇を塞いだ。舌を強引に差し込んで絡める。
「さっきまで震えてたの誰だよ」
何が起こったのかと尋ねる雪男には悪いが、自分でも何があったのか判らないし、燐の中にある優先順位リスト第一位は別のことに入れ替わってしまった。
「ガマンできね…」
こっちだってガマンしてるのに、と雪男が少し怒ったように呟いて顔が近付く。残りの距離を待てずに、燐から噛み付くように口付けた。
 
***
 
「お前、スゲー顔してるぞ」
「やかましわ」
勝呂竜士はげっそりとした顔をしていた。目の下にはクマ。心なしか頬がこけたような気がする。元々目付きが良い方でもないのに、機嫌の悪さが目に見えて、これじゃぁ余計周囲に怖がられるだろう。
「ストイックも過ぎると変態やで。マジで」
志摩廉造がからかうように笑うのを、勝呂が睨み付ける。
「ストック?」
「ストイック。禁欲的ってことや。坊《ぼん》は真面目やから」
三輪子猫丸が、廉造を窘めながら説明する。
「タメすぎはよくねーぞ」
寮だとおちつかねーだろーけどよ。燐の言葉に、ぶは、と廉造が吹き出してそのまま笑い転げる。傍らで子猫丸が顔を真っ赤にしてオタオタしていた。勝呂と雪男はペットボトルから飲んでいた飲み物が気管に入ったらしい、げほごほと咳き込んでいる。昼休みの中庭。いつも通りのメンツで昼飯を食べ終わった所だ。
「ヌいてねーの?」
「そんな理由と違う」
勝呂って意外に純情だ。顔を真っ赤にして睨まれてもなぁ。燐は行儀悪くズズズ、と紙パックの野菜ジュースを飲んだ。
「なんや最近寝られへんのや」
イラついているのか、頭痛が出たのか、ごしごしとこめかみを擦った。
「ここンとこ、なんや誰かにずっと見られとるみたいで、落ち着かれへん。夜も寝苦しいし」
「アラァ、自意識過剰と違います? 若いのにヌきもせんと居るから、そんな幻覚見はるんや」
「エエ加減にしてや、志摩さん。何もかんもそっちに結び付けて」
廉造の卑猥な手つきを勝呂が叩き落とすが、反撃がいつもに比べて威力が弱い。それが判っているのか子猫丸の忠告もそっちのけで廉造が面白がる。
「イヤイヤ、坊。ひょっとしてアンタにフラれた女子の無念が、積もりに積もってはるのやないですか」
「あんなぁ……」
うんざりしたように勝呂が溜め息を吐いた。
「根を詰め過ぎということはありませんか?」
雪男の問いかけに一瞬ポカンとした勝呂だったが、すぐに気を取り直す。宙を上目遣いで睨みつけて記憶を辿っているらしい。祓魔師認定試験が迫っている。下級とは言え、ただの『候補生』から『祓魔師』になるのだ。特訓や講習で皆忙しかった。緊張感がないのは燐と廉造くらいだ。
「普段どおりや、……思います」
今は雪男を同級生と扱うべきか、先生と扱うべきか、迷ったらしい。
毎朝のジョギングに筋トレ。加えて学校の授業予習、復習、課題。寮生の義務をこなして、さらには祓魔塾の予習、復習、課題も完璧。一日も早く祓魔師になりたい、その思いで自習や特訓に余念がない彼は、一日にやることが全て分刻みくらいの細かさで決まっている。気合の入ったヤンキーのような見た目のクセに、彼の気合はマジメな方に入っていた。
「では、悪魔でもない、と」
勝呂が頷く。祓魔師を目指す自分たちは、魔障を受けているから悪魔が見える。幽霊《ゴースト》や念が長い間に凝り固まった悪霊《イビル・ゴースト》なら、間違いなく見えているはずだ。
「じゃぁ、なんだってんだ? ストレートとか?」
「ストレスでしょ」
そー言ったじゃねーか、と言う燐の文句を流して、雪男がポケットから携帯電話を取り出した。そのまま耳に当てたので、どうやら電話が掛かってきたらしい。
「ええ……。ハイ」
堅苦しい、平坦な調子で受け答えをしている。こういう喋り方をすると言うことは、電話の相手はきっと正十字騎士團だろう。そして、多分シュラでもない。ビビリ、とからかう彼女を警戒してるのだろうけれど、他の人たちからの電話に比べて素っ気無い言葉でのやり取りであっても少し雰囲気が違うから、なんだかんだ言って雪男はシュラを信用しているのだと思う。
じゃぁ、任務とか会議とかの連絡だな、と予想をつける。もしかしたら帰りも遅いかもしれない。そこまで考えが及んで、今日の夕飯の献立を練り直した。
「緊急招集の連絡でした。行ってきます」
電話を切った雪男は、忙しそうに立ち上がった。
「先生に言うときますか」
弁当とその他に持ってきていた荷物を慌てて纏める雪男に、同じクラスの勝呂が尋ねる。
「有り難うございます。でも、團からもう連絡して貰ったみたいなので。もしかすると候補生の皆さんにも招集がかかるかも知れませんので、そのつもりで居てください。それから、今日は休塾になります」
小走りに校舎へ戻る雪男を見送っていると、廉造がうはぁ、と声を上げた。
「なした?」
「どっかのコミュニティで、なんかモメとるんですわ。アチコチで噂になったはるみたいや」
カチカチと携帯を弄りながら、これは大騒ぎになりそうや、と廉造が呆れたような、面白がるような調子で言う。どれ、と子猫丸と勝呂が脇から覗き込む。燐も三人の頭越しに覗いた。
「あー、これはハデにやってますなぁ」
子猫丸が呟く。
「学校のアレか?」
「ああ、学校のコミュニティサイトの中で、色んなテーマで小さい集まりがあるんや」
本、テレビ、スポーツ、料理やお菓子、好きなアーティストなど、様々なテーマについて、生徒自身が主催者となり同好の仲間を集めてグループのようなもの―コミュニティ―を作るらしい。どうやらその内の一つ、占いのグループが騒動の元らしい。廉造がここやここ、と表示した画面には、かなり攻撃的な言葉がずらずらと並んでいた。
「あらら、キッツイなぁ」
「ケンカはご法度やろ。すぐに運営が止めるのと違うか」
勝呂が呆れたように溜め息を吐く。コミュニティ内は勿論、コミュニティ同士で互いの悪口を書き込まない、揉め事を起こさない、などの結構厳しいルールがあるらしい。違反すればサイトの運営者がコミュニティそのものを閉鎖したり、原因となった生徒を一定期間書き込みなどが出来ないようにする措置を取ったりもすると言う。燐の携帯からでも学校のサイトを見れるのだが、発信することもないし、喋る相手もいないし、面倒なのでほとんど見たことがない。それだけに、携帯の画面に流れる言葉の激しさに、目に見えない恐ろしさを感じた。
「ああ、これが元みたいや」
「恋のおまじないを紹介するトピックスに関してのやり取りみたいやね」
「おまじないなぁ」
廉造がかわええなぁ、と小さく笑いながら呟く。お前、ホントは全然そんな風に思ってねーだろ。今の言い方、なんか引っ掛かったぞ。志摩廉造と言うオトコはチャラチャラしていい加減だけれども、ホントのところは全然違う人間なのではないかと思う。薄々感じてはいたけれど、こんな風にふと一瞬違う顔を見せた時に改めて思い知らされる。勝呂や子猫丸はどう思ってんだろ?
「へぇ、『好きな人に想いが通じるおまじない』」
「ありがちやな」
勝呂がゴミをまとめながら呟く。
「ほぉん。坊、なんやおまじないとか知ったはるんですか」
廉造がからかう。
「細かいことは知らん」
「ホンマですかぁ? 意外と詳しかったりしはるのと違います?」
勝呂が無言で志摩の脳天に拳骨を落とした。
「で、何でモメてんだ?」
「どうも効果がなかったって文句つけたはるみたいやね。三日前から始まった時は、ここまで荒れてへんかったのが、対応が良うなかったんやろか」
頭を抑えて痛いと泣き言を洩らす廉造の代わりに、子猫丸が携帯を操作する。三日前……。何かチラリと引っ掛かった。なんだったか。
「おまじないに効果も何もなぁ」
「効果ねーの」
効果もないと判っている行為をしてまで、想いを伝えたい気持ちとはなんだろう、と思う。
自分も確かに雪男とのことで悩んだけれども、想いを伝えるかどうかではなかった。自分が普通ではない気持ちを持った、そのこと自体に悩んだ。男で、しかも実の弟なのに、全てを放り出しても雪男のことが好きなのだと認めたら、それでもう伝えることなどどうでも良くなってしまった。いや、本当は伝えたかった。だが、諦めた。兄弟と言う立場にすら居られなくなったら、と思ったら雪男は知らなくてもいいと思ったのだ。ただ、自分は雪男が好きで、大事で、だから彼のために何でもしてやろう、そう心に決めた。それで良いと思っていた。
雪男は悩んだだろうか? 色々考えすぎるほどに考えて、内に抱え込んでしまう弟はきっと、相当悩んだだろう。
ああ、そうか。燐はそこまで考えて、ふと納得した。
思いがけないことから、二人の気持ちが一緒だと判った時のことは忘れない。
端から諦めていた自分ですら嬉しかったのだ。もし気持ちが通じて欲しいと思っていたら、効果の程が怪しくても縋りたいだろう。
「どんなもんか、どっか書いてねーの?」
「やり方のところは、コミュニティに参加してる人だけが見れる設定になってるみたいや」
騒動はそれとは別で、誰でも閲覧できる場所で行われているらしい。
「あ、閉鎖されてしもうた」
運営者とやらが閉鎖したのだろう。騒動は十分に大きくなっているようで、随分遅い対応なのじゃないかと思った。廉造が残念、と肩を竦めたところで、予鈴が鳴った。
 
***
 
「どうやらこの正十字学園町内で、悪魔召喚の儀式が行われた……ようです」
『不確定ではなく、確定です。誰かが召喚の儀式を行いました』
雪男が掲げるタブレット端末の向こうでメフィストが言い切った。普段は人を食ったような言動をしている男が、滅多になく慌てている。顔に浮かべる笑顔がなんとなく硬い。彼は支部の上級祓魔師を何人か連れて、呼び出された悪魔の方へ向かっているらしい。
『そこで、皆さんには呼び出し儀式に使われた品を探して頂きたい』
頼みましたよ、と言って、早々に通信が切られる。真っ暗になった画面に、見入っていた候補生たちの顔が映りこんだ。
「頼みましたよって、ドコ探せばいーんだよ」
燐がブツブツと文句を言う。候補生たちは五時間目の途中で呼び出された。日本支部かと思ったら、そのまま正十字学園町の外れに行くようにと指示された。そこは木造の小さな家が肩を寄せ合っているような印象の町並みだった。アスファルト舗装の大通りから一歩中に入ると、すぐに砂利や土がむき出しの道になる。正十字学園町になる前は独立した小さな町だったらしい。古びて錆び付いた看板がそのまま掛かっている。駄菓子屋と居酒屋がごっちゃになったような小さな店の前で雪男、シュラと合流した所だ。
「使い魔総動員で探索中だ」
シュラが一度に何匹も扱うのは大変なんだよ、とボヤキながら頭をぼりぼりと掻いた。
「アタシの使い魔はこっちに向かったからな。お前ら二人一組で探せ」
くじ引きで二人一組になった候補生たちが、一旦シュラに呼び戻された使い魔たちと共に散る。燐は偶然にも雪男と一緒になった。人の使い魔を一時的に預かるのなら、手騎士《テイマー》の支配下から逃れて人に危害を与えたりしないように、檻にでも入れておくのが普通だ。だが、何が気に入ったのか、使い魔は燐から離れなかった。親指くらいの細長い蛇が燐の首元に居るのが当たり前のように落ち着いて、右、左、と指示している。
土がむき出しになった道路は、少し埃っぽい匂いがした。人が住まなくなってそのまま放棄されたような家もある、少し寂しい感じの町並みだった。人が居ないかのように、しんと静まり返っている。それでも、所々に小さな店があった。
さっきの肉屋のコロッケ、旨そうだった。任務早めに終わったら、オヤツ代わりに食いてーな。雪男にも分けてやろう。任務だというのに、ちらりと思考が逸れる。おっと。
「悪魔召喚なんて出来んのかよ」
「まぁ、普通の素人がやるのはムリだと思う。探せる情報だって大抵は間違いだらけで、その通りにやっても効果もないはずだけど」
本当に召喚できるほどの情報は、正十字騎士團とヴァチカンが保管しているらしい。それでもまだ見つかっていない情報がどこかに埋もれているのかもしれない、と雪男が説明した。ふぅんと燐は生返事をする。
「ってことは、シロートじゃねーか、たまたま正しかったってことか?」
「かもね」
エライエライ、と雪男がからかうように褒めながら、頭をぽんぽんと叩いた。こうされて嬉しいが、悔しいのもある。
「バカにしてんのかよ」
「何拗ねてるんだよ。先生みたいに言うと怒るじゃないか」
任務中なんだからこれで勘弁してよ、と雪男がしょうがないなと言いたげな顔で笑った。
そうだけど、と小さく呟いた所で、使い魔が『ココ』に何かあると告げた。車が一台通ったら目一杯の細い路地が十字に交差した真ん中だ。双子が足を止める。四つ角は日に晒されて白けた古い木塀。上から庭木が覗いている。角にミラーが設置してあった。
「どこだ?」
燐があちこちを見回す。
「こんな所で召喚なんて出来るのか?」
雪男を見ると不思議そうな顔をして足踏みをしていた。足を前後に踏み出したりして、何かのステップを踏んでいるようだ。
「オイ、どうしたんだよ?」
燐の問いかけにも答えずに、奇妙な足取りのまま、腕を組んで首を傾げる。いよいよ尋常ではなく、悪魔にでも憑かれたのかとし始めたところで、
「……そうか!」
何かを思いついたらしい雪男がとん、と燐を突いて押しのける。
「雪男?」
「ここだ」
雪男が地面を見つめている。燐もその視線の先を見た。足元の土が微妙に色が変わっている。そこだけ見ていたら、もう周りと区別がつかないくらい薄っすらとした違いだ。
「土が一部緩んでる。ここに埋まってるんだ」
「じゃ、掘り起こせばいーんだな?」
燐は装備に入っているスコップを思い出して取り出す。最初は標準装備にスコップが入っている意味が判らなかった。実際に使ってみて、なるほど、と思う。雪男も自分の道具入れからスコップを取り出して一緒に掘り返し始める。確かに、掘り起こされた辺りと、その周りでは地面の堅さが違う。柔らかい所を掘っていくと、ぼすん、と鉄製のスコップの先が何かに当たった。
「なんかあったぞ」
「周りを掘って」
土中から掘り出したのは、厚紙製の菓子箱だった。燐でも名前を知っている有名菓子店のものだ。赤に金の模様が土で汚れていた。雪男が軽く土を払って、蓋を開ける。中を覗き込んだ双子は、思わず顔を見合わせた。
「勝呂の写真……?」
 
***
 
「どうやら、おまじないやったみたいですなぁ」
子猫丸が溜め息を吐いた。
「学校のコミュニティで紹介されていたのを信じてやったものの、実はそれが悪魔を召喚する方法だったと」
本来なら悪魔を呼び出すのは意外に面倒で、細かく決められた時間と環境で、さらに正確に則った作法で行われなければ効果すらない。が、今回は何が原因なのか、呼び出せてしまった。
地面がむき出しになった十字路に呪物を埋めると呼び出せる悪魔は、寿命と引き換えに願いを叶えると言う。雪男によれば、存在は知られていたものの、召喚に成功したという話は長いこと聞いたことがなかったらしい。
呪物は呼び出す本人のものでなければならなかった。だが、おまじないとして紹介されていた方法では、相手の写真と、自分の髪の毛と爪を入れるとされていたそうだ。
「不完全に呼び出された悪魔は、力も中途半端だったそうで、無事に祓われたようですが……」
雪男も言いにくそうに、言葉を選んで喋る。メフィストが強制的に追い返したらしい。
「誰が呼び出したか判らないから、勝呂と女の近くをウロウロしてたってワケか」
写真は勝呂を隠し撮りしたものらしい。髪の毛と爪は、勝呂に好意を寄せた女生徒のものだった。当の本人は話を聞かされて物凄く居心地悪そうだ。
変に呼ばれた悪魔は、姿も現わすことも出来なければ、願いを聞くことも出来ず、いい加減に物質界《アッシャー》に留められて、虚無界《ゲヘナ》へ戻ることも出来ず、手がかりである人間の傍にいるしか出来なかったらしい。正十字騎士團では、呼び出せたのも、留めてしまったのもこの町の結界が影響しているのではないか、と考えているらしい。
一方付き纏われた人間の方は、体調を崩した。勝呂の症状はまだ軽微な方で、ただのおまじないと信じた女生徒は起き上がることも出来ないほどだったらしい。そのため、彼女の友人が、それを紹介したコミュニティの主催者に対してどうなっているのか、責任を取れ、と文句をサイト上で書いた。
それが三日前。主催である当の生徒も、自分のせいではないと突っぱねた。そこから罵詈雑言のやりとりになり、コミュニティサイト内で大騒ぎになったらしい。
「まぁ、可哀想っちゃ、可哀想だな」
誰が、と聞かれたら全員が、だと燐は思う。まじないを書き込んだ生徒のところには正十字騎士團の祓魔師が話を聞きに行っているそうだ。どこからその情報を知ったのかを調べるらしい。
「俺の言うこと合うてましたなぁ」
ははは、と可笑しそうに笑う廉造の向こう脛を、勝呂が冗談じゃないと蹴りつけた。真相を聞かされた女生徒も、こんな大騒ぎになるとは思っていなかったのだろう。搬送される時にちらりと顔が見えたが、ひどくバツが悪そうだった。彼女は今正十字騎士團と連携している病院に、念のため入院しているそうだ。
「坊も男前ですなぁ」
蹴られた足を摩ってヒドイ、と情けない声を出しながらも、志摩は懲りずに勝呂をからかうのを辞めない。どないしはるんです? と聞かれて、勝呂はぐ、と一瞬詰まった。
「どうもこうもあれへんやろ。今の俺にそないなもんに関わっとる暇なぞない。例え言われたかて断るだけや」
「恋する乙女の気持ちも、坊のヘンタイ野望の前には形無しやなぁ。せっかくおまじないまでしはったのに」
かわいそー、と志摩が本気とも冗談とも吐かない調子で呟いた。
「あないなもん効果もあれへんやろに」
廉造にからかわれたせいなのか、勝呂が怒ったような顔をする。
「たしかに、巷で言われる『おまじない』は、明陀に伝わる呪《まじな》いに比べたら、効果も期待でけへんお遊びですわ。今回は間違うてエライの呼び出しはりましたけど、それでも、彼女たちもいたずら半分で頼らはったのと違いますやろ」
「わかっとる」
子猫丸の言葉に勝呂が答える。
人の好意とは難しいものだ。そんなことで通じれば苦労はない。端から見てる分にはそう思うだけだが、本人たちはあくまで真剣なのだ。だからこそ寄せられる方も対処に困る。
もし、自分がまじないに頼ったら、雪男はどうしただろう?
有り得ないことだけれど、それこそ効果のほども怪しいものに頼りたくなるほど、自分が思い詰めていたら?
――引きずられてんな…。
苦しかっただろう、と女生徒に同情し過ぎたらしい。
思い詰めて苦しかったら、きっと自分は全てを壊してでも気持ちを言ってしまうだろう。でなければ、ずっと秘めておいたはずだ。自分の中にまじないという選択肢はない。だが。
頼りてーって気持ちは判る気がすんだよな。
小さなトゲが微かに引っ掻くような、ほんの少し胸が痛むような思いで、小さく溜め息を吐く。見上げた空は夕暮れの色で、白茶けたように寂れた町並みがほんのり赤く染まっていた。
 
***
 
「十字路の悪魔か」
何となく温もりが欲しくて、床についた雪男を急襲した。任務報告とかで遅く帰ってきたから嫌がられるかと思ったが、力強い腕が意外に乗り気で自分を迎え入れた。互いの体温が判らなくなるくらいに交じり合った余韻で、頭がぼんやりとする。雪男の隣でそのまま寝てしまいそうだった。
「十字路って、今日のヤツか」
自分でも判るくらい、眠気の混じった声だ。小さく欠伸をした。
腹にずどんと衝撃を受けた晩は、ちょうど悪魔が呼び出された頃と重なっていたことが判った。あんな目に遭うなら、悪魔の存在など感知できなくて良かったのに。
「そう。寿命と引き換えに自分の願いを何でも十年だけ叶えてくれる。そして、十年経てば容赦なく命を奪う。そんな悪魔だよ」
一度願ったら、もう変更や取り消しも出来ない。例え本気でなくても、十字路の悪魔と契約したら最後だ。
知らなかったとは言え、呼び出した彼女が契約出来なくて良かったと雪男が呟いた。燐も、そうだな、と返す。悪魔に気持ちを捻じ曲げられる勝呂もそうだが、願いが叶った本人が真相を知ったら、そして十年目が来たらどう思っただろう。
「ぶった切られるような願いなら、最初から言わねー」
「それでも呼び出される悪魔が居るということは、終わると判っていても願う人間もまた居るってことだよ」
雪男が燐の前髪を梳く。大分長くなった。目に大分掛かってきている。そろそろ切りたいかもしれない。
「なんか叶えてほしーことあんのか?」
寝床の奥の壁を見透かすような顔をした雪男に尋ねる。そーゆー顔してる時は、絶対なんか考え込んでんだ、コノヤロ。
「さて、あったかな。どうでしょう?」
くすりと笑う。その変にニコニコした顔の時は何か隠してるって、判ってんだぞ。
「そんなもん願うなよ」
急に嫌な予感に襲われて、雪男にしがみ付いた。弟が居なくなると思ったら、急に自分の周りの全てがあやふやになっていくような気がする。ぽっかり穴が開いて、そこへ落ち込んでいくようだ。
「なに、急に」
驚いた雪男がビクリと体を震わせた。まだ少し汗ばんで、ひやりと冷たく感じる身体が、すぐに自分の熱が伝わったように熱くなる。
「いーから、約束しろよ」
燐をあやすように優しく抱くと、雪男は小さく約束する、と呟いた。ちりりと燐の中の何かが警告する。おまじないなんて目じゃない、絶対に願いが叶う手段が目の前にある。もし雪男を失ってもそれを使わないと、燐には約束できなかった。雪男もぼんやりそんなことを考えているだろう。すぐ呼び出すかも知れない、いや何日も、何年も悩むかもしれない。迷いに迷って結局呼ばないかもしれない。それでも、出来るはずのそれを考えない日はないだろう。問い詰めたって、正直には言わないに決まってる。だけれど、燐には確信めいたものがあった。
「絶対だからな」
燐は念を押した。守られないかもしれないと思いながら。雪男がうん、と頷く。
うぬぼれてんのかな、俺。
相手の寿命と引き換えに生き返らされるなんて、本当はそんなこと望んでいない。
でも、自分のことなんてどうだって良いから、相手には生きていて欲しい。
そんな願いはいいことじゃない。けれど、そんな考えには痺れるような甘さがある。その奥にある気持ちが透けるような気がするから。俺も、雪男も嘘つきだ。
「絶対だからな」
絶対、と雪男が小さく笑いながら呟くのを聞きながら、弟の体に回した腕に力を入れた。
 

–end
せんり