My Valentine

 一日遅れ…の季節ネタです。
 燐からチョコを貰えるのか、貰えないのか。気にしなそうで、メチャメチャ気にしそうな雪男にしてみました。年頃の男の子なんだし、気にしたって良いじゃないか。

 どっちにしても、幸せに仲良くしててくれればいいです。ハイ。

 後でPDFを作るかもしれません。

 

【PDF版】My Valentine

 
 
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【St. Valentine’s Day】
 三世紀ローマで異教徒迫害により殉教した聖バレンタイン記念の日。小鳥が初めてつがう日といわれ、求愛やプレゼント交換の風習がある。(現代カタカナ語辞典)
 
 
 
「若センセ、チョコどんだけもらわはったんです?」
 帰り支度をする奥村雪男に、志摩廉造が共犯者めいた小声で尋ねてくる。
 講義が始まる前に、「雪ちゃん、チョコレート」と杜山しえみがくれたものと、「いつもお世話になってますし、義理ですから!」と言う台詞と共に神木出雲、そして朴朔子からのチョコレートが鞄に仕舞われている。塾の女生徒たちはどうやら講師達にチョコレートを渡すことにしたらしい。ついでに同じ塾生の勝呂達にも小さなチョコレートを配っていたが、出雲がわざわざ「義理だから!」と断っていたのが彼女らしかった。
「志摩君も見てたでしょう」
 雪男は素っ気ないくらいに返す。廉造はその雪男の顔を見て、ワケ知り顔にニヤリとした。
「そないなこと言わはって、もっと貰ってはるのと違いますか」
 雪男の顔が一瞬強張った。廉造はそれを見逃さなかったらしい。さも嬉しそうにニヤけた笑いを大きくする。
 少しはその辺りの勘とかを勉強に振り向ければ良いものを。
 廉造は意外に鋭かったり、結構色々見ているのを「チャラチャラした」態度に隠している。まぁ、半分くらい「チャラチャラ」しているのも素なのだろうけれども。それだけが全部でないことを雪男は知っている。性質が悪いのは、そう言う能力を雪男をからかうことに振り向けていることだ。
 思わず溜め息を一つ吐く。
 今朝は既に寮の前で正十字学園の女生徒が何人も待ち構えていて、自分に小さな包みを差し出してきたのだ。遠目に寮からの道を見れば、普段ならほぼ人っ子一人居ない道のあちらこちらに人がぽつりぽつりと立っていた。一瞬鍵を使って祓魔塾へ寄ってから学校へ行こうかと思う。好意を寄せてもらえることは有り難いが、チョコレートに込められたであろう彼女たちの気持ちには答えられない。断って傷ついた顔を見るのは、こっちだってイヤなものだ。
「チョコぐらい良いじゃねェか。貰ってやれよ」
 兄である奥村燐が、くあ、と欠伸を漏らしながら、食いきれなかったら貰ってやるよ、と玄関で固まっている雪男の肩をどやしたのも気に入らない。って言うか、お前が言うな、バカ兄。判ってるのかな。
 そんなわけで、今朝から祓魔塾に来るまでひたすら「ごめんなさい」と断りながら、それでもと差し出されるチョコレートを受け取るハメになった。学校内には確か持ち込み禁止と言われていたような気がするが、一大イベントに盛り上がる女生徒たちにはそんなお達しもなんのその。廊下で渡されたり、教室まで押しかけてきて、誰だか全く判らない女生徒からのチョコレートが山積みになった。心なしか男子生徒の目が冷たかったような気がする。
「エエですなぁ、モテモテですやん」
 どうやら今日の事情を廉造は知っているようだ。なんだかそれも腹立たしい。
「けど、本命からは貰えてないんと違いますか?」
 ぽんぽん、と廉造が自分の胸の辺りを大事そうに叩く。
「え…」
 不意を突かれたせいで間抜けな声が出る。それを聞いた廉造が吹き出し、意味ありげなまなざしを残して立ち去るのを呆然と見送るしかなかった。
 一体、今のはどう言う意味なんだろう…。
 その意味するところに思い当たって、どっと冷や汗が吹き出るような気がした。
 本命って、誰のことを言ってるんだ。まさか、兄さんだとは判ってないだろうけど。いや、もしかしてバレてるのか?どうして?何かバレるようなことしただろうか?どう言うことか問い質した方が良いだろうか。いや、志摩君のことだから、ただカマをかけただけかも。却って問い質したりする方が、ばらしてしまうことになるかも知れない。
 ぐるぐると雪男の頭の中でいろんな言葉が渦を巻く。
「よぉ、ビビリ♪なにボケッとしてんだよ」
 背後から掛かった声に、我に返った。
「なんですか、シュラさん」
「なんですかじゃねーよ」
 ぐい、と雪男の頭を脇の下に抱え込んで、ぎりぎりと腕で首を絞めてくる。危うく意識が遠退きかけた雪男は思わずシュラの背中を降参だとタップする。
「いきなりなんなんですか」
 首を擦りながら、軽く咳き込む。
「ナニ、青少年にチョコレートをやりに来たんだよ♪」
 くひひ、とからかうような笑い声を上げて、ぽすんと頭に何かを乗せた。握りつぶしてしまえそうなほどの小さな包みだった。
「お返し期待してるぜ♪」
 ひらひらと手を振って立ち去るシュラの背を見送りながら、これでどれだけのお返しを期待してるつもりなのか、と思って顔を顰めた。
 
 
 ざぶりと湯に身体を沈めて、雪男は一つ大きく溜め息を吐いた。湯船から盛大にあがる湯気を追ってぼんやりと天井を眺める。
 厨房にある業務用冷蔵庫の二段に渡って整然と詰め込まれたチョコレートは、兄弟二人で食べても一年くらいはもちそうだった。兄からのチョコレートがあるかと思ったが、食後にはみかんがごろんと出されただけで、兄にはそんな素振りもなく肩透かしを食らったような感じだ。
「まぁ、製菓会社の思惑に乗らなくても良いけどさ…」
 負け惜しみと判っていたが、思わず小声で呟く。食べられないのが悔しくて、あの柿は渋いんだと言うのとまるで同じだ。
「日本だけだって言うし…」
 それは通常女性から男性へ贈られるイベントなのだとしても、ちょっとくらい期待したって良いじゃないかと思う。判っているはずの気持ちを改めて確かめられる機会に、期待するなと言う方がムリだ。
 ふと、雪男の机の中に隠しておいたチョコレートを思う。女性で溢れ返るチョコレート売り場をうろつくのはひどく恥ずかしかった。それでも貰うのを期待するだけではなく、自分からも渡してみたかった。この日にプレゼント交換をするものだと知ったせいもある。
 ただ自分の気持ちを伝えるんだから、相手からは何もなくても良いじゃないか。
 雪男が断ってもチョコを渡してきた少女たちは、どうだったのだろうかと思う。若干イベントめいたところもあるかも知れないが、それでも雪男からの気持ちを少しは期待しただろう。だからこそ好きな人と気持ちを共有しあえるのは、奇跡に近いことなんじゃないかと改めて思う。
 よし、と雪男は勢い良く湯から上がった。
「はい、兄さんに」
 小さな包みを燐に手渡す。ぽかん、とした顔に苦笑しながら頬に軽くキスをした。風呂から上がったばかりで、しっとりと濡れた髪が早くも冷えてきている。幾ら病知らずだからと言っても、無頓着に過ぎるだろうと思う。
「どうしたの?」
「どうしたんだこれ?」
 燐が混乱した様子で包みと雪男を交互に見る。
「ん?バレンタインデーだから」
 改めて問われるとちょっと恥ずかしい。それを誤魔化すようにわざと力を入れて燐の髪の毛をバスタオルで拭く。
「わっ…、わーった、自分でやるって!」
「早くしないと風邪引くだろ」
 聞かずにごしゃごしゃと髪の毛を拭く。長袖のTシャツにジャージだけでよく寒くないものだ。
「ひかねーよ」
「判ってる」
 バスタオルで髪の毛をばさりと上げると、まだ湯気が上がりそうな額に口付ける。
 少し照れたようにありがとなっ、と燐が笑う。心の片隅ではまだ期待していたが、それでも兄の顔を見たらどうでも良いか、と思う。もう歯を磨いただろうに、早速包みを開けて中の一つをひょいと口に放り込んだ。
「うめー」
「そう?それなら良かった」
「あ、お前の分は延期な」
 しれっと燐が指についたチョコレートを舐め取りながら言う。
「え?なにそれ」
 思わず耳を疑う。延期って何が?
「あんなにチョコレートが来るとは思わなかったもんよ。だから延期」
「バレンタインの延期なんて聞いたことないよ」
「しょーがねーだろ?一度貰ったんだから、ちゃんと食ってやんなきゃもったいねー」
 アイツラの気持ちなんだから。
「…兄さんの気持ちはお預けってこと?」
 燐がぶつかるように唇を寄せて、ぎこちなく押し付けて貪る。がちん、と歯がぶつかった。
「これで暫くガマンしろよ」
 照れたように笑って顔を離す。チョコレートの後味が微かにした。
「ガマンするにはもう少し欲しいな」
 雪男は燐の手を引き寄せた。
 
 

–end
せんり